総合「残ってほしい人材を辞めさせない」 人材大手が取り組む「退職予測」
「活躍している社員が辞めてしまう」――こうした課題を解決するため、人材大手のパーソルホールディングスは、社員の退職確率を予測するプロジェクトを進めている。どのようにして社員の退職リスクを「見える化」しているのだろうか。
「人材を思うように確保できない」「活躍している社員が辞めてしまう」――このような悩みを抱えている企業は少なくないだろう。
帝国データバンクの調査によると、2017年上半期(1~6月)に人手不足が原因で倒産した企業は49件で、過去最高を記録した(前年同期比44.1%増)。今後も生産年齢人口が減ることから、企業の人手不足はより深刻化すると予測されている。
こうした背景から企業は「いかに人を採るか」と同時に「いかに人を辞めさせないか」ということも重要課題となっているのだ。
実際既に、社員のさまざまな情報を分析することで、退職を事前に食い止める取り組みを始めている企業がある。人材大手のパーソルホールディングスだ。同社は15年4月から、HRテックを推進する部署「人事情報室」を立ち上げ、社員の退職確率を予測するプロジェクトを進めている。
また最近は、社員がどこの部署に異動すると活躍できるのかを可視化する取り組みも始めているという。
どのようにして社員の退職リスクや、異動後の活躍を予測しているのか。また、それによってどのような効果が期待できるのか。同社の人事情報室 山崎涼子室長(以下、敬称略)に話を聞いた。
「予測」をして事前に対策を
――「人事情報室」を立ち上げた背景について教えていただけますか?
山崎: もともと当社は、人事に関するデータの収集・管理は意識して取り組んできました。しかし、データを集めても現状が分かるだけであり、それをもとに改善策を打ち出していくことしかできてませんでした。
今の状況を知るだけでなく、未来の状況を「予測」することができれば、問題が起こってから対処するのではなく、事前に対策を打てるのではないか。そう考え「人事情報室」立ち上げました。
人事情報室では、グループ全社の社員情報を集約して、さまざまなデータを組み合わせて分析しています。社員の退職リスクを予測するプロジェクトは、約2年前から運用しております。
――どのようにして社員の退職確率を予測しているのですか。
山崎: まず、退職者を含む3500人分の社員情報から「退職予測モデル」(退職する社員のモデルケース)を作りました。分析に使用しているデータは「性別」「年齢」「学歴」「雇用形態」「職種」「役職」「給料額」「昇給変動率」といった基本情報と、配属先ごとの勤続年数などです。
この退職予測モデルと、予測したい社員のデータを比較することで「退職者の傾向と、どのくらい似ているのか」を分析します。その“類似度”を退職確率と呼んでいるのです。
つまり、「辞めてしまった人たちと状況が似ているから、その人も辞めるかもしれない」という仮説を前提に確率を出しています。実際に辞めた社員のデータをこの退職予測の分析に掛けて検証したところ、正解率は90%でした。
狙いは「会社に残ってほしい人材」を辞めさせないこと
――そもそもなぜ、退職予測を始めたのでしょうか。
山崎: 単に退職者を減らしたいというわけではありません。「会社に残ってほしい人材」を辞めさせないことが退職予測の狙いです。
これまでも退職者アンケートなどから、退職要因の分析もしていましたが、辞めてほしくない人を辞めさせないためには、“事後報告”から分析するだけなく、前もって対策を打つ必要性を感じていましたので。
――退職者アンケートの内容を分析し、状況を改善していくだけでは不十分なのですか?
山崎: 退職者アンケートから出てくる情報だと、「評価制度に不満がある」「福利厚生を充実させてほしい」「長時間労働を改善してほしい」など、会社全体として改善すべきことが多く挙げられます。
例えば、アンケートに多かった長時間労働時間を改善したら離職率は下がりました。しかしそれでも、辞める人がゼロになるわけではありません。辞めてほしくない人を辞めさせないためには、全社的な施策を打つだけでなく、個人に対してピンポイントに施策を打つことが必要なのです。
もちろん、まずは全社的な課題を解決することが先ですが、その次のフェーズは、個人ごとの課題解決です。そのためにも、まずは個人個人の退職リスクを見える化しようと考えたわけです。
――退職予測を通して、どのような対策を打っていますか?
山崎: 退職確率のデータを各社の人事部や各事業部のマネジメント層に提供をしていますが、退職確率が高い社員に対して、どのような施策を打つかどうは現場に任せています。
また、「退職確率が高い社員の何%が実際に辞めたのか」という検証は数年先にならないと分かりません。ですから、人事情報室から「退職確率が高い社員には、こうしてください」と具体的な指示がまだ出せていないのが現状です。
しかし、データを共有することで、例えば個人面談を設定するきっかけにもなります。マネジメント層が意識してくれるだけでも、大きな違いがあると思います。部下の数が多くなればなるほど、部下を気に掛けることが難しくなりますから。
彼らの力量だけに任せるのではなく、人事情報室からこうしてアラートをかけてあげられる環境は有効だと考えています。
異動成功予測モデルについて
――退職予測の他にも、社員が異動先で「活躍」できる確率を分析するプロジェクトも進めているそうですね。
山崎: 人数が増えるにつれて、人事配置の最適化も課題になっていました(グループ全体の従業員数は約3万人)。そこで人事情報室では「社員がどこに異動すると、どのくらいの確率で活躍できるのか」が分かるデータを現場に提供しています。
仕組みは退職予測と似ていて、過去に〇〇部署に異動して活躍した人とどのくらい似ているのかを分析することで確率を出しています。
具体的には各社員の異動履歴から「異動後2年間で評価が上昇した人」を異動の成功と定義して異動成功予測モデル(モデルケース)を構築するほか、現在各部署にいる「ハイパフォーマー(成績優秀者・高評価者など)」を定義し、分析対象者との類似性を分析します。
また、異動履歴や異動後の評価、社員情報のほかにも、「活発性」「コミュニケーション力」といった人の特性を可視化する性格診断のテストの結果も分析に加えています。
これらの分析によって、例えば「AさんがB事業部の営業職で活躍できる確率は〇〇%」「C事業部で活躍できる確率が一番高い社員はDさん」といった具合に、可視化できるようになっています。
既にこの予測データの活用を始めており、分析結果をリスト化したものを、異動決議の権限を持つ現場に提供しています。異動検討の会議などで、このリストを参考にしてもらいながら実際に人事配置を決めてもらっています。
――こちらも効果検証はこれからですね?
山崎: はい。まだ始まったばかりなので。これまでは上司からの評価など定性的な情報だけで異動を決めていたわけですが、客観的なデータが判断材料として追加されたことで、より納得いく形で異動を決めていくことが可能になったのではないかと思っています。
今あるデータだけでも、できることはたくさんある
――今後、予測の精度を高めていくためには何が必要だと考えていますか?
山崎: 今集められているデータだけでも見える化できることはたくさんあると思いますので、既存のデータを生かした分析をより取り入れていきたいと考えています。実際、退職予測も異動成功予測も、もともと導入している人事システムから取得できるデータを組み合わせて分析していますし。
人事部は欲しいデータがあっても集めにくいという課題があります。例えば、社員からアンケートで情報をとる場合も工数がかかりますし、「社員に時間を使わせてまで、それをやる必要があるの?」と現場に言われてしまいます。ここが人事部のツラいところです。
しかし、意外と取得できているデータは既にたくさんあるわけです(PCの稼働時間など)。既に転がっているデータをどう生かすかが、重要になってくると思います。
――今後、どのようなツールからどんな情報を分析していく予定ですか?
山崎: 注目しているのは、コミュニケーションツールですね。例えば、社員に時間を使わせてアンケート調査などを実施しなくても、メールなどのコミュニケーションツールを分析することで有効な情報を得られます。
当社ではまだ取り組んでいませんが、ツール上での会話データから「会話量は多いのか、ポジティブワードをどのくらい使っているか」といった情報を分析することで、社員同士の関係性を見える化することに役立てることができるはずです。上司と部下の相性などが分析できるようになるとも考えています。結果として、活躍できるチーム編成に生かせるかもしれません。
生産年齢人口はこれからも減少していきますので、人材の確保は困難になっていきます。そうなると、「いかに人を辞めさせないか」が大きな課題になります。
今までは、現状を知ってから現場を改善していくのが人事の仕事でした。しかし、これからは「リスクを事前に検知する」ことが当たり前になっていくと考えてます。「将来こうなるから、今のうちにこうしよう」みたいな仕事の仕方ができるようになっていくはずです。

