残業削減=コストカットと思わせない仕組みが長時間労働是正の肝だ

総合残業削減=コストカットと思わせない仕組みが長時間労働是正の肝だ

政府から提示された「働き方改革」のメニューの中でも、待ったなしの対応を求められているのが「長時間労働是正」と、それに伴う「生産性向上」だ。「残業規制」「脱時間給」などの施策を検討している企業も増えているが、なかなか“最適解”が見つからない、との声も多い。最近の企業による取り組みなどを参考に、「長時間労働是正」「生産性向上」を実現するためのポイントを探る。

日本で長時間労働が
なかなか減らない理由

2016年6月に、「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定された。「働き方改革」は最大のチャレンジと位置付けられ、重要な柱となる「長時間労働是正」については、以下のように言及されている。

長時間労働の是正は、労働の質を高めることにより、多様なライフスタイルを可能にし、ひいては生産性の向上につながる。今こそ、長時間労働の是正に向けて、背中を押していくことが重要である。

最大のチャレンジと言うからには、実態と理想に大きなギャップがある。

海外諸国と比較して、日本では長時間労働者が圧倒的に多い。週49時間以上の労働者の割合は、欧米諸国が軒並み10%台であるのに対して、日本は21.3%と突出している(労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2016」)。メンタルヘルスやワーク・ライフ・バランスの観点のみならず、日本企業がグローバル展開を図り、また海外からの人材を活用していくためにも、「長時間労働是正」は喫緊の課題と言えるだろう。

日本で長時間労働がなかなか減らない理由は何か。まず、残業による割増賃金の持つ意味が大きいことが挙げられる。1947年に制定された「労働基準法」は、当時の労働者の多くを占めていた工場労働者(ブルーカラー)を対象としており、労働時間と成果が比例することが前提だった。割増賃金(同法第37条)の規定は、その典型と言える。割増賃金には「同じ仕事を、より長い時間をかけて終わらせた方が、収入が増える」という、労働者にとって「長時間労働是正」とは真逆のインセンティブが働くのだ。賃金の上昇があまり期待できない状況の中、残業代を想定して生計を考える人も少なくない。

「ノー残業デー」は対症療法
「残業代アリの生活水準維持」が効果的

そのほかにも、「上司や同僚が残って仕事をしているのに、自分だけ先に帰るのはどうも気が引ける」と考えてしまうような風土が、日本企業には根深く残っている。このような状況を改善すべく、企業ではさまざまな施策を講じているが、たとえば「ノー残業デー」など、単なる「対症療法」だけでは、大きな変化を期待することはできない。改善するためには、経営層が社員に向けて、「長時間労働是正」が必要不可欠であるとメッセージを発信していく必要がある。

経営層が「長時間労働是正」に本気で取り組んでいる企業では、大胆に評価や報酬制度に手を付けている。例えば、長時間労働を是正したことで浮いた「残業代」を社員に還元する、削減した残業代を生産性の高いチームにボーナスとして還元するなど、社員側の「残業代が減ると生活できない」という不安を解消すべく、対応している。

近年の大企業での取り組みでは、伊藤忠商事の「朝型勤務」へのシフトが有名だ。伊藤忠商事では2014年5月から20時以降の残業を原則禁止し、早朝(午前5~8時)に仕事をする「朝型勤務」を導入。経営トップ自ら、「これまでの残業ありきという働き方を見直すためには、思い切った意識と制度面の改革が必要」と判断し、夜型の残業体質から朝型への勤務へと改めた。社員側にも、「集中力がアップし、業務の取捨選択が進んだ」などのメリットがあったという。

要は経営トップの「本気度」とともに、残業削減=コストカットと思わせない、社員一人ひとりに「やってみよう」と思わせる仕組みづくりが大切ということだ。伊藤忠商事の場合は、「朝型勤務」で「割増賃金を払う」「健康増進のために朝食を無料で配布する」などと謳うことで、社員が「会社は本当に働き方を変えようとしている」と前向きに捉えたことが、成功の要因と言えるだろう。いかに優れた制度でも、導入するだけでは効果を期待できない。「長時間労働是正」は社員の意識と働き方を変える試みなので、会社としての「本気度」を固め、徹底して取り組む姿勢が重要なのだ。

生産性を「期間当たり」で評価する日本
「時間当たり」で評価する欧米

次に「生産性向上」について考えたい。以前から、日本企業におけるホワイトカラーの生産性は低いと言われてきた。これから日本企業に求められるのは、高い労働生産性を実現することで、従業員一人ひとりの負担の量そのものを削減する発想である。というのも多くの日本企業では、「期間当たりの生産性」を評価の軸としているからだ。査定期間内に多くの成果を出した人が評価されるので、働き方に制約のない社員が高い評価を得る仕組みになっている。これでは育児や介護などで働き方に制約のある社員は競争のスタートラインに立つことができず、モチベーションも上がらない。

一方、多くの欧米企業では「時間当たりの生産性」を評価の軸に置いている。EU加盟国では「勤務間インターバル制度」が義務付けられ、1日の労働時間が決まっている。そのため企業は、短い時間で高い成果・業績を上げることができる社員を高く評価する。日本では今後、働き方に制約のある社員が増えていくことが予想されるが、高いモチベーションを持って働いてもらうためには、「時間当たりの生産性」による評価が欠かせない。まさに今、「量」から「質」へと評価軸を転換し、高い生産性を実現できる仕組みが求められているのだ。

この取り組みのカギを握るのが管理職である。職場の「生産性向上」を実現するには、リーダーである管理職の評価基準に、「生産性」の概念を取り入れることが欠かせない。なぜなら、従来のように管理職を「成果」の絶対量で評価しているようでは、下記のような事態が起きてしまうからだ。

・部下に長時間労働をさせて、成果を上げる
・自身がプレーヤーとして長時間労働をして、成果を上げる
・短期的な成果を上げるため、使いやすい優秀な部下に業務を集中させる

このような職場では長時間労働が常態化するだけでなく、社員のモチベーションも下がり、組織全体としての「生産性向上」は望めない。仮に短期的な成果を上げることができたとしても、長期的には組織が疲弊していくと思われる。

それに対して、「生産性向上」を意識した取り組みを行っている企業では下記のとおり、管理職を自部門の「生産性」の高さで評価するケースが多い。

・部下が短い労働時間で成果を上げられるよう、仕事のやり方を改善する
・部下の裁量を増やして、現場業務を任せ、自身はマネジメントに注力する
・能力開発、人材育成に時間を割き、生産性の高い優秀な部下を増やす

生産性向上を叶えるのは
管理職の評価基準の見直しだ

その結果、「長時間労働是正」はもちろんのこと、社員の定着率も向上し、質の高い知識と経験の蓄積によってさらに生産性が向上する、という好循環を生み出すことができる。まさに管理職の評価基準を「成果」から「生産性」へと転換することで、「生産性向上」を実現しているのだ。

結局のところ、日本企業における成果主義の評価制度は、労働の「質」ではなく「量」を評価する仕組みとなっていることが大きな問題だ。成果の絶対量で評価する現行の制度では、残業や休日出勤をしてでも成果を上げた社員が高い評価を受けることになる。これでは長時間労働を助長するばかりか、生産性の低さを放置したままになってしまう。

この問題をクリアするためにも、これからの評価制度には生産性の概念を取り入れ、短い時間で高い成果を上げた社員が高い評価を得られる制度へとシフトしていく必要がある。すると、すべての社員が仕事のやり方に高い意識を持つようになり、会社全体としては競争力の向上、社員にとっては能力・スキルアップへとつながっていく。

これまで見てきたとおり、正社員の長時間労働に依存した経営は、もはや社会的にも経済的にも過去の遺物になりつつあることを忘れてはならない。「長時間労働是正」と「生産性向上」は、全ての企業にとって喫緊の課題なのだ。最後に「生産性向上」に向けた、効果的な取り組みを紹介する。

【定期的な業務仕分け】

不要な業務や価値の低くなった業務を洗い出す「業務仕分け」を定期的に行うことにより、「生産性向上」が期待できる。まず、業務仕分けによって不要と判断された業務は、付加価値を生まない無駄なものであり、すぐに手放す必要がある。また、かつては高い価値があったが、現在は相対的に価値が下がっている業務は、業務の費用対効果を検討し、コストの方が高ければ廃止するか、アウトソーシング(外部委託)などに切り替えること。このような業務仕分けには即効性があり、削減できる労働時間も長いので、「生産性向上」に大変効果的だ。

【情報の共有】

日本における企業と社員の関係は、入社した企業の一員となることが大きな意味を持つ「メンバーシップ型」と言われる。このような組織は職務要件が明確ではないが、お互いに協力し合うことで全体の完成度を高めていくため、社員同士による情報の共有が不可欠となる。情報が共有されていない職場では、迅速な意思決定が行われず、作業の重複が発生するなど、生産性が低いからだ。情報を共有するためには、社内イントラネットの導入や社内勉強会・オフ会の開催など、さまざまな取り組みが考えられる。

【ICT(情報通信機器)」の活用】

ICT活用による「生産性向上」の効果は、既に多くの場面で検証されている。例えば、地方に拠点を抱える企業では、WEB会議が一般的であり、担当者の異動時間や交通費の大幅な削減を実現している。また、テレワークを実施することで、育児・介護などの理由で働き方に制約のある社員も、フルタイム正社員とそん色ない成果を上げることが可能になっている。