「いい縁故採用」と「悪い縁故採用」はどこが違うか

総合「いい縁故採用」と「悪い縁故採用」はどこが違うか

少し前のことになるが、NHKの朝ドラマ「べっぴんさん」を見ていたら、こんなシーンがあった。

創業者の娘と創業者仲間の息子が、親の会社の入社試験を受けようとする。「小さな会社だし、入社することになったら他の社員からは絶対に縁故採用だと思われる…」と嫌がる親たち。しかし、人事部長が「優秀な二人だから、試験を受けさせよう」と説得して、彼らは入社試験を受けることになる。

その試験は名前を隠して受けられるタイプのものだったのだが(イラストやデザインセンスを見る試験だった)、二人は見事合格。希望通り、親の会社に入社が決まった。

「なんだ、ずいぶんご都合主義な展開だな」と思われるかもしれないが、二人は美術大学と東京大学を卒業してアメリカ留学までしているキラキラキャリアの持ち主である。ある程度優秀なのは確かだし、創業者の娘や息子でなくてもきっと採用されただろう。

縁故採用と聞くと、眉をひそめる人もいると思う。しかし、私は世の中には「いい(許容できる)縁故採用」と「悪い縁故採用」があると思う。

縁故採用3類型
採っていい縁故・ダメな縁故を見極めよ

ある程度の規模の会社であれば、「秘書室採用」と呼ばれる採用がある。いわゆる「縁故採用」だ。人事部とは別のルートで、特別な採用枠があるのだ。これには大きく分けて3つの種類がある。

(1)有力者の娘・息子

代表的なのは、政治家や財界の偉い人、著名な大学教授などの「有力者」のご子息やご令嬢。

私もこの手の社員と何度か一緒に仕事をしたことがあるが、彼らはスマートで、留学経験もあったりし、非常に賢い人が多い。子どもの頃から「エリート教育」を受けているから、マナーも教養もある。そして、顔見知りの有力者のもとへ、「おじさん、久しぶり!」とスムーズに会いに行ける「人脈」もある。政治家や企業経営者たちは、訪ねてきた顔見知りの若者を大歓迎する。両親とは懇意の仲であり子どもの頃から知っている、かわいくて優秀な息子・娘たちが仕事で頼ってきたら、「よし、面倒を見てやろう」と思うのが人情だ。

そうでなくても彼らは優秀だから、仕事でもそれなりに順調に結果を出していく。そもそも、コネなどなくても入社できるのに、親が勝手に心配して口出しした結果「縁故採用」されたことになっているケースが多い。もちろん例外もあるが、巷でイメージされるような「横暴の限りを尽くすドラ息子」はレアケースで、人間的にも「できた人」が多いというのが私の印象だ。

(2)取引先の娘・息子

二つ目は(1)と一部重なるが、採用の目的が「ビジネスを円滑に進めるため」「その会社と繋がっていることにメリットがある」主要な取引先の有力者の娘・息子だ。商社が取引先の娘・息子を入社させるケースやテレビ局が有名タレントの娘・息子を採用するのもこれにあたる。

双日の加瀬社長(当時)は、このタイプの「縁故採用」をたくさん見たと著作『それでも社長になりました!日経ビジネス人文庫』に書いている。ひどい場合は「娘・息子を採用してくれたら、これだけの商売をつける」という「持参金付き採用」もあったそうだ。

ちなみに加瀬社長は、自分が人事部の課長になったときに、縁故採用を全面禁止にしたという。一般公募の学生と比べ、縁故採用の学生のレベルが低かったからだ。それに対し、当時の社長から「何様のつもりだ」と文句を言われたりしたが、それでも方針を貫いたのだからすごい。

さて、このタイプの縁故採用はちょっと厄介だ。なぜなら、取引先との関係は変化するものだからである。その取引先に勢いがあるうちはいいが、そうでなくなった途端、縁故採用された本人に実力がないと、彼らは不良債権化してしまう。一度採用するとよほどの問題でもない限り辞めてもらうこともできないから、「成果も出してくれないし、親の会社との関係もないから、さようなら」というわけにはいかない。

(3)社内の偉い人の娘・息子

オーナーの娘・息子であり「将来社長になる人」が親の会社に入社するのは仕方がない。彼らが実力に反して異例の大出世を遂げたとしても、納得できる。だってオーナーの子どもだから「しかたがない」のだ。そのため、ここで言う「偉い人」とは、オーナー社長以外の会社の重役たちのことだ。

彼らは、今現在は「社内で偉い」かもしれないが、所詮「雇われの身」である。娘・息子に自分の地位を譲れるわけではない。それなのに、彼らの娘や息子が入社してくると、一般社員は縁故採用者の扱いに頭を悩ませることになる。どこまで気を遣えばいいかわからないからだ。

データを駆使したID野球を標榜していた名監督の野村克也氏も、(いささか実力不足の)自分の息子を親会社のオーナーに頼んでヤクルトに入れて以降、常勝チームはBクラスに転落。阪神に移ってもまた息子をチームに入れて、「名監督のやることか?」と信用を落とし3年連続最下位になってしまった。チームメイトはさぞ扱いに困っただろうと思うが、息子本人も居たたまれなかったに違いない。

統計をもとにした仮説と検証を活用し、世界に冠たるセブン-イレブンを作り上げた鈴木敏文セブン&アイホールディングス元会長もまた子息をグループに入れ、他の社員から見て異例の出世をさせた。そして、そのことが一つの理由となって、突然の退任につながった。

野村監督も鈴木会長も大きな実績を持つ功労者ではあっても、やはりオーナーとは違う“使用人”なのだ。それなのに息子が破格の扱いを受けるのでは、周りは諦めきれない。しかも、お二人とも、仕事の上は“情”ではなく、“理(ロジック)”を声高に強調する人であっただけに、こと“子息”のことになると、「言っていることとやっていることが違う」と余計な不満が生まれてくるのも当然だ。

結局のところ、最終的には(採用される)本人次第ではあるのだが、(3)の縁故採用はオーナー社長の子ども以外は(それもないほうがいいが)、たとえ優秀でもやめたほうがいい。結果として、おかしな気遣いから社内の士気を落としかねない。

(2)も、本人によほど実力がないならやめたほうが無難だ。取引先との関係性は変わりやすく、長い目でみれば、むしろ積極的にその会社との関係を絶つ方向で動く可能性が高いからだ

唯一、私がありえると言えるのは(1)だけだ。それも、もちろん本人に可能性があればの話だが。人的ネットワークも含め優秀な人材を採用できるなら、縁故でもあってもかまわないであろう。

しかしながら、採用してからは、本来はオーナーの子どもであっても、以下の原則を守ったほうがいい。ドラッカーの『経営者の条件』から引用しておく。

〈同族企業が繁栄するには、同族のうち明らかに同族外の者よりも仕事ぶりの勝る者のみを昇進させなければならない。デュポンでは、同族色の強かった初期の頃は、監査役と法務部長以外のトップマネジメントは全員同族だった。しかしその地位に上ることのできたのは、非同族による委員会において能力と仕事を認められた者だけだった。〉

社員の納得性はとても重要なことなのである。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山進、構成/ライター 大高志帆)