総合就職のために留年するのは損である! さっさと働いてみようよ
10万人の就職留年生
今春、卒業学年で留年した学生が2年ぶりに10万人を超えたという(『読売新聞』7月20日朝刊)。卒業学年の留年生は、就職状況が悪かった2010年から2011年にかけて急増して10万人を超えたのであったが、今年の留年増加理由は、この時とは少々事情が異なるようだ。
2011年にあっては、就職環境があまりに悪く就職内定を得られずに次の年の就職戦線を待つために留年を選択した学生が多かったが、今年は、就職環境の好転を感じているために、場合によっては就職内定を持っているとしても、「来年なら、もっといい先に就職出来るのではないか」と期待して、留年を選ぶ学生が相当数いるようだ。
ちなみに読売の記事の見出しは、「不本意内定より留年傾向」だ。
しかし、留年10万人とは、何という人的資源の無駄か。加えて、コストと時間をかけて学生を選び、いったん内定を出したのに内定辞退される企業には大変気の毒なことだ。
もう一言、「君が内定を取ったために、内定を取ることができなかったどこかの学生君にも、気の毒なことだったね」と付け加えておこうか。
しかし、留年を決めた学生達は、1年後に納得の行く就職先に就職出来る可能性に賭けて、自分の時間を犠牲にし、且つ来年も満足な就職先に採用されないリスクを取っているのだから、彼らの意思決定を責めることはできない。これは、個人が「やってもいいこと」の範囲内だ。
しかし、それが同時に「得なこと」あるいは「合理的な選択」でもあるのかについては、大いに疑問がある。
「1年の無駄足」の経済コスト
志望する大学の入試に失敗して、いわゆる「浪人」をして志望校の入試に再チャレンジする若者がいるように、就職にあっても、1年余計に使ってでも納得出来る会社に入りたいと考える少し年を取った若者がいること自体、心情的に不思議ではない。
しかし、彼らの多くが、的確なリスクとリターンの計算が出来ていないとしても、おかしくないように思う。
経済的な意思決定として見た場合、大学入学前の「浪人」と就職前の「留年」には、共通点と、相違点がある。
少なからぬ読者の不興を買うかも知れないが、両者の共通点をはっきりいうと、「稼ぎ」の期間が1年縮むことが大きな損失だ。人が大まかに40年間働くとした場合、不本意も働けない「待ちの1年間」は、生涯労働時間換算で2.5%の損失に相当する。
収入ベースでもう少し細かく考えるなら、損失は2.5%にとどまらない公算が大きい。
多くの会社で、入社時に22歳でも、23歳でも、新入社員の初任給は同じ水準からスタートする。その後、徐々に年収が上昇し、中年期に向かって差が広がる。だが、特別に出世するのでなければ、一定の年齢を境に、「役職定年」や「出向」などで給与水準が大きく落ちる。また、こうした制度がない会社の場合でも、年齢で区切る「定年」が存在する事が多い。
筆者がかつて勤めたことがある日系企業でいうと、商社は55歳が役職定年でその後は役職の肩書きが外れて年収水準が顕著に下がるし、銀行に至っては50歳前後を境に関連会社や取引先への出向等で収入が大きく下がる。
入社年齢1年の差は、入社時の年収よりも、年収が上がっている中年期の年収獲得期間が1年短くなることに反映しやすいと考えられる。中年期には出世などに差が付き、入社までの事情の影響が見えにくくなっているが、稼げる期間が1年短縮されるという絶対的な「時間」を通じて、1年遅れのコストは明確に残るし、生涯収入に及ぼす影響はそれなりに大きい。
1年留年して「人材価値」は高まるのか
しかし、こうした事情を、大学入試の浪人生や、就職を一年先に延ばすための留年生が、十分認識しているようには思えない。
あくまでも職業人生上の損得の観点からだが、はっきり言って、筆者は大学入試の浪人という選択にも消極的だ。第一志望のA大学と第二志望以下のB大学があって、A大は不可能でもB大に進学が可能な場合、AとBによほどの評価の差があるのでなければ、現役でB大に進む方がいい。
また、人を評価する側から見て、同じ大学、成績、人物の印象なら現役入学者の方がもともと優秀であってポテンシャルが高いと評価することがある(加えて、AO入試でなく一般入試の合格者がいい)。22、23歳の頃の1年の差は大きい。
他方、「大学入試浪人」と「就職留年」との間には、顕著な差がある。それは、前者が奏功した場合には入学する大学が変わり、その後の職業人生で人材として受ける評価を大きく改善出来る可能性があるのに対して、就職留年の場合、自分の側の価値を改善出来る可能性が乏しいことだ。
就職留年では、主として就職環境の好転に期待するしかない。そして、1年留年しているという事実は、採用側から見て、1年前よりも評価が下がる可能性の大きな「不都合な事実」である。
卒業を1年遅らせることに伴ってその間に大いに勉強をして人材価値が高まった、ということは、日本の大学の状況を見る限り起こりにくい。また、半年、1年で取得出来る資格を取っても、就職上の評価が向上するとも思えない。そして、1年分の学費も生活費も余計に掛かる。費用をアルバイトで埋めるとしても、当座のコストが少々助かるだけで、将来の「稼ぐ時間」の減少は取り戻せない。
経済的な損得をリアルに考えると、率直に言って、就職留年はお勧めしにくい。
早く就職した後の身の振り方
それでは、少々不本意な就職先であっても、留年せずに就職してしまった方がいいのだろうか。答えは、「そうだ」だと思う。より正確を期して言うと、「結果論はともかく、意思決定レベルでは、それが正解となる場合が多いだろう」。
主観的には「やるだけやった」といった気分が大事な場合も人生にはあるが、経済的な損得に絞って、就職留年する場合の、リターン、リスク、コストを考えてみよう。
現在の状況で1年就職留年する学生の主な期待リターンは、「来年の方が就職環境は良さそうだから、もっといい会社に入ることが出来るのではないか」というところにあるのだろう。
希望先に就職出来なかった学年の就職活動がよほどひどいものであったというのでない限り、企業側から見る人材評価は、1年留年することによって下がりこそすれ高まることはないから、これは雇用市場のトレンドに対する賭だ。
リスクは、環境が好転しても残るはずの個々の企業における人材選考の不確実性と、雇用市場の環境が期待するほど改善しなかったり、経済的なショック等であえって悪化したりするリスクの二種類がある。
前者はミクロな就職リスク、後者はマクロな就職リスクと呼ぶことが出来そうだが、1年間就職を遅らせることで望むレベルの就職の改善を確実に手に入れられる訳ではないことを認識する必要がある。
加えて、「稼ぐ期間」が1年短期化して、職歴後半の1年分の年収を失うことと、1年間の学費・生活費といった、かなり確実なコストが掛かる。
ぐずぐずしないで、転職オプションを生かすほうがよい
これらに対して、現在不本意に思う就職先であっても、留年せずに就職するとどうなるだろうか。
浮き浮きするような気分で就職出来るのではないかも知れないが、自分の就職先の分野の仕事でということになるが、仕事をする実感を得ることが出来るし、仕事のための知識や方法をあれこれ覚えることができる。1年間で得られる経験と知識は、大学にいるよりも量的にも質的にも優る場合が多い。
仮に、半年、1年でその会社を離れて転職するような場合でも、現実のある業種・会社の仕事に内側から当事者として関わった経験は、今後、別の会社のサラリーマンとして働くにしても、独立・起業などをする場合でも、得がたい経験になるだろう。
大いに強調したいのは、1、2年働いてから、別の会社に転職するオプションがあることだ。もともと、大学生が会社のことを幾ら調べても、実際に就職して働いてみないと自分と仕事や職場との相性が分からない場合が多い。
最終的に自分のキャリアを築く職種を決めるまでの試行錯誤の期間は、年齢にして28歳くらいまで可能だが、早く就職する方が、この期間を長く取ることが出来る。この間、仕事を経験し、仕事の眼を通して世間を見た上で、自分の選択を行うことが出来る。適職が早く見つかった場合には、仕事を覚えてから実績を作ることができる期間が長い。
もちろん、働いてみた結果、不本意だと思って入社した会社や仕事が、実は自分に合っていて、環境としても、仕事のやり甲斐としても、満足ないし我慢の出来るものになる可能性がある。この場合も、将来、力を付けて転職する選択肢もあれば、起業する選択肢もある。
肝心なことは、就職先を決めたことが、自分の将来の上がり目の限界を決めることにはならないことだ。心掛け次第で、「働きながら」、仕事の内容を変えることも、勉強することも、経済的な条件を改善することも可能だ。
ビジネスの世界で生きていく、と決めているなら、大学よりも職場の方が学ぶ機会が豊富だし、損得勘定的にも得である。端的に言って、就職のために留年するのは損だ。
少々乱暴だが、結論を一言でまとめよう。「ぐずぐずしていないで、さっさと働いてみようよ!」。