総合企業の利益率が下がった時代は 人事制度に手を入れる必要が出てくる
日本企業の生産性が低いと言われて久しい。その背景としては、主に終身雇用や年功序列といった日本独特の人事の仕組み、また株主からのプレッシャーが低いことにあると言えるだろう。
高度経済成長時代は、利益率を高めることよりも売上高を伸ばすことが重視されていたため、日本独自の人事制度がうまく回っていた。また、利益率が低くても、株主がプレッシャーをかけることもあまりない。株式持ち合いという、これも日本特有の仕組みがその一因ともなっていた。
しかし今、日本企業の利益率や生産性の低さが問題視されつつあるのだ。それはとりもなおさず、企業の変革、特に人事変革に取り組まなければならないことを意味する。そのため、AI、アナリティクスやソーシャルなどの最新技術を人事業務変革に活用しようという動きが「HRテクノロジー」として今注目され始めた。
求められる日本企業の変革
これまで生産性の低さが黙認されてきたにも関わらず、最近になって日本政府が「働き方改革」を推進するなど、生産性向上が声高に叫ばれるようになってきている。今、生産性の向上は日本経済にとって極めて重要であるためだ。
その理由は、2008年のリーマンショックにまでさかのぼる。当時、日本の主要産業は製造業だったのだが、リーマンショックによる円高の影響で製造業が大打撃を受けた。これを機に、日本のGDPに占める製造業の比率が下がり、今ではGDPの75%がサービス産業で占められるようになっている。また、GDPの約20%を占める製造業においても、製造業をサービス化することで付加価値を高めることが必要となってきており、そういった意味では、日本のあらゆる産業がサービス業化していると言える。
サービス業では、人件費が直接コストとして大きくのしかかる。つまり、人材の生産性を高めることが非常に重要なのだ。また、日本では「サービス=無料(もしくは安価)」というビジネスカルチャーが浸透していることも、サービス業全体としての生産性が低い要因となっている。
日本政府は2020年までにGDPを600兆円にすることを目標としているが、その目標を達成するためにもサービス業の生産性を高めることが必須となっている。製造業が低迷する中、安倍総理もサービス業の生産性向上を経済成長の切り札のひとつと位置づけている。
人材の生産性向上と同時に、サービスが安価であるべきとの概念も見直すべきだ。つまり、「良いものをより安く」という日本人には聞き心地のいい言葉はお金は等価交換の手段であるという原則に則ると間違った概念であり、ヤマト運輸が値上げを発表したことは記憶に新しいが、優れたサービスには高い対価を支払うべきなのだ。
日本ではあまり高給取りのイメージがないツアーコンダクターも、ヨーロッパだと日本では考えられないような高収入を得る人がいる。ツアーコンダクターの資格がなければ入場できない美術館などが存在するためで、観光客は高額な費用を支払ってでもツアーコンダクターのサービスを受けようとするのである。
ただ、ユーザーがサービスの正当な価値を把握しにくいことも事実。そのため、国際標準化機構(ISO)と連携し、サービスの価値の標準化を進める動きもある。こうした動きの具体化が進めば、安価なサービスから脱却できる可能性はあるだろう。
一方の人材面では、1人あたりの生産性を把握できるよう、テクノロジーを駆使するなどしてデータを見える化することが必要だ。そもそも日本では、自社の生産性を正確に把握できている企業が少ない。こうした中、企業の人事部門はこれまでのように事務的に人材を管理するだけでなく、さまざまなデータを活用して従業員の生産性を把握し、企業の利益にどう貢献しているかを把握できるような新たな仕組みが求められている。
生産性の3つの指標
ここで、生産性には3つの指標があることを念頭に置いてもらいたい。その3つとは、1 個人、2 組織や部署、そして3 企業全体だ。この3つのどこかひとつに重きを置くのではなく、全体のバランスを最適化する必要がある。というのも、個人の生産性が上がっても、それが必ずしも企業全体の生産性向上に結びつかないこともあるためだ。人事制度の仕組みにもよるが、個人が自分1人のパフォーマンスを発揮することのみに注力し、情報共有しないといったこともあり得るのだ。
この生産性の3つの指標をうまく両立させるには、報酬制度を再考する必要も出てくるだろう。例えば、パフォーマンスを発揮した人材に対し、世界のトップパフォーマーのみを集めた海外研修に参加する資格を与えるなど、金銭面以外で報酬を提供することもひとつの手だ。
また、これらの指標のバランスは、事業フェーズによっても変化する。ビジネスの成長時期には、部門ごとに担当分野を大きく成長させることに注力し、ビジネスが成熟すれば横断的な仕組みを取り入れるといった具合だ。つまり、経営の方向と事業フェーズでバランスをうまく考えなくてはならない。
こうした仕組みを検討する際も、必要となるのはデータだ。データがあればさまざまなシミュレーションも可能となる。しかし残念ながら、日本企業で自社のデータを収集し活用している企業はほとんど存在しない。
変化する人事部門の役割
生産性の向上を目指す中、海外では企業の人事部門の役割に大きな変化が起こっている。経営における人事の重要性が高まっているのだ。人事部門は従業員を「タレント」と位置づけ、各タレントが持つスキルセットを把握することが求められるほか、働き方の変化に柔軟に対応できることも必要となる。また、デジタル面においてリーダーシップを発揮し、エンゲージメントを高める企業文化を構築する役割まで担うようになっている。つまり、人事と経営が連携しているのである。
そこで重要となるのがテクノロジーだ。2017年4月に米国大手IT企業がボストンで開催した最新のHRテクノロジーを紹介するイベント「Oracle HCM World」でも、企業の人事部門によるテクノロジーを活用した成功事例、課題や人事部門に求められる変革などが活発に議論された。人事部門は自ら「デジタルHR」となってタレントデータと財務・会計データを連携させる。こうして経営目線でデジタルを活用し、業績に貢献することが求められている。
海外ではこのような人事領域のトランスフォメーションが進み、変革に向けた5年プロジェクトの3~4年目に入っている企業が多い。タレントデータと財務データの連携も進み、データ、分析、予測の自動化も進展しつつある。人事部門にデータ分析アナリストを配置し、デジタルトランスフォメーションを実現できる体制を構築している企業も少なくない。すでにデジタルHRが実現しているのである。
人事部門が集めるデータは、社員のパフォーマンスや報酬はもちろん、満足度、転職率など幅広い。未だ試行錯誤の企業が多いものの、こうしたデータから何らかの傾向を導き出すべく取り組んでいるのだ。データに傾向が見られれば、人材の新規採用に活用することもできる。
また、人事データと財務データを連携させることで、企業全体のコストや部門ごとのコストが見える化される。ある従業員が部署を異動すれば、部署のコストも変化する。異動した従業員が、多くの経費を使うことを許されているポストであればなおさらだ。財務諸表からは見えにくいこうしたコストまで把握できている経営者は、実はあまりいないのである。
さらに今後は、数値データやテキストデータといった静的データのみならず、動画や画像、センサーなどの動的データも活用されるようになるだろう。従業員同士のコミュニケーションといった行動データから、パフォーマンスへの影響を測定したり、小売店舗で顧客の導線を把握して効率的な接客に活かしたりといったことも、すでに行われている。
テクノロジーは急速な進化を遂げており、企業もより体系的な経営や人事ができるようになってきた。テクノロジーを駆使することで、特に日本企業によく見られる「勘と経験による経営」からの脱却が期待できるのだ。「勘と経験による経営」が悪いと言っているのではない。ただ、日本企業はよりデータを活用した経営の比重を高めてもいいのではないだろうか。
海外でも試行錯誤中
とはいえ、テクノロジーを最大限に活用しているように見える海外でも未だ試行錯誤は続いている。どのデータを集め、それがどう活用できるのかを検討し、分析して入手したアウトプットを見ながら日々改善を続け、3年をかけてようやくデータ活用ができるようになってきたという企業も存在する。つまり、データを集めたからといってすぐに活用できるわけではないのだ。
しかし、日本ではそのデータ収集さえできていない企業が多い。まずはデータを収集し、自社の生産性やコストを把握、データから経営を考える習慣をつけてみてはどうだろうか。データがなければ解は見えてこない。データを長年収集していた海外の企業でさえ、成果が出るまで時間がかかっているのだ。まだデータを収集していない企業は、今すぐにでもデータ収集から着手してもらいたい。