総合65歳超の雇用手探り 法的義務なくても人手不足で拡大 賃金や保険負担など課題
産業界で人手不足が深刻になるなか、法的な雇用義務がない65歳超の高齢者を本格的に活用する動きが広がりつつある。健康寿命が延び、長く働きたい高齢者は多い。厚生労働省は雇用義務年齢の引き上げを視野に、企業に人事制度の改定を促す。一方で再雇用後の賃金水準など課題も多い。

「モスバーガー」では60歳以上が従業員の半数を占める店舗もある

(伊藤正倫)
「年金と給料で生活にゆとりができる。体力が続く限り働きたい」
72歳の長井倖子さんは週3日、東京都新宿区にある「モスバーガー」の店舗でパート従業員として働く。従業員8人のうち半数は60歳以上だ。
この店舗の営業は午前10時~午後6時。「大学生を採用しづらい時間帯で経験豊富な高齢者は欠かせない」(運営するモスフードサービス)。同社はパートの雇用に年齢上限を設けていない。
働く高齢者は増えている。生産年齢人口(15~64歳)が減る一方、65歳以上の雇用者数(役員除く)は昨年で約400万人。ここ数年は年40万人ペースで増えてきた。
つなぎ留め躍起
背景には人材不足がある。自動車部品製造のヨロズは今春、60歳の定年後に再雇用する上限を65歳から70歳に引き上げた。海外生産を加速した結果、「技術者だけでなく総務など間接部門の人材も足りなくなった」(春田力常務執行役員)。
2013年施行の改正高年齢者雇用安定法は、企業に(1)定年の65歳への引き上げ(2)定年制の廃止(3)希望者全員を65歳まで継続雇用(再雇用、25年までは経過措置あり)のいずれかを義務づけた。
厚労省によると8割が再雇用を選択している。定年は60歳を維持し再雇用後は嘱託社員などで処遇。役職や転勤をなくす代わりに給料は定年前から大きく減る仕組みが大半だ。ヨロズのように法定の65歳を超えて希望者を再雇用する企業は全体の5%にとどまる。人件費の増加や組織の新陳代謝の遅れなどを懸念する大企業が多いようだ。
だが、少子高齢化で年金の支給開始時期は65歳からさらに引き上げられそうだ。そうなれば企業の雇用義務も将来的に延長される可能性がある。
政府は3月に公表した働き方改革実行計画で、20年度までを継続雇用延長や定年引き上げの「集中取組期間」と明記。厚労省は今年度、定年を65歳超にするなどした企業に1社あたり最大145万円を助成する。同省高齢者雇用対策課は「まずは企業の自主的な取り組みを促し、法改正論議につながれば」と明かす。
同一賃金見極め
年間2000社前後への助成を見込み、中小企業の申請が増えているという。ただ「額が小さく、大企業を動かす施策は今後の課題」(同課)。
慎重な企業が多いのは「同一労働同一賃金の議論が高齢者雇用にどう波及するか見極めたいところが多い」(倉重公太朗弁護士)ためだ。定年後の再雇用でも仕事内容が変わらない例は多い。政府の同一労働同一賃金ガイドライン案は職務内容などにより賃金差は許容されるとしているが、どの程度の賃金差ならよいのかはっきりしない。
再雇用後の賃金を巡り訴訟に発展するケースもある。横浜市の運送会社に有期契約で再雇用された運転手が正社員との賃金格差の是正を求めた訴訟で昨年、東京地裁が「格差は不合理」と原告の訴えを認めた。二審判決は一転して請求を棄却したものの原告側が上告し、最高裁で係争中だ。
健康保険の負担増も課題の一つだ。大手企業の人事責任者は「高齢の加入者が増えれば医療費が膨らみ、健保財政を圧迫しかねない」と話す。
一部企業は環境整備に動き出した。イトーヨーカ堂の田中弘樹執行役員は「再雇用後も職責をしっかり反映させる賃金制度を検討している」と明かす。首都圏のスーパー、サミットは毎月、産業医に全店舗を回ってもらい、高齢者の健康をチェックする。清水則久執行役員は「作業場の段差をなくすなどけが防止にも注意している」と話す。
こうした取り組みは若手の採用に好影響を及ぼす側面もある。従業員が無期限に働ける制度を4月に設けたファンケルでは、若手ほど年齢に関係なく働き続けたい声が多いという。「人事制度の魅力を高め、研究職などの採用を有利にしたい」(永坂順二執行役員)。
三菱総合研究所の奥村隆一主任研究員は「減給などでやる気を失った再雇用者が増えれば生産性の低下を招きかねない」と話し、制度面の工夫を求めている。