女性雇用安倍改造内閣は「5人」 女性閣僚の歴史と起用の狙いは?

政府は2020年までに指導的地位を占める女性の割合を3割にするという目標を掲げていますが、現在、自民党の女性国会議員は衆参あわせて40人。自民党議員の約1割に過ぎません。閣僚18人中5人を女性にしたというのは、思い切った人事だとも言えるでしょう。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏はこう分析します。
「女性がもっといきいきと仕事をし、能力を発揮できる社会を作ろうという『男女共同参画』は重要な政治テーマになっています。しかし実際には、昔からの慣行で男性優位な状況が続いており、まだまだ女性が活躍できる場は少ない。そこで、政治の世界がまず率先して実践しようという流れになってきたわけです。国家公務員は3割以上女性を採用しようという方針も決めた。同じように大臣も3割にしなくてはおかしいということで5人、6人を採用しようということでしょう」
「歴代最多人数」「第1号」は?
これまででもっとも女性閣僚が多かった内閣は、2001年4月に発足した第1次小泉内閣でした。その人数は、今回同じく5人。法務大臣・森山眞弓氏、外務大臣・田中真紀子氏、文部科学大臣・遠山敦子氏、国土交通大臣・扇千景氏、環境大臣・川口順子氏という布陣です。このうち民間からの登用となった遠山氏は元文部省(現在の文部科学省)初の女性キャリア官僚であり、川口氏も通産省(現在の経済産業省)の元官僚。ここでも、女性閣僚を積極的に登用しようという意図が見えてきます。
欧米先進諸国に比べ、女性の社会進出が遅れているといわれる我が国で、最初に女性閣僚が誕生したのは1960年のこと。第1次池田内閣で厚生大臣になった中山マサ氏が第一号です。在任期間は短かったものの、母子家庭への児童扶養手当支給の法制化を実現しました。ちなみに元衆院議員の中山太郎氏、中山正暉氏は彼女の息子。孫に当たる中山泰秀氏も現職の衆議院議員です。
しかし中山マサ氏の後、女性閣僚が増えていくということはありませんでした。各内閣に1人か2人、もしくはまったくいないという状態が長く続きます。
その状況を一時的にせよ変えたのは1993年に発足した細川内閣です。発表された内閣名簿には文部大臣・赤松良子氏(民間)、経済企画庁長官・久保田真苗氏、 環境庁長官・広中和歌子氏と女性が3人含まれていました。所信表明演説で「男女共同参画型社会」を打ち出した細川首相は、衆院議長にも土井たか子氏を指名します。これも史上初の女性議長でした。議会での発言者を「くん」付でなく「さん」で呼ぶ新鮮なスタイルは当時大きな話題になります。
しかし、非自民6党による連立政権は短命に終わり、再び女性閣僚は元通りの1,2人程度に抑えられるようになります。次の急増は、5人の女性を入閣させた2001年小泉内閣のこと。今回の第2次安倍改造内閣の大量登用はこれ以来なのです。しかし、その中身については、どうでしょうか。
「女性閣僚を増やすのはもちろん悪いことではありません。しかし『女性が何人いる』『何割いる』という数字ばかりがアピールされていて、数だけ揃えておけばいいという印象を受けます」
「女性首相」の誕生は近い?
従来、女性国会議員が閣僚になるときは文部科学大臣(旧文部大臣、旧科学技術庁長官)、環境大臣(旧環境庁長官)などのポストに就くのが定番でした。それ以外のポストは、民間の専門家が多く登用されていたのです。
これが変化するのは90年代後半以降です。郵政大臣(野田聖子氏)、国土交通大臣(扇千景氏)、法務大臣(森山真弓氏、千葉景子氏)、外務大臣(田中真紀子氏、川口順子氏)、防衛大臣(小池百合子氏)といったように、これまで男性が占めていた比較的重要なポストに女性閣僚が就くケースが増えてきました。また少子化担当大臣、男女共同参画担当大臣、消費者担当大臣など、女性閣僚が積極的に登用されるポストもつくられるようになっています。
鈴木氏はこの点にも疑問を向けます。「まだ本当の意味での重要閣僚を任されているとはいえません。そもそも少子化担当大臣は女性、という発想自体がおかしい。型にはめてしまっている。だから、一番いいのは女性総理が誕生することです。平等な社会で、数もほぼ同じなら、2分の1の確率で女性が首相になっているはず。女性総理が誕生しない、ましてや女性の重要閣僚が登場しないということなら、まだまだ格好つけているだけです」
今回入閣した高市氏、小渕氏、また野田氏などはこれまでさまざまなポストを経験してきています。「未来の女性首相候補」というキャッチフレーズは、果たして本当に実現するのでしょうか。