日本企業の1割にしか「最高人事責任者」がいない理由

総合日本企業の1割にしか「最高人事責任者」がいない理由

前回は、「戦略人事」が求められる背景とその重要性について考えたが、「戦略人事」のグランドデザインを描けている企業は依然として少ない。構想はあっても抽象的な表現が多く、裏付けとなる制度・施策がとぼしいため、実現性は疑問だ。

その原因は、「戦略人事」をプロデュースする「CHRO(Chief Human Resource Officer)」が存在しないこと。「戦略人事」が強く求められる現代にあって、CHROはどのような存在価値を持つのか。その果たすべき役割と育成のあり方について考えたい。(『日本の人事部』編集部)

日本企業にはCHROが
1割しか存在しない

CHROとは「Chief Human Resource Officer」の略であり、「最高人事責任者」という意味だ。経営幹部として人事機能を統括する存在で、取締役人事部長と呼ばれる場合もある。経営戦略と一体となった人事戦略の推進者として、経営と社員の双方をサポートする存在だ。混同しやすいのが「人事部長」だが、こちらは人事制度をミスなく運用し、法的対応を遵守するなど保守的な印象で、CHROとは異なる。

しかし残念ながら、日本ではCHROと呼べる人材が少ない。『日本の人事部』が実施した大規模調査「人事白書2017」で、自社にCHRO(もしくは人事担当役員)がいるかどうかを聞いたところ、「人事部門に特化した存在として存在している」との回答は12.8%にとどまった。一方、「人事以外を含む管理部門と兼ねるような形で存在している」は47.9%、「いない」は38.5%。「戦略人事」を進めていくためにはCHROの存在が重要だが、不十分な現状が明らかとなった。一方、外資系企業では「人事部門に特化した存在として存在している」が37.7%と多く、日系企業よりもCHROを重視していることが分かった。

ではなぜ、日本ではCHROとなる人材が少ないのか。理由の一つは、当事者意識の欠如だ。たとえば、昨今の環境変化があまりにも激しく、スピーディーに対応する施策を打ち出すのが難しいため、外部のコンサルタントに任せている企業は少なくない。もし何か問題が生じた時に、その責任をコンサルタントへと転嫁しているようでは、人事としての責任を放棄していると言えるだろう。

CHROを外注してしまう背景には、日本企業特有の「人事ローテーション」という弊害がある。さまざまな部署を経験するのは良いことだが、一部署にいる時間が短すぎて経験不足のまま部署を異動していては問題だ。「前任者と同じ通りにやる」あるいは「単に違うことをやればいい」のどちらかになってしまい、自分なりの明確なビジョンや方向性を持つことができないからだ。それでは、守りの人事しかできず、攻めを必要とするCHROにはなれない。経営の一翼を担う人事部門の責任者として、あまりにも自覚が足りないのではないだろうか。

組織全体に横串を通す「人事のプロ」は
修羅場体験から生まれる

では、CHROに求められる条件とは何だろうか。そもそも「人事」とは、人材の採用から始まり、育成、処遇、福利厚生、コミュニケーション、労使関係、退職など、人に関する全ての事項を扱う部門である。その最高責任者であるCHROは、経営戦略の目的を正しく理解し、実現のためのの戦略を的確に策定する能力が求められる。

そのためには、経営の立場からビジネス全体や戦略を語り、それに合う組織作り、人作りができることが重要だ。ただし、人事は財務などとは違って、見かけ上の「P/L(損益計算書)」を持っていない。そのため、社内での存在価値を高めるためには、コストセンターであることを自覚し、コストに見合った貢献をしていると認められなければならない。

人事はサービス部門ではあるが、「言われたことをやる」のではなく組織において最も重要な人的資源としての「人」を扱うプロフェッショナルであることを示すことが重要だ。CHROには、人事部門のメンバーが人事のプロとしての確固たる意識を持てるように、育成していくことが求められている。

では、CHROを育成していくには、どうすればいいのか。一つは「修羅場体験」を積ませることだ。いくら素質があっても、困難な環境に置かれなければ、人は成長しない。

会社運営という観点で考えた場合、トラブルがないほうがいいのは当然だ。それでもあえて、その必要性を述べるのは、「トラブルの経験なくして、経営人材は育たない」というパラドックス(逆説)があるからだ。

多方面からの利害対立や切羽詰まった環境の中で、苦悶する極限状態に陥らなければ、とことん頭や心、体を使い切ることはない。だからこそ、日常的な学びとは質・レベルが段違いである「修羅場体験」を積むことで、マネジメントの何たるかを知り、経営への「感覚」を研ぎ澄ますことができる。たとえば、「このプロジェクトは一見うまくいっているが、どうも職場の雰囲気がおかしい」といった兆候(リスク)を察知できるようになるのだ。何か大きな事件が起こった時、自分の中に判断の拠り所となる「経験則」があれば、冷静に対応し、的確な戦略・施策を考えることができる。だからこそCHRO候補者には、修羅場をどんどん積ませていくべきである。

極論すると、CHROとして素質のある人を見いだすには、「やりたい」と思っている人に経営を任せてみるのが一番かもしれない。その人にCHROとしての素質があるかどうかは、修羅場に置くことによって、初めてわかるからだ。例えば、経営状態の厳しい子会社や支社、工場などへ送り込み、その再建ぶりを見て、経営者としての適性があるかどうかを判断してみてはどうか。

制度としての対応を考えるなら、「ジュニアボード(青年重役)制度」や「社内ベンチャー制度」なども考えられる。たとえ「器」が小さくても、実際に経営に関する体験を積むことが何よりも経営能力を高めくことにつながる。それなくして、真のリーダーシップや戦略構築力は育たない。

またCHROは、CEOに対して物申すことができるかどうかも重要だ。組織の大小を問わず大変なことだが、物申すための勇気や説明能力がないと、CEOはもちろん、人事部メンバーからの信頼を得ることは難しい。ここが人事部長との大きな違いである。最終的に、経営に対して物申すことができなければ、CHROの存在価値はない。この点が、日本に「戦略人事」を率いることのできるCHROがなかなか存在しない一番の理由だと考えられる。