総合ビッグデータ×HRによる「攻めの人材戦略」、立ちはだかる「システムサイロ化の壁」
本連載では、X-Techの領域でイノベーションを起こそうとする企業の方へのインタビューをお届けする。二人目のゲストは、ワークデイ株式会社 代表取締役社長 ゼネラルマネージャ 金 翰新氏。同社の人材マネジメントSaaS「Workday」は、グローバルな人的資産管理を実現するものとして世界中の1350グループ社で採用され、人事管理分野では過去3年においても年率65%という飛躍的な高成長を遂げている。
日本では遅れがちといわれる「人事領域におけるビッグデータ活用」だが、はたして何が問題なのか、解決策は何か。世界の動向とともに日本企業の今後の在り方について、連載ナビゲーターの池見幸浩氏(株式会社grooves 代表取締役)がインタビューした内容をお届けする。
世界では既に一般化しつつある、データ活用による「攻め」の人材戦略
——日本企業では人材を経営資源とした戦略実例がまだまだ少ないと考えています。一方、グローバル企業では以前からかなり精力的に人材戦略に取り組み、デジタル化によって様々な変革を起こしていると聞きます。
そうですね。もともとの発想は「人材管理」がスタートだったと思います。日本と異なり、欧米企業の雇用はかなり流動的ですし、昇給体系も複雑ですから、それらをきめ細やかに管理するツールが必要でした。さらにグローバル化が進み、多国籍企業ともなれば、多通貨・他言語といった複雑なビジネス要件に対応する必要があり、人材管理システムも進化してきたという背景があります。
しかし、近年になって、そうした人材管理システムに取り込まれ、蓄積されてきたデータを上手く利用することで、より戦略的な人材活用が実現できるのではないかと、様々な取り組みが急速に進みつつあります。
たとえば「評価システム」と「給与システム」のデータを連携させて、その関係を分析して見ることで、より評価と密接に連動した給与システムを実現することができます。「この人は評価が高いけど、その割に給与をもらっていないから次回は少し昇給させようか」といったフレキシブルな対応が一目で判断できるわけですね。また、経歴や職種、評価、在籍年数、上司の数などから独自のアルゴリズムで計算し、離職しそうな人を見つけ出すという仕組み「Workday タレントインサイト」も注目されています。優秀な人材を育成・確保するために、不満材料を察知して取り除き、長期の就業を促すというものです。
——世界と日本とでは、かなり雇用形態も人事システムも違っていると思いますが、それでもそうした分析は有効なのでしょうか。
もちろんシステムによって異なると思いますが、ワークデイの「Workday」には多数の顧客企業から収集された膨大なデータが既に蓄積されており、世界標準のトレンドと、地域別のトレンドの双方と付き合わせて、データを分析・比較することが可能です。つまり、インプットとアウトプット、加えてそれに伴う是正を行うことで、機械学習的に傾向を判断し、日本企業独自の見方や考え方を活かせるというわけです。
たとえば、「離職しそうな人」を見つけるアルゴリズムも、もしかしたら世界と日本とでは異なるかもしれません。離職しそうな人の理由や、理由から推測した解決策も、例えば上司が変わればいいのか、部門を変えるべきなのか、異なる可能性もあります。それらを加味して、「キャリアから見た、次に委ねるべき職務」を自動的にリコメンドしてくれるわけです。また、部門長が情報を共有できれば、逆に人材をスカウトすることも可能でしょう。いわば「求人&求職システム」を社内に持つようなものです。
この活用については、当然ながら会社の人事に対する考え方などで違ってくると思いますが、海外の企業の場合は、「いかに優秀な人材を逃さず保持するか=リテンション」に注力するケースが多いようです。ただし、終身雇用がまだ多い日本企業でも少子高齢化が進み、人口流出は時間の問題です。 “釣った魚に餌をやらない”わけにもいかず、確保した人材を効果的に適材適所で配置する「エンゲージメント」を強化する必要が生じています。そこにコストや手間をかけずにいかに効果的な施策をとっていくか、企業には大きな課題といえるでしょう。

金 翰新氏(ワークデイ株式会社 代表取締役社長 ゼネラルマネージャ)
人材関連データの統合に立ちはだかる「システムサイロ化の壁」
——ご紹介いただいたような「ビッグデータの人材戦略への活用」を実現するのにあたり、課題として感じていること、障壁となっているものにはどのようなものがあるのでしょうか。
データ活用を目的とすると、システムに対する最たる不満は、「システムの分断、サイロ化」でしょう。モジュールなどがつぎはぎ、バラバラで、新たに何かを追加する場合も手間がかかり、コストが掛かる。当然ながら機能としてもシームレスに稼働させていくことが難しい。となれば、データもバラバラに分断された形で存在することになります。
もちろん、それぞれのデータを出して分析し、人の手でレポート化すれば、そのままで統合は可能となります。でも、当然時間がかかりますし、様々な角度から検討することも難しくなります。こうしたシステムの分断によるデータの分断は、人材システムに限ったことではありませんが、ことデジタル化が遅れがちな人事部分だけに、今もそうした課題が根強く残っていることが考えられます。
そこで「Workday」では、想定されるあらゆる機能を整理し、それらをすべて統合できる「テクノロジー基盤」を構築し、グランドデザインとして確立させています。その上に様々な機能を搭載し、必要に応じて活用できるようにしたわけです。この際、タレントマネジメント関連の機能からスタートしたために、日本のお客様には「タレントマネジメントのシステム」というイメージが強いのですが、実際にはコア人事、勤怠管理や福利厚生など「入社から退社まで」ありとあらゆる人事人材に関係する機能を網羅しています。つまり、「One ID/ One Database」で、あらゆるシステムとデータを一気通貫で活用できるというわけです。
これが可能になると、先に申し上げたような評価と給与の連動や、離職リスクの察知など、様々な情報分析、情報把握を簡単に行えるようになります。この「簡単さ」はとても重要なことで、情報システム部門やアナリストに委ねる必要がなく、人事の知見・ノウハウを持つ人事担当者自身が自在に分析し、検証することが可能になれば、人事戦略に置けるよりスピーディで的確な判断が可能になると考えられます。
さらに「Workday」では、導入企業のデータをグループ化して解析し、そこから得た知見を「データザサービス」として提供するサービスを開始する予定です。
——システムおよびデータ統合の課題以外に、人事システムのデジタル化において有効な要件はありますか。
スピードという観点から、「モバイルファースト」が課題としてあげられるでしょう。たとえば、先にご紹介したような「キャリアのリコメンデーション」なども、本人がモバイルなどで分析・閲覧ができれば、スムーズな情報共有ができますし、ロールモデル人材の経歴や能力、教育歴などを参照できる「オポチュニティグラフ」を見ながら“自分ごと”として考える機会も増えます。プロジェクトリーダーが打ち合わせと併行して、必要とする人材をスカウトする際にも端末などのモバイルが役に立つでしょう。人事担当者だけが情報を把握してブラックボックスで物事を決めるよりも、オープンでフラットな人材活用が可能になると思われます。
「Workday」でも、現場で使われることを想定して「モバイルファースト」を前提とし、簡便に使えることを重視して開発しています。となれば、限られた時間に限られた人が使う従来型のERPではダウンタイムは当然としても、リアルタイムで誰でも使えるようになるシステムとしては “ゼロ”であることが望ましいもの。それについても「Workday」では、実現に向けて取り組んでいます。

池見幸浩氏(株式会社grooves 代表取締役)
経営視点から人材戦略を考える強力なツールとして進化を遂げるには?
——実際に「Workday」を活用して、ビッグデータを人材戦略に活かしている企業というのは、具体的にはどのくらい、またどんな反応をされているのでしょうか。
「Workday」は、世界で1350グループ社以上のお客様に導入いただいています。事業規模は数百人から30万人までと幅広く、業種も様々ですが、グローバル・グループレベルでの活用という多国籍企業が7割以上を占め、日本では日産自動車やソニー、日立、ファストリテイリング(ユニクロ)など、錚々たる企業が顧客として名を連ねています。
顧客企業の97%が「満足している」と答えており、ここ3年ほどの成長率は年率65%。それだけでも人事領域のデジタル化に対する関心が高いことを感じていただけるでしょう。さらにこうした企業から支持を集める理由は、「Workday」の設計思想にあると考えています。これまでのERPでは不可能だったこと、上手くできなかったことにフォーカスし、お客様の要望にきめ細やかに対応してきました。その「ユーザーファースト」の姿勢は、厳しいセールスパートナー制度や、起業時に外部資本を受けてこなかった経緯、技術を目的としたM&Aの姿勢などにも現れています。
実は、前述したようなモバイルファーストも、日本独自の通勤費などの申請項目追加も、ユーザーグループの声をすくいあげて対応したものです。今後も、顧客企業の方々と「今必要なもの」「将来必要になるであろうもの」について意見を交換しながら、ブラッシュアップを続けていきます。
——特に近年では、会計・財務系システムからHRの世界へと進出するベンダーも登場してきました。そうしたデータ連携も新しいベネフィットを生み出す予感があります。
「Workday」でも、既にHRと同一のプラットフォーム上にPL/BS、プロジェクト管理といった財務系の機能も持たせています。ただしあくまでHRとファイナンスをコアにして、そのR&Dにリソースは投入し、SFAやCRMはSalesforceなどとビジネスパートナーとして連携していくイメージですね。
ただ、やはり人事担当者がこうした財務や営業などのデータを見て、その上で人材戦略を考えていける環境が、日本企業には絶対に必要だと考えています。現状をみると、一部を除く多くの企業では、人事の権限は人の採用・異動に関することに限られており、それもまた場当たり的、直感的に行われていることが少なくありません。しかし、「人事」は組織にもっと大きなインパクトを与えられる仕事であり、本来は経営にも直結する大きな判断を迫られる重責を担っていると思います。
ようやく近年になって、人事の視点から経営を見るCHRO、CPOといった役職も登場していますが、まだ日本では少数派です。そうした視点を持てるキャリアパスやロールモデルが人事部門にも普通に存在するようになれば、日本企業の活性化にも大いに貢献するに違いありません。「Workday」は企業の重大なリソースである人材戦略を支える強力なツールとして、そうした人事に関わる方々をこれからも支援し続けたいと考えています。