AI[実験結果] AI導入で「働き方」は、より人間らしくなる
AIを中心としたテクノロジーが雇用を奪うというニュースを目にした人は多いと思う。だが、実際に、どのようなメカニズムでAIが雇用を奪うのかについて理解している人は少ない。この問題を検証するため、筆者は、約200名の人事関係者が出席しているイベントで参加者に対して挙手制の質問をする実験を試みた。
最初の質問は、AIが雇用を奪うというニュースを見たことがあるかという質問である。挙手をした人は、ほぼ100%であった。次により具体的に、オックスフォード大学のMichael A. Osborne氏が調査した内容についてニュースを見たことがあるかという質問をしてみた。さすがに人事関係者ということもあり、半数近くの人が挙手をした。
次いで、実際に、同調査についてのレポートを読んだことがある人を聞いてみると、突然、挙手は1割以下になった。最後に同レポートのなかにあるGaussian Process Classifierについて理解している人という質問をしたが、ついに挙手をしている人はゼロになってしまった。
上記の実験は厳密なものではなく、あくまで日頃、私たちがAIが雇用を奪うという問題に対して、いかにステレオタイプに考えているかということのアウトラインをつかむための実験だ。テクノロジーと雇用の問題に対して、筆者が所属するリクルートのAI研究所、Recruit Institute of Technologyのアドバイザーであり、米カーネギーメロン大学教授のTom M. Mitchell氏は、以下のように指摘している。
Tom M.Mitchell
黎明期から機械学習の基礎・応用に幅広く取り組んできた代表的な研究者。機械学習の代表的な教科書である “Machine Learning”の著者であり、世界で初めて機械学習の学部を設立。これまで数多くのスタートアップを主導し、自身がファウンダーとして設立したスターアップの一部を米国大手求人サイトのMonster.comに売却した経験を持つ。全米技術アカデミー会員、AAASフェロー、AAAIフェロー兼元理事
「科学技術が労働者に与える影響を理解、観察、追跡するための新たな仕組みを導入すべきである。本来、政府の指導者は雇用の推移や富の分配、教育の必要性といった問題に対処すべく重要な政策を打ち立てるべきだが、驚くべきことに問題解決に必要とされる基本的かつ具体的情報がほとんど収集されていない。
たとえば、米国では以下の基本的な質問に答えるための情報すら入手することができない。どのテクノロジーが今現在最も人間に取って代わっているのか。どのテクノロジーが最も多くの新しい職を生み出しているのか。どの経済セクターでテクノロジーの導入が雇用を増やし、あるいは減らしているのか。指導者が分野に精通した政策決定を行うためには、これらの質問に対する解答が不可欠である。
よって、私は政府がこれらの問題に限らず関連質問への答えを徹底的に調査し、その情報を開示することを強く勧める。幸運なことに、オンライン・データの利用可能度は向上しており、政府は新たなデータ収集手段を生み出したり必要な情報を既に手にしている企業と提携することで、 これらの問題に対して明確な解答を得ることができるだろう」
以上のTom M. Mitchell氏の意見には、ステレオタイプな議論に終始するのではなく、具体的な事例から詳細のデータを確認していくアプローチの重要性であろう。そこで次に、実際にAIが導入された現場でどのような変化が起きているのか、事例から確認していきたい。
AIが導入された現場で何が起きているのか

データサイエンティストは、2011年5月に米マッキンゼーが公表した“Big data: The next frontier forinnovation, competition, and productivity”によると、米国では2018年までに、高度なアナリティクス・スキルを持つ人材が14万~19万人、大規模なデータセットのアナリティクスを活用し意思決定のできるマネジャーやアナリストが150万人不足すると算出されている職種である。このため、AIの導入によって生産性が高められることを期待されている分野といえるであろう。
この分野の研究開発を行っている企業のひとつに前回紹介した 米国ボストンに拠点を構えるDataRobot社がある。同社はデータサイエンスの一部の業務をAIで代替するソフトウェア「DataRobot」の提供を行っている。DataRobotを活用すると、従来、データサイエンティストが行ってきた業務が、表計算ソフトのExcelを使うのと同じくらい簡単になる。具体的には、ExcelのデータをDataRobotにドラッグ&ドロップし、予測したい項目を選んだ後、予測ボタンを押すだけで予測アルゴリズムを作成することができる。すなわち、データサイエンティストでない人でも、データサイエンティストの業務をこなせるようになる。
筆者も所属するリクルートホールディングス社では、2015年の11月にDataRobot社へ出資を行い、その後、同ツールをリクルートグループ全社へ導入する実験を行った。実験は、13グループ会社の80組織で行われ、その結果、合計5,000個以上の予測モデルが作成された。
作成された予測モデルのうちの多くは、データサイエンティストではない職種に従事する従業員が通常の業務の合間に作成したものである。予測モデルの開発を外部の企業に委託した場合、1個のモデルを作成するのにかかる平均の見積もりは約300万円程度といわれており、上記の5,000個のモデルの価値を単純に150億円程度と試算すると、DataRobotにかかるソフトウェアのコストのみで実現できた点は非常に高い生産性ととらえることができるであろう。
また、データサイエンティストであった従業員も同ツールを活用することで働き方に大きな変化が生じた。従来、データのクリーニングや予測モデルの選定、パラメーターチューニングに必要としていた時間が80%であったのに対し、新しい問題を解くための問題の定式化に割ける時間は20%しかなかった。この時間の構成比が、DataRobotを活用することで、前者に20%、後者に80%の時間をかけられるように逆転し、かつ、実際に一定の時間内に作成できる予測モデルの数は5倍程度に上昇した。
結果、新しい問題を吸い上げるためにさまざまな事業部の人間と議論する時間が増加する結果となった。従来、パソコンの前に座ってばかりだったデータサイエンティストが、社会やビジネスの現場における問題を吸い上げるためにコミュニケーションするという、より人間らしい働き方に変化したのだ。
以上により、データサイエンティストの現場におけるDataRobotの導入は、(1)データサイエンティストの供給不足である労働市場のギャップ解消、(2)非データサイエンティストでもデータサイエンティストになれるという雇用機会の向上、(3)非データサイエン ティストとデータサイエンティストの両者にとっての生産性の向上、(4)データサイエンティストにとっての新しい価値を創造するクリエイティブな時間の増加、(5)データサイエンティストのコミュニケーション総量の増加という、5つのポジティブな要因が、AIによってもたらされる結果となった。
AIが「働く」を変革する
2016年11月、リクルートワークス研究所は、 ”Work Model 2030 – テクノロジーが日本の「働く」を変革する” と題した報告書を発表した。人工知能の進化によってどのような新しい働き方やキャリアが生まれるのか、その課題は何か。興味のある方は、ぜひ、ご一読いただきたい。