OJT頼みな企業が多い中、メルカリが「博士課程進学支援制度」を発表した意義

教育・研修OJT頼みな企業が多い中、メルカリが「博士課程進学支援制度」を発表した意義

社会に出た後も、仕事で求められるスキルや知識を教育機関などで学び続けるリカレント教育をはじめ、かねて学び直しの必要性が指摘されてきました。働き手の側から考えると、学び直しが必要とされる理由は大きく3つあります。

1つ目は、社会に出ることで学びの成果が具体的にイメージできるようになることです。学生のころは「何で、勉強なんかしなきゃならないの?」と疑問に思っていた人でも、社会の一員として仕事に携わるようになると、「このスキルを習得すると仕事に生かせるのでは?」と、学びから得られる成果が具体的に浮かぶようになります。そこから学習意欲が芽生える人は少なくありません。

2つ目は、人生100年時代といわれるようになり、生涯にわたって仕事を持ち続ける必要性が増していることです。65歳で定年を迎えた後、残された35年の人生をどう生きるか。年金や貯蓄など、老後の生活資金が心配な人は、収入を確保し続ける手段を考えなくてはなりません。

また、十分な退職金を得て悠々自適だったとしても、孫の成長や趣味だけを楽しみに、35年の歳月を充実させられるかは分かりません。しかし、そこに仕事という選択肢があれば、稼ぐための手段としては不要であっても、生きがいを得る手段としての意味が生まれます。何歳からでも仕事能力を磨き、学び直す機会が得られることは、超高齢化社会に生きる人々の可能性を広げます。

3つ目は、時代変化の激しさからくるリスキリング需要の高まりです。リスキリングとは、時代が移り変わる中で新たに必要となるスキルを習得することです。かつて、社員1人に1台のPCが設置されるようになった際は、最低限でもメールやWord、Excelなどが使えるようリスキリングが必要となりました。同じことは、今も、そしてこれからも起こり得ます。時代の変化に取り残されないよう学び直し、新しいスキルを身につけられるか否かは、将来にわたって働き手に付きまとい続ける死活問題と言っても過言ではありません。

これから求められる「リスキリング」(画像はイメージ、出所:ゲッティイメージズ)

企業側もリカレント教育支援の動き?

以上は働き手の視点ですが、経営資源の筆頭である“人”のニーズにどう応えていくかは、会社にとっての課題でもあります。昨今では、メルカリが社員の博士課程進学を支援する制度を発表し、話題となりました。同社の制度を報じた記事によると、社員にリカレント教育の機会を提供する目的とのことです。

また、ヤフーが社員8000人にAIスキルを再教育する方針を打ち出したことも話題になりました。学び直しによる社員の能力開発には、会社の競争力を高め、生産性を向上させるなど、経営戦略的意義もあるのです。

しかし、ヤフーやメルカリのように、社員の学び直しに積極的に取り組む会社の事例は、多くありません。日本の会社の教育スタイルは基本的にOJT(On the Job Training)です。職場で実際に仕事を進めながら学習します。目の前の仕事を身につける上で、OJTは間違いなく有効な教育手法ですが、仕事そのものを通じて体験できることしか学べません。

仕事で新たに必要となるスキルや知識を学び直すには、職場から離れた場で学習するOff-JT(Off the Job Training)が有効です。ところが、残念なことにOff-JTは、日本の会社の中でうまく機能していないのが実情です。

その理由は会社によってさまざまですが、日本の会社組織の多くに共通して見られる要因を3つ挙げたいと思います。

1つは、教育研修費用を「コスト」と捉えていることです。

Off-JTで外部の研修機関などを利用する費用はコストと見なされます。また、社員を講師にしてOff-JTを施すと、生産活動から外れている間の講師と受講者の人件費はコストです。最も確実なコスト抑制策は、社員の教育研修をOJTに限定することです。OJTであれば、教育担当の社員に負担はかかるものの、生産活動は維持でき、目に見えるコストが発生することはありません。

画像はイメージ、出所:ゲッティイメージズ

2つ目は、メンバーシップ型といわれる日本の会社の特性です。メンバーシップ型は、「就職」ではなく「就社」だといわれます。基本的に社員は職務無限定で、会社からの指示による配置転換がたびたび起こります。そのため、せっかく仕事を覚えた社員が異動でいなくなったり、代わりに未経験者を一から教え直したりということもよくあります。年度替わりなどには、全社で同時にたくさんの異動も発生します。そのたびに職場を離れてOff-JTで社員を育成していては、かなりのロスです。生産性を考えると、仕事を回しながらOJTで教育する方が合理的というわけです。

3つ目は、社員の担当職務を細かく定めて体系化できていないため、学ぶべきスキルが分かりにくくなっていることです。例えば営業職だと、商品を売る業務全般、くらいにザクっと捉えてしまう傾向があります。しかし実際は、ファーストアプローチから商談を成立させるクロージング、請求書発行後の債権回収まで、一つの職種はさまざまな職務が連なることで構成されています。

また、必要となるスキルや知識は職務ごとにさらに細分化されます。

例えば、採用は人事という職種を構成する職務の一つですが、中途採用と新卒採用ではノウハウが全く異なります。さらに、採用対象者が現場作業員なのかエンジニアなのか外国人なのかでも必要なスキルや知識が異なります。それら職務ごとの違いを細かく洗い出して体系化していないので、補足すべきスキルがあっても曖昧です。Off-JTで教育研修を施そうにも、どんなカリキュラムを受けさせればよいのか焦点がボヤけてしまいます。それなら、先輩や上司が仕事中に気付いた課題を肌感覚で捉えて、その都度OJTで教える方がスムーズに対処できます。

これら3つの要因は、いずれもその会社の考え方や体質と密接に結びついています。

では、Off-JTを機能させたい場合、どう対処すればよいのでしょうか? 先ほど挙げた3つの要因に沿って考えていきましょう。

まず、社員教育の費用をコストではなく投資と考えることです。仮に教育研修によって社員全体の生産性が1%向上する場合、その1%は投資によるリターンです。もし社員1人が生み出す利益が年間100万円だとすると、教育研修によって1人頭の利益が1万円増えることになります。社員数が50人の会社であれば、金額にして50万円です。つまり、教育研修の費用が50万円未満なら、その投資は1年で回収でき、その後は年間50万円ずつの利益が上乗せされることになります。

また、教育研修に力を入れて社員に成長機会を提供できれば、会社の魅力向上にもつながります。その結果、採用力を高めたり退職を防いだりする効果なども期待できます。そして、新たに入社した人材が利益を生み出せば、それもまた投資によるリターンです。

次に、職務無限定というメンバーシップ型の特徴を逆手にとり、学んだことを生かせる職務を新たにつくって社員を配属することです。冒頭で紹介した記事にてメルカリは、社員にリカレント教育の機会を提供する狙いとして「高度な専門知識の習得により、イノベーションの促進や長期的な競争力がもたらされる」と述べています。博士課程進学などで得た高度な専門知識を社内で生かせる職務とリターンが、具体的にイメージできているということです。その社員のスキルや知識に合わせた職務をつくり出して配属すれば、Off-JTで得た学びを会社の強みに変えることができます。

社員の博士課程進学を支援する新制度「mercari R4D PhD Support Program」」の導入を発表したメルカリ(出所:同社リリース)

そして最後に、社員の担当職務を細かく洗い出して体系化することです。そうすると学ぶべきことが見えやすくなります。OJTを通じて先輩や上司の肌感覚の範囲で課題を捉えるのではなく、細かく体系化された職務一覧の中から補足したいスキルや知識を選び出して、ピンポイントでOff-JTのカリキュラムを受講させることができます。

しかし残念ながら、それらの改善を試みてOff-JTを機能させ、社員の学び直しに積極的に取り組もうとする会社は多くはないかもしれません。働き手としては、社員の学び直しに消極的な会社には依存しないことが重要となるでしょう。その上で、これからの働き手が心掛けておくべきことが2点あります。

働き手に必要な2つの視点

1点目は、自己啓発にいそしむことです。

社員の教育研修をコストと見なす会社に所属している限り、働き手は自らの成長機会を失い続けることになります。一方で、終身雇用の維持には無理が出ており、将来の安定が約束されているわけではありません。能動的に行動を起こし、学びの機会を自ら生み出さなければ、人材としての市場価値が下がり続けてしまう危険性があります。自腹を切る覚悟も求められますが、自身の成長にかける費用をコストではなく投資と見なす考え方は、会社側だけでなく、働き手側にも必要です。

もう1点は、社外にも目を向けて、自分独自の“マイキャリアデザイン”を進めることです。今の会社の中に用意されている一本道のキャリアに縛られず、社外に広がっているチャンスにも目を向ける必要があります。人材育成を投資と見なしてくれる会社への転職も一つの方法です。あるいは、今の会社はあくまで生活するためのライスワークと割り切り、副業などで別のキャリアを磨いて自己成長の機会をつくり出すのもよいと思います。

会社が守り続ける保証はない

アナウンサーの桝太一さんは、安定したテレビ局社員の立場に甘んじず研究職へ転じ、フリーアナウンサーとしても活動すると宣言しました。メジャーリーグ史上に残る大活躍をした大谷翔平選手は、前例にとらわれず二刀流という新しいジャンルを切り開いて歴史をつくり続けています。2人はそれぞれ特別な才能に恵まれた人たちですが、自らが主体となって新たな道をつくり出そうとする姿勢は、まさに“マイキャリアデザイン”を体現するものです。あらゆる働き手にとって、これからの時代におけるキャリア形成のお手本です。

たとえ特別な才能に恵まれなくとも、成長機会を求める意志さえあれば、新たなスキルや知識を習得することは誰にでも可能です。これから先、会社が守り育ててくれる保証などありません。いつやってくるかも分からない成長機会を漠然と待ち続けるのは危険ですらあります。学び直しを通じて能動的に独自のキャリアをデザインしていく姿勢は、自らの身を守る上でも必要なことです。今後学び直しは、働き手を守るセーフティネットとしてもさらに重要性を増していくのだと思います。