総合望まぬ転勤 減らす工夫を
日本の会社員の働き方を特徴づけてきたのは「いつでも」「どこでも」というキーワードだ。会社から命じられれば残業も休日出勤もいとわず「いつでも」働き、転勤命令があれば「どこでも」赴任する。社員は会社にとって、時間と場所を問わずに働く便利な存在だった。
このうち「いつでも」の要素は、残業削減や休暇の積極的な取得が進み始めたことから減っていくだろう。では、「どこでも」は? 政府の働き方改革は3月末に実行計画がまとまったが、転勤のあり方については議論されてこなかった。今後、論議を呼びそうなテーマだ。
転勤は歓迎されていない。労働政策研究・研修機構の2016年の正社員調査をみると、「転勤で困難に感じること」として、さまざまな点を多くの人が挙げている。「介護がしづらい」とした人は75%。親など家族の介護をしている人にとって転勤はやっかいだ。「持ち家を所有しづらい」「進学期の子供の教育が難しい」という困難を挙げた人もそれぞれ7割近かった。
夫の転勤で妻のキャリア形成が阻まれる問題もある。「できれば転勤したくない」という人は40%を占めた。
そもそも転勤には何か意義があるのか、と疑問を呈する声もある。リクルートワークス研究所の大久保幸夫所長によれば、企業は社員を転勤させる目的として(1)拠点間での人材の需給調整(2)人材育成(3)マンネリ防止――の3つを挙げてきた。しかし、いずれも意味を失っていたり、的外れだったりすると指摘する。
人員の需給調整についてはまず実態を直視すべきだといいう。「採用の現場では転勤が敬遠され、学生が集まりにくくなっている」。転勤があることで人を確保しにくくなれば、需給調整をする以前の問題では、というわけだ。
人材育成をめぐっては「地域をまたいで人を移すことの効果が検証されていない」。マンネリ防止は社員を同じ業務に長く配置しないことで不正の芽を摘む狙いがあるが、「それは企業統治の強化で対処すべき問題」という。
転勤の人材育成効果は中央大学大学院戦略経営研究科の調査もある。転勤経験の有無が業務遂行やマネジメントの能力に影響するか企業に聞いたところ「特に違いはない」との回答が3割近くあった。事業のグローバル化で海外経験が重視されるなかでは、国内の転勤経験については能力開発の効果が相対的に弱まっていることがありそうだ。
家族の負担が大きく人材育成効果なども高いとは言い切れないなら、転勤の制度は見直しの時期に来ているといえるのではないか。
拠点の立ち上げやテコ入れで「あの人以外にいない」という場合や、戦略的に海外法人の人員を増やすといったケースを除き、転勤は原則として本人の同意を前提とすることがひとつの手だ。海外企業は一般に本人同意を取り付けて社員を転勤させている。
欠員が出ると赴任者を社内公募する例もみられる。企業は人員のやり繰りが難しくなるが、転勤には家族を介護する社員が打診を受けて退職するといった例が増えるリスクもある。構造的な人手不足時代に入ったことを考えれば、本人の望まない転勤はなるべくしなくて済むようにする工夫が求められるだろう。
企業にとって、転勤制度を見直すメリットがないわけではない。これまで日本企業は社員に「いつでも」「どこでも」を受け入れてもらう代わりに、不況でも大幅な賃下げは避けるなど雇用や処遇の安定に配慮してきた。残業の見直しと併せ、そうした「持ちつ持たれつ」の構造が本格的に崩れていけば、成果・実力主義を徹底しやすくなる。
社員を柔軟に転勤させる権限のよりどころになってきたのは、1986年の東亜ペイント訴訟の最高裁判決だ。単身赴任になる会社の転勤命令について、家庭生活への影響は「通常甘受すべき程度のもの」とみなし、権利乱用には当たらないとした。
しかし、企業を取り巻く環境も働き手の意識も当時から変化している。これまでの枠組みにとらわれないことが経営者に求められる。