障がい者と健常者が「働く」ときに必要なもの 「働く」を考える。

総合障がい者と健常者が「働く」ときに必要なもの 「働く」を考える。

障がいについてどんなふうに考えていますか? たとえば、障がい者を感動的に演出する日本テレビの『24時間テレビ 愛は地球を救う』を感動ポルノだという批判がある一方で、NHK Eテレの障がい者バラエティ番組『バリバラ』が、障がいを笑いに変えています。そしてそれは不謹慎ではないのかという意見も。このように障がいに対する意見も考え方も、一昔前と比べればとても多様化しています。

2020年東京オリンピック・パラリンピックを控え、2018年4月1日から、民間企業の障がい者雇用率が2.0%から2.2%へ引き上げになります。そんななか、私たちはどう障がい者と向きあっていけばいいのでしょうか。

そこで今回は、障がいを持つ女子のためのファッション情報誌「Co-Co Life☆女子部」編集長の元山文菜さんに話を聞きました。聞き手は、視覚障がい者によるテープ起こし事業「ブラインドライターズ」を運営するライター・和久井香菜子が担当します。

○インタビュアー・ライター
27849080_1686439908069571_1409798600_n

和久井香菜子(わくい・かなこ)
フリーランスの編集・ライター。「Co-Co Life☆女子部」の編集に誘われたことから、障がい女子と関わるようになる。自分の取材音源をテキストに起こしてもらったことをきっかけに視覚障がい者によるテープ起こし事業「ブラインドライターズ」を立ち上げる。ライター1名から始まったが、2年足らずで総勢11名にまで発展。今年中の法人成りを予定している。

○インタビュイー
motoyama

元山 文菜(もとやま・あやな)
24歳のときに、股関節の疾患により中途障がい者となる。同じような当事者の女性を元気づけたいという思いから、「Co-Co Life☆女子部」編集長を務める。本業では、大学卒業後(株)サクラクレパス入社。2008年に富士通(株)に転職。2017年に退職し独立、起業。業務コンサルタントとして、効率化や生産性向上に向けたITソリューションの導入支援などを実施。プライベートでは5歳の娘を持つワーキングマザー。

Co-Co Life☆女子部

株式会社リビカル

24時間テレビもバリバラも、どっちもあっていい。どっちがダメという考え方はもう古い

27849080_1686439908069571_1409798600_n

『24時間テレビ』や『バリバラ』など、障がい者を扱うテレビ番組に対し、配慮が足りないという意見をよく耳にしますが、こういった番組で障がい者を取り上げることについてどのように感じていますか?

 

 

motoyama

『24時間テレビ』も『バリバラ』も、どちらもあっていいと思います。私の知り合いにも24時間テレビに出演している人がいますし『バリバラ』にも多くの『Co-Co Life☆女子部』のモデルが出演しています。確かに、わざわざ障がい者をポルノに仕立てるのもおかしいし、笑いにするのもおかしい。私たちはただ存在しているだけなんです。一方で障がい者ポルノがおかしいと言われることで、活躍の場を失って消えてしまう人も実際にいるんです。当人が選んで、自主性を持ってやっている人も多いので、どっちがダメと言うような意見はちょっと古いかなという感覚はあります。

syougai_001

27849080_1686439908069571_1409798600_n

まず『24時間テレビ』があり、そして『バリバラ』ができました。次は、なんの説明や前触れもなく、自然に障がい者が社会に溶け込んでいるドラマや番組ができることがステップだと思っています。「意識をしない」ことが本当のバリアフリーだと思うので。そうした「盛り上がり」に注目すると、障がい者スポーツが注目されていますね。私が取材を始めた3年前と比べても、はるかに注目度が上がったと感じます。
motoyama

そうですね。最近、プライベートでブラインドサッカーを見に行きましたが、選手同士が激しくぶつかり合ったり、めちゃくちゃ興奮しました。
27849080_1686439908069571_1409798600_n

パラスポーツは、見るのとやるのではまったく違うので、機会があったら試してみるのもいいかもしれないですね。実際に車いすテニスをやってみたら、私が知っているテニスとは基本からしてあまりに違うので衝撃でした。今はパラリンピアンバブルと言われていて、そういう流れのなかで「障がい者の人たちは『自分もスポーツがしたかった』と憧れるんじゃないか」という意見を聞いたことがありますが、実際はどうですか?
motoyama

私は股関節の角度が小さくて、激しい運動や走ったり重い荷物を持ったりということができません。だけど私の場合は、スポーツは日常生活に関わることではないので、同じ障がい者で、スポーツをしている人を見て羨ましいとは思わないですね。でも健常者の人に対して「走れていいな」とは思います。逆に同じ環境にある人同士ではマウンティングが起こるんですよ。同じ障がいを持つ人で集まると、障害の重さ自慢になったり(笑)。

 

27849080_1686439908069571_1409798600_n

車いすの子同士で食事に行くと、障がいの軽い子が自分より重い障がいのある子に「やってあげようか」なんて言って手を出したがるというのも聞きますね。
motoyama

一方で「誰かに支えてもらうのが当たり前」と思っている人もいる気がします。仕事の話ですが「早く帰りたかったのに、遅くまで仕事をさせられた」「体調が悪いのに、働かされた」と言っている子がいます。もちろん、会社側も気をつけなければいけないことですが、まずは自分自身が自分の能力や体力を可視化して、きちんと伝えることが大切だと思っています。
27849080_1686439908069571_1409798600_n

周囲の人は「(当事者が)どんなことができて、何ができないのか」まったくわからないですものね。何を聞いたらいいのかもわからないから、腫れ物を扱うようになる、という意見も聞いたことがあります。私は「Co-Co Life☆女子部」に関わり始めた当初、「車いすでは何センチくらいまでなら段差を乗り越えられるの?」とか本当に小さなこともたくさん聞きました。みんな丁寧に教えてくれましたよ。
motoyama

自分のことを知ろうとしてくれると思ったら、それは嬉しいですから、いくら聞かれても構わないと思います。でもひとくちに障がい者といってもさまざまです。たとえば事故に遭った直後の人は、あれこれ聞かれるのは辛いでしょう。逆に障がいをウリにしている人もいます。身体的特徴と同じですよ。薄毛や身長の低さをウリにしている人もいますが、コンプレックスになって隠しておきたい人もいますよね。

必要なのは、「障がい」を受容する環境をつくること

27849080_1686439908069571_1409798600_n

ブラインドライターの業務を進めていると、みんな、甘えるところと遠慮するところの区別が難しそうだなと感じます。障がいによってできないことを「できない」と言いづらいのだろうなと。
motoyama

その部分は思いやりでわかってほしいところでもあります。身体の問題って、努力でどうにかできることだけではないですよね。たとえば私は事務処理が苦手なんですが、そうは言っても工夫の余地はあるかもしれない。でも障がいとなると、風邪とは違って治らないですし、一生付き合っていかなきゃいけない。それが原因で「できない」と伝えることは、ただ仕事ができないこととは違って、話すのがすごく辛いことなんです。でも「障がい」を受容する環境をつくることで、「できないこと」の発信が少しずつできるような気もしています。

syougai_002

 

27849080_1686439908069571_1409798600_n

これは障がい者に限ったことではないですが、「できない理由」だけを見つめるのではなく、理由を精査して、どう乗り越えるかを考えるべきだとも思います。視覚に障がいがある人に「目で見てみろ」とか車いすの人に「立って走れ」とは言いません。でも少ない時間をどう使うかであったり、ITやツールを駆使して工夫することは、健常者と同じく障がい者にも必要なスキルだと思うんです。
motoyama

何があればできるかを検討する思考が必要ですよね。「時間がないからできない」では、現状を見つめておしまいです。でも「どうやったらできるか」をきちんと考えたら、仕事の「目的」を考えられるようになり仕事が広がる可能性が生まれるんです。
27849080_1686439908069571_1409798600_n

結局、社会のなかで「働く人」として価値を高められるかは、その部分にかかってくる気がします。たとえば私の場合、ブラインドライターが業務中に「思考停止してるな」と思ったら容赦なく指摘しています。考えて仕事を行う習慣を持っていれば、どこに行っても重宝される人になれると思うんですね。

これからの企業に必要なのは「適材適所」をさがしていくこと

27849080_1686439908069571_1409798600_n

障がい者と一緒に仕事をする人にとって大切なのは、相手を自分と同じ高さで見ることじゃないでしょうか。相手をかわいそうとか大変そうといった哀れみや見下した姿勢は間違っていると思うんです。私も他人から見下されたくはありません。
motoyama

自分を見下している人のことは直観的にわかってしまうものですからね。あと、体調が変わりやすいことも自分の状況を伝えにくくしている原因のひとつかもしれません。たとえば私の場合、出張に行って歩き回るとその後2日くらいは薬を飲んでも痛みで動けなくなるんです。でも一度頑張ってしまうと、次もやらざるを得なくなってしまう。「なんだ元山、頑張ればできるのに、もうやらないのか」と思われている気がして…。
27849080_1686439908069571_1409798600_n

日本では「誰だって生まれ持った能力は同じだ」という意識が強い気がします。「頑張れば100点が取れるのだから、10点しか取れなかった人は頑張らなかった人」というふうに。それが、10点しか取れなかった人への差別につながっているような気がします。
motoyama

ある業務で10点しか取れない人でも、違う業務なら100点を取れるかもしれないですよね。たとえば、ブラインドライターがそうです。彼らは障がいによる不便を価値に変えて100点満点以上の仕事をしています。だから、適材適所を探していくことも、これからの企業には必要なことだと思うんです。
27849080_1686439908069571_1409798600_n

障がい者を“仕方がなく”雇うことは、誰にとっても幸せではない。10点の人を使い続ける方も、10点を取り続ける方も辛いですものね。みんながウィンウィンになれるといいですよね。

さいごに

結局のところ、健常者にも障がい者にも思考停止している人はいるし、わがままな人はいます。そこで両者を区分けすることはできないと思うんです。

だけど、人の能力を一律に平均化して、「普通はできる」とか「できないのはおかしい」などと言って差別するのはいけないことです。一方で、すべてを障がいのせいに帰したところで、何も進展しません。健常者も障がい者もお互いが尊重し合って歩み寄る姿勢が必要なのだと思います。