日本企業の人事部は経営に貢献できない

総合日本企業の人事部は経営に貢献できない

企業経営にとって人事管理は最重要の課題であるはずだ。企業活動を担うのは人材であり、そのパフォーマンスが業績を決める。この認識に異議を唱える人はいないだろう。しかし、「人事管理が経営に貢献しているのか」という問いに対し、「貢献している」と断言できる経営者、マネジャー、人事担当者は少ないのではないだろうか。

人事部門は不可思議で前近代的

もちろん彼らは「貢献しているはずだ」と考えるが、「本当に貢献している」という自信を持つことができない。「貢献している」ことを証明できないのだ。証明できない理由は、日本の人事管理が合理的でないからだ。著者は「はじめに」に過激な言辞を連ねている。

「経営が必要とする人材を採用・育成できていない」「人材のパフォーマンスについて十分な測定技術を持っていない」、人事上の課題についても「“感覚的”“定性的”な視点での把握に過ぎない」と指摘し、「人事管理は人事部門の特殊な口伝の世界から脱却し、経営者や経理、経営企画、事業管理者にとってわかりやすい言語で話さなければならない」と説いている。

つまり、多くの企業の人事施策は、人事部門が秘伝として伝える、わかりにくく不可思議な前近代的なものだと言うのだ。経営企画などのマネジメント部門との共通言語がないので、人事は経営に貢献できない。経営に貢献するためには、まず人事以外の部門が理解できる言語で語りなさいと著者は主張するのである。

誰もが理解できるのは数字である。第1章以下に企業の問題が数字で検証されている。職能資格等級制度は公平・公正な処遇を行うもののように見えるけれど、実際には年功序列をそのまま踏襲していることが多い。

本書では、さまざまな企業における等級・グレードを紹介し、実際の等級別人員構成を点検している。その事例は、外部の視点で分析しなければ、社内的で「公平な制度」として通用しそうだ。しかし、その賃金水準を一般労働市場、あるいは同一業種の賃金と比べると、その差異が見えてくる。この「差異」を知ることから、合理的な施策が生まれる。

甘い査定が人員構成を歪める

本書で取り上げられたB社ではこのような合理的な分析によって、管理職クラスの人材が余剰になっている一方で、実務を担当する下位等級の社員が不足していることがわかる。このいびつな人員構成は一朝一夕に作られたものではない。長年にわたる甘い判定が積もり積もってたるんでいったのだ。たぶん今も惰性の人事は多いのだろう。

本書には多数のグラフが使われている。賃金、職階分布、人材フロー図、給与設計概念図などと多種多様だが、人事なら内容を把握し、本書の意図は読み取れるだろう。著者は日本企業のいびつな構造を図示することで証明しようとしているのだ。

本書を通読して思うのは、視点が包括的であることだ。また、人事の担うべき役割に関する叙述が戦略的、かつ具体的だ。概念や問題を述べるだけの類書は多いが、解決法を提示する本は少ない。

たとえば第2章で「企業人事に求められる3要件」を、①量の合理性、②システムの合理性、③継続の合理性として定義し、ポートフォリオとパフォーマンスの継続性が重要としている。

次にポートフォリオを①人員数、人員構成、②人員配置、③人件費単価に分解している。続いてパフォーマンスの中身を①マネジメント、②モチベーション、③コンディションに分けて解説している。記述がロジカルでわかりやすい。

面白かったのは“自律型人材”(第4章)の項目だ。人事施策の策定では“人事理念”“人事憲章”“理想的な人材像”に力を入れる企業が多く、その中で特に近年目立つのが“自律型人材”だと言う。確かに非常に多い。

日本企業の教育制度は硬直的

社内向けの経営理念だけでなく、新卒の採用広報でも「求める人材像」はたいてい“自律型人材”をうたっている。陳腐だし、そもそも学生に対し“自律型人材”を訴求すること自体に合理性があるのか、極めて疑問である。

著者はこの概念(自律型人材)が当たり前としたうえで、その当たり前すぎる概念を持ち出す理由がわからないと書いている。もし企業自体が自律的でなくなっているのなら、経営者が率先して実行すべき課題であり、憲章などのお題目に書いても効果がないからだ。

『合理的人事マネジメント』林 明文 著、中央経済社 2400円+税

しかし、多くの企業でこんな観念的な概念のために抽象的な議論がなされているわけだ。不毛だ。もっと議論し、策定し、実行しなければならない人事課題があるはずだ。

第5章「合理的な人事制度の重要論点」は、人事制度が向かうべき方位を明確に示していると思う。特に重要な指摘は教育制度に関するものだ。著者は「人事の諸制度の中でも最も発展と理論的な進化が遅れているのは教育制度」と指摘するが、たぶんそのとおりなのだろう。

多くの企業で教育制度は硬直的だ。従来から実施されてきた研修がパターン化されていることが多く、どのようなスキルを持つ人材をどのように(期間や人員規模、レベル)育てるのかという視点が欠けている。

本書を読むと、日本企業に山積している人事課題が俯瞰できる。人事はこの課題に立ち向かうやりがいのある部署とも言える。本書は人事課題を解決するための指南書として優れていると思う。人事だけでなくマネジメント層、経営者層にとっても有益だろう。