総合「一律の社内教育」なんて若い社員をバカにしている
今回は、高精度工業用センサの開発・製造・販売をする㈱メトロール(東京都立川市、127人)の松橋卓司社長を取材した。
ユニークな採用試験を行うなど、独自の人事マネジメントの施策を次々と試みる。かつては、サラリーマンとして上司との関係に悩んだこともあるという松橋社長に、「使えない上司・使えない部下」について伺った。
説得しようなんて思わないこと
部下の能力に嫉妬する上司は最悪だと思います。私は会社員の頃、そのような上司に仕えたとき、ずいぶんと悩みました。現在、メトロールには130人近い社員がいますが、彼らにそのような思いだけは絶対にさせたくないと思っています。
私は大学卒業後、一部上場の大手食品メーカーの営業部に10年ほど勤務しました。その後、叔父が社長をしている社員250人規模の、潰れかけていた食品会社に転職したのです。
今から思えば、30代前半で血気盛んな頃だからこそできた決断だったのでしょうね。大手食品メーカーに入社し、6年が過ぎたあたりから、大企業の看板と仕組みの中で、分業化された仕事をすることに疑問を感じはじめていたのです。
そんな時、赤字の会社を買収し、工場に泊まりこんで会社を再建しようとしていた叔父の姿に感動したのです。大手食品メーカーから、資金繰りに苦しむオンボロ会社に転職を決断したのです。
始めの1年間は、単身で24時間操業の工場に泊まり込む再建の日々でした。営業と製品開発の責任者として、様々な改革を試みました。それまでの会社は「大量生産でモノを作り、低価格戦略でシェアをとる」という方針で社員たちは仕事をしていました。
しかし、そんな売上至上主義では、自転車操業の苦しい状況から抜け出せないと思ったのです。原料調達ルートから製造方法、価格、営業態勢、営業方法、得意先などを変え、付加価値のある製品の販売へと、転換をはかっていったのです。
自分の営業スタイルを変えようとしない社員もいました。「おいしい製品がないから売れないんだ」と会社に文句を言っていた、中高年の営業社員は積極的な販売活動をしようとしないのです。実際に品質の良い製品が製造できるようになっても…。
しかたなく、私は営業経験のない若い社員と、高品質な新製品をゼロベースで新しい顧客に売り込んで行きました。このとき、痛感したのです。クオリティの高い製品は、顧客を説得する前に、売ろうとする我々が製品の本質を勉強し、腹の底から理解しなければ売れないのだ、ということ…。
それまでこの会社は低価格、大量販売の文化でした。その営業経験に慣れて、色のついた社員は、なかなか自身の営業スタイルを、変えることはできないのです。
中高年の営業社員が結果をだせずに辞めていき、先入観念がない、若い社員が新製品の販売に活躍していくようになりました。会社の業績もしだいに回復し始めたのです。
皮肉なことに、業績が良くなるにつれて、上司である社長の叔父と、経営のあり方などをめぐり、意見が合わなくなることが増えたのです。会社の規模が拡大するとともに、品質に対する社会的責任や、資金調達の問題が大きくなりました。
特に食品の場合は、人身事故につながるような、大きな製品クレームを出してしまえば、あっという間に会社が壊れてしまいます。会社の規模が大きくなれば、なるほど、製品事故を防ぐため、クレーム防止の再設備投資が必要になっていくのです。
そのためには、金融機関に事業計画を示し、規模を拡大するために運転資金や設備資金の調達交渉が、新たな仕事として増えていきました。しかし、プライドの高い社長は、「儲からない品質管理にお金を使いたくない!金融機関に頭を下げて資金交渉をしたくない!」の一点張り。しかたなく、私が資金調達の対外交渉も引き受けることになりました。
このことが、社長との関係をさらに悪化させます。安心で安全な食品会社を目指し、金融機関や取引先との難しい交渉の窓口に立ち、成果をあげるほどに、社長からの嫉妬は厳しさを増し、私の心は暗くなっていきました。
私にとって仕事は生きることそのものです。会社を思い、一生懸命に仕事をして成果をあげることが使命であり、やりがい、幸せにつながると思いこんでいました。しかし、感情を持つ人間が営む世の中は、それほどに単純ではないということを学んだのです。
大学の専攻から足掛け20年、食品業界でメシを食ってきました。そのキャリアを捨てるのは悔しかったですが、小さくても良いから、まっとうな経営者の元で働きたいと強く思うようになりました。
1998年、40歳の時に失意のうちに退職することになりました。
クローズドに仕事をする人は高い実績を残すことができない
当時、経営者であった父に経緯を話し、オファーのあった次の転職先の相談をしたのです。父も自らが経営するメトロールに後継者がいないことに悩んでいました。天命? 運命のいたずら? だったのかもしれません。
私が、父の会社の事業継承をすることになったのが、20年前です。現在、私の新たな試みは、前職の経験を生かしたものが多いのです。
2011年から、大卒の新卒採用を積極的に行い、1年目から社員を海外に出してどんどんと仕事をさせています。社会人経験がない人は、先入観なしに、新しい仕事に取り組む傾向があります。これは、前職で強く感じたことです。
採用試験では、心理分析官の助言をもとに、「ミッション意識(使命感)」と「概念化能力」を重視し採用をしています。
「ミッション意識」は、会社の課題を自分の問題として、当事者意識をもって取り組む能力のことです。学力や偏差値が高くとも、自己愛が強く使命感が持てない人は、レベルの高い仕事ができません。
「概念化能力」は、経験や記憶に依存することなく、ゼロベースで考える能力のことです。抽象的な情報をかみ砕いて、自分の価値観と混ぜ合わせ、言葉少なでも良いから、絞り出すように自分の言葉で話したり、書いたりする力があるかを確認します。
「ミッション意識」「概念化能力」を兼ねそなえた人を、私は「心の偏差値が高い人」と言っています。これらの能力は、その人自身の価値観であり、20歳前後までに、ほぼ決まっています。通常の学力、偏差値とは、必ずしもリンクしません。
心の偏差値が高い人は、メトロールの新卒の採用試験で言えば、100人に1人いるかいないか、という割合です。昨年は会社説明会に500人が参加しましたが、内定者は5人でした。
海外企業と大きな契約を次々と受注するトップセールスは20代の女性、入社3年目でベンチャー技術大賞を採る製品を開発した技術者、会社の「40周年史」(創業1976年)をプロ顔負けに、編集制作したのは入社2年目の女性社員…。若い才能を開花させている社員が数多くいます。
採用の現場に関わるほど、人材は発掘するものであり、教育で社員を育てようなんて思うのは、おこがましいと思うようになりました。
人にはそれぞれ持って生まれた才能があり、心の価値観があります。会社ができることは、これは!と思う人に自分で判断、行動できる自由度を与え、価値観が通じる仲間とチームを作ることを促すこと。
会社に入ってまで「一律の社内教育」なんて若い社員をバカにしていると思います。若くても自律した社員は、必要な勉強は自分からしていきます。戦を通じて外部の厳しい環境に揉まれることが、何よりの“先生”です。
社内でできる人材教育(外部研修も含め)なんて、本音を言えば、ほとんど、役に立たない!と思っています。こんなこと言うと学校の先生には嫌な顔されてしまうんですが…(笑)