総合このままでは日本が危ない! 「STEM人材育成」が必要な理由
「STEM教育」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。STEMとは、「Science」(科学)、「Technology」(技術)、「Engineering 」(工学)、「Mathematics」(数学)の頭文字を取った造語で、これらを統合的に学ぶ機会を子どもたちに提供することで、次世代を担う人材に育てようという教育方針です。
STEM教育の発祥の地であるアメリカでは、理工系の知識に長けたSTEM人材を育成することは、重要な国家戦略のひとつに位置付けられています。
すでにアメリカでは、STEM教育予算に年間約30億ドルを投入し、2020 年までに初等中等教育の優れたSTEM分野の教師を10万人養成。2012年からの10年間でSTEM分野の大学卒業生を100万人増加させるなど、具体的な数値目標を掲げて取り組んでいます。このことからも本気度が伝わってきます。
むろん、STEM教育に熱心なのは、アメリカだけではありません。ヨーロッパの先進国やインドやシンガポールなど「技術立国」を目指すアジアの新興諸国では、幼少期から基礎的な電子工学やプログラミング技術に親しむ機会を作り、国を挙げてSTEM人材の育成に向けた取り組みを着々と進めています。
こうした国々が、STEM人材の育成に注力しているのは、今後、多くの職業が、情報技術や電子工学、機械工学と密接に関わるようになり、現時点においても、危機的な人材不足がはじまっているためです。
現在、ニューヨーク市立大学で教授を務めるキャシー・デビッドソン氏は、デューク大学で教鞭を執っていた当時「2011年に小学校に入学する子どもたちの65%が、現在存在しない職業に就く」という予測を米紙のインタビューで語り、話題になったことがありました。
また、2016年11月にアクセンチュアが発表した調査結果では、人工知能(AI)が仕事の在り方を変え、2035年には年間経済成長率が倍増する可能性があるとしています。AIによって仕事が効率化され、新たなものを創造するなど、より生産性の高い業務にシフトできると予測しているのですが、この調査から、産業構造の変化とそれに対応した人材育成の必然性を読み取ることができます。
STEM教育は、こうした、短期間で急激に形を変える産業構造に対応していくための、21世紀における「読み書きそろばん」なのです。
もちろん対応を急ぐ声は、日本の行政からも聞こえてきます。
経済産業省は2016年4月、人工知能やロボット技術の革新が進む中、何ら対策を取らなければ、2030年度には、2015年を基準とした労働力人口の1割を超える、735万人もの雇用が減ると試算し、STEM人材の必要を訴えています(経済産業省「新産業構造ビジョン」~第4次産業革命をリードする日本の戦略~産業構造審議会 中間整理)。
また、文部科学省も、2016年6月に、2020年度からの新学習指導要領にプログラミング教育を取り入れる方向で検討を開始したと発表(文部科学省「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について」)しましたが、各国の対応の素早さや投入する予算規模と比べてみると、今後、日本においても、さらに素早い取り組みが求められる分野であると感じています。
このままでは、日本は他の先進国や新興国との競争に敗れ「世界の下請け」の地位に甘んじなければならない事態を招いてしまうのではないか。そんな危惧さえ抱いてしまいます。
民間の立場から
STEM人材の育成に取り組む
STEM人材の育成は、われわれ民間企業にとって非常に重要な課題です。とくに人材が唯一の競争優位の源泉であるコンサルティング業界では、STEM人材の欠乏はビジネスの持続可能性を脅かす大きな課題といえます。
私が在籍しているアクセンチュアでは、こうした課題意識を全世界で共有し、国内でも「イノベーション創出型のSTEM人材の育成」を社会貢献活動テーマのひとつに掲げて取り組みはじめています。その一端をご紹介しましょう。
アクセンチュアは全世界で「2020会計年度末までに世界中で300万人に就業や起業に関わるスキル構築の機会を提供すること」を掲げ、社会貢献活動を展開。日本では5つのテーマで活動を推進しているこれまで、アクセンチュアでは、横浜市立飯島小学校、大熊町立熊町小学校で実施したロボティクス授業や、会津大学、慶應義塾大学でのデータサイエンティスト講座の提供、高校生、高専生、大・大学院生を対象とした「データビジネス創造コンテスト」の開催支援など、幅広い層に対して、STEM人材の育成プログラムを提供してきました。
しかし、われわれにとって、STEM人材の輩出は通過点のひとつに過ぎないと考えています。STEM教育は、あくまでも、これからの時代を生き抜くためのツールであり、最終的なゴールは、ビジネスや地域社会、政治や教育の世界に変革とイノベーションを起こす人材を育てることにあると考えているからです。
大きな課題に立ち向かうためには、個人が高度な知識を持つ必要があります。しかし、ひとりでカバーできる領域は限られています。苦労して身に付けたスキルであっても、自主性や実行力、コミュニケーション力が伴わなければ、課題解決には到達できません。
この考えは、アップルが毎年公開しているサプライヤーリストを見るとよくご理解頂けると思います。このリストではアップルのtop200のサプライヤーが公開されるのですが、そのうち数十を日本企業が占めています。このことから日本は、世界各国から調達するアップルのサービスに必要不可欠な独自性かつ、競争優位性の高い要素技術を持っていることが分かります。
しかしサービスの観点で見てみると、日本国内にアップルほど強力にサービスを先導できる企業がどれほどあるでしょうか。 日本企業は独自の高い技術力を持っているにもかかわらず、製品を優れたサービスや体験へと昇華させる部分で競り負けており、それによってビジネスの一番おいしい部分が海外に流れてしまっていると私は考えています。
このような状況を打破し、技術に加えてサービスでも日本企業が世界を先導できたときに、再び日本は競争力を取り戻すのではないでしょうか。
そのためには、日本独自の技術力は強みとして活かしながらも、サービスの領域で勝てる企業・人材が必要不可欠です。
具体的には、技術開発を目的化することなく顧客ニーズや社会問題などの課題ベースで事業を進められること、そして1つの専門事業内でタコツボ化することなく、水平横断的に物事をつなげられる人材が求められています。これらの源泉となる力こそが、自主性や実行力といった課題解決力、そしてコミュニケーション力だと考えています。
そのため、先に挙げたすべての取り組みは、課題解決力やコミュニケーション力を養えるよう、どれも実践的かつチームワークを重んじるプログラムになるよう設計されています。
われわれの目指すSTEM教育とは、理工系領域に閉じるのではなく、知識や専門性によって広く社会とつながり、労働市場で高い価値を創出して社会をよりよい方向に変えうる人材を育てることにあるのです。
活動の幅を拡げるため
学生NPOの設立を支援
これまでは、われわれの社内に蓄積された技術や知見を学生や社会人の皆さんに対して直接提供してきました。しかし、より多くの学生にSTEM教育に触れてもらうためには、組織を整え、提供できるプログラムの種類も増やさなければなりません。そのためには、新たな取り組みが必要です。
そこでわれわれは、STEM教育に関心を持つ若者たちの組織化を支援することによって、この課題を克服することにしました。特定非営利活動法人「STEM Leaders」がその受け皿となる組織です。
2016年9月に発足した「STEM Leaders」は、現在、慶應義塾大学と同大学院、千葉大学、津田塾大学、早稲田大学の学生が中心となり、データサイエンスに関する勉強会やコンテストの開催、大学で行われる講義のサポートといった活動に取り組みはじめました。
まだまだ小さな組織ではありますが、ゆくゆくは他のサークルやNPOとの連携やEラーニングなどの提供へと、活動領域を拡げることも想定し、現在、アクセンチュアが持っている、人材育成や講座企画、コンテンツ制作など、ノウハウの移転を進めているところです。
今後われわれは、社会と彼らをつなぐ接点として、必要とされる人材像やスキル要件を彼らと共有し、新しいプログラムの開発を進めながら、STEM教育の可能性を拡げていきたいと考えています。
いつか「STEM Leaders」のメンバーや、彼らとともに学んだ学生の中から、社会に大きなインパクトを与える人材が生まれてくることを願い、私も息の長い支援を続けていくつもりです。
今回は学生を中心としたSTEM教育の具体例をご紹介しました。次回は、地方自治体と地域住民を巻き込む『チャレンジ!!オープンガバナンス 2016』についてご紹介したいと思っています。