総合「働き方改革」の弊害か……見失いたくない転職の目的
新しい年の初めに「今年の目標」を立てる人も多いだろう。その中には「今年こそ転職しよう」と決意を固める人もいるはずだ。転職は大きなイベントであり、実際に転職活動を行うようになると、いろいろな面でパワーが必要になる。いつしか希望の会社に入社すること自体がゴールのように思えてくることがあるかもしれない。しかし、新たなスタートであることを、決して忘れてはならない。
独自のブラック企業判別法
「一年ほど前に、一度ご相談にいらっしゃっていますね」
「そうなんです。あの時は他の紹介会社さんに紹介してもらった会社に決まって、今も勤務しているのですが、再度ご相談したいなと思いまして……」
コンサルタントとして毎日のように転職希望の方と会っているが、約一年ぶりに再会したAさんのことははっきり覚えていた。一風変わった転職活動をしていたからだ。
「ブラック企業ではない会社を探しているんです。ワークライフバランスを大事にしている会社は、社員を大事にしている会社だと思いますし、そういう企業に長く勤めたいと思っています」
Aさんはかなり忙しい会社に勤めていて、「もう少し余裕のある環境で働きたい」と考えたのが転職理由だった。政府も「働き方改革」の旗振りをする時代。ワークライフバランスを意識して転職を考える人は増えているので、そのこと自体に違和感はなかった。
ただ、Aさんの「ブラック企業識別方法」というのが少し変わっていた。

「私は面接で、残業や休日出勤、転勤や福利厚生、離職率などについて、積極的に質問するようにしているんです。そこで何となく回答をぼかしたり、そういう質問をするような人材はいらない、という態度が見えたりする企業は、ブラックの可能性があるんじゃないでしょうか」
今も昔も、一般的な面接のセオリーは、直接そういう待遇や勤務環境に関係するような質問は控えめにせよ、というものだ。いくら「働き方改革」が進んだ企業でも、仕事内容そっちのけで条件のことばかり気にしている人材は、印象が良くないとされている。
「そういう情報が知りたい場合は、人材紹介会社を経由して確認する方法もありますよ。その方が企業からの印象も良くなると思うのですが」
私はそう提案してみたが、Aさんはむしろ直接質問をぶつけることで、その際の企業の反応を見たいのだという。
「外向けに出している情報ではわからないこともあると思うんです。ですから、そこは自己責任でやらせてください。決して御社にご迷惑はおかけしませんので」
そんなAさんは、私たちの紹介では残念ながら内定にまで至らなかったが、無事に他ルートで転職に成功したという連絡をもらっていた。それが約一年前のことだった。
たしかに勤務環境は良かったが……
「実際に無理のない働き方のできる会社で、そこはまったくイメージ通りでした。ただ……」
Aさんによると新しい会社の仕事内容は、Aさんにとって簡単すぎるのだという。以前の会社が成長企業で、忙しいのと同時に自分も成長しているという手応えを感じられたのに対して、今の会社は大企業のグループ会社で、自分一人が頑張ったところで、裁量が限られているという。
「正直、前回の転職ではブラックかホワイトかというところにばかりが気になってしまっていました。同じ職種だし、仕事内容はそう変わらないだろうと思っていたのですが」
Aさんが本当に求めていたのは、「やりがいとワークライフバランスの比率を変えたい」というものだったのだ。しかし、転職活動をしているうちに、「同じようなブラック企業に再就職することがあってはならない」という気持ちが先行するようになり、いつのまにかやりがいはそっちのけになっていたという。
実は、転職活動をする人がこういう心理状態に陥ることは、決してめずらしいことではない。中には「転職すること」自体が目標になってしまい、入社した後で「自分が本当に行きたかった会社はこういうところではなかった」と思い始める人もいる。
「わかりました。まだ転職されて一年ですから、働きながらもう一度じっくり探すことをおすすめします。仕事内容も充実していて、ワークライフバランスにも配慮してくれる環境の会社を探しましょう。今は『働き方改革』の考え方が広がりつつありますから、そういう企業も増えていると思いますよ」
そうアドバイスすると、Aさんはまたしても独自の転職理論を繰り出してきた。
「今の会社に長く勤めていると、『ぬるい会社に長くいた人材』という見られ方をされるんじゃないですか。思い切って退職して、背水の陣で臨んだ方がよい結果につながるということはないでしょうか」

私はあわててAさんをとめた。
「退職は絶対やめてください。退職してしまうとそれが焦りを生むことになりますからね。焦るとまた当初の自分が求めていたものを見失ってしまう可能性があります。幸い、今の会社は残業も少ないということですから、働きながらでも余裕を持って転職活動ができるのではないですか」
まだ20代のAさん。一度くらい失敗してもリカバリーできる年代だが、二度、三度と繰り返すと、一気に厳しくなってしまう。前のめりなのはAさんの良いところでもあり、同時に弱点なのかもしれない。
ここはしっかりサポートしなければ、と私は改めて気を引き締めたのだった。