小学生に「人事評価」!?仰天通信簿に見る世界最先端教育

総合小学生に「人事評価」!?仰天通信簿に見る世界最先端教育

企業の人事評価と酷似!
マレーシアの小学校の通信簿

筆者の住むマレーシアの新学期は、その年の1月から始まるのが通常だが、インターナショナルスクールなどでは、独自の学校歴を採用しているため、学校によって新学期が異なることも多い。

学校からの一方的な評価を受けるのが当たり前。そんな日本の学校制度とは大きく違うのが、「国際バカロレアプログラム」。わずか小学校3年生にして、まるで企業の人事評価のような内容だ

筆者の娘の通う小学校は、8月に新学期が始まる。今年小学3年になった娘が、1学期目の成績表(通信簿)を持ってきたが、それを見て驚いた。

娘の学校が採用しているのは国際バカロレアプログラムである。これは1968年にスイスの非営利団体が打ち出したプログラムで、国際的な機関や外交官の子どもたちが、母国での大学進学に困らないよう、さまざまな国の大学制度に順応できるために開発されたものだ。それに加えて、世界の発展と平和に貢献できる人材を育成する「全人教育」を特徴としている。

小学生のプログラムの特徴は、「よき学習者」となって、生涯学習を効果的に行える人材になるための基礎を育てる点にある。「よき学習者」になるためには、まず、次の5つの能力が必要とされる。

(1) 研究能力――疑問を持ち、観察し、計画を立て、データ収集を行い、データを書きとめ、データを整理し、データを解釈し、最後に研究結果を発表できるスキル
(2) 自己マネジメント能力――身体能力、運動スキル、空間把握能力、時間管理能力、安全で健康な生活を送る能力、行動規範、十分な情報に基づく選択ができるスキル
(3) コミュニケーション能力――リスニング、スピーキング、リーディング、ライティング、文脈理解、プレゼンテーション、そして非言語コミュニケーションの能力
(4) 思考能力――知識を身に着け、総合的に理解し、応用し、分析し、統合し、評価する能力、および対話による思考能力(弁証法的思弁)と、メタ認知能力
(5) 社会性――他人と協力し、対立を克服し、他者を尊重し、責任感を持ち、集団意思決定を行え、さまざまなグループのルールを採用できるスキル

見てわかる通り、ほとんど企業での人事評価かと思うような項目が並ぶ。もちろん企業の場合はもっと細かく、かつ厳密だが、これが小学校3年次から使われている点が一番重要だろう。

そしてもうひとつ重要なのは、これらの点について「自分はどれだけ能力が身についたか」を自己評価する欄があり、それに対して先生がフィードバックを与える仕組みになっていることだ。そのためには、生徒自身がこの基準を理解する必要があり、日ごろから自分のパフォーマンスの良し悪しを意識して自己評価することが求められる。

小学校3年生に、それを完璧にさせることはもちろん不可能だ。だが、この学校では、とにかく慣れさせることで、徐々にそれをできるようにさせる方針をとっている。

自己評価をしっかりさせて
具体的行動への結びつけを促す

したがって、娘の自己評価は「わたしは、よくわからないときにしつもんするのは、とくいだとおもいます」程度の文だ。それでよいのである。先生はそれに対し「○○ちゃんが、コミュニケーションするのに自信をつけてきているのがわかります。先生はそれがとても嬉しいです」と返す。

内容ではなく、求められるコンピテンシーを理解し、それを伸ばすべく、自己評価を繰り返させ、フィードバックを与えるという、社会人になってから行われる(人事)評価のプロセスを小学校低学年のうちからやっていることに大きな意味がある。

さらに「よき学習者」になるために、今学期に学習したことについて、どんなことをしたか、次の10の項目について、セルフリポートする欄がある。今学期の娘の場合には以下のようであった。(「」内は娘のセルフリポート)

(1)探求する――「動物の住処について、質問をしました」
(2)コミュニケーションする――「足し算引き算のやり方がわかり、友達に教えました」
(3)考える――「自分が話す前と後に考えるようにしています」
(4)挑戦する――「自分からわからない単語の意味を辞書で調べました」
(5)知識を持つ――「生き物のライフサイクルについてわかりました」
(6)信念を持つ――「私は正しいことをします。皆が楽しくなることが大切です」
(7)思いやりを持つ――「家族、友達、周りの人たちを大切にします」
(8)心を開く――「マレーシアに住むことに慣れます」
(9)バランスをとる――「マレーシアの文化を尊重します」
(10)振り返りをする――「始まり、過程、結果を意識します」

これらの項目については、日本の学校教育でももちろん重視しているだろう。だが、抽象的な項目をいかに具体的な行動に結び付けるかを、セルフリポートをさせることで、生徒に理解させようとしている点が、このプログラムの特徴だ。これを繰り返すことで、子どもたちは、自分が直面する様々な状況で、どんな行動をとるべきなのかを判断できるようになるだろう。

5つの能力の自己評価を通して、自分の能力について知り、上記10項目の自己評価で、価値観と具体的行動との関係を理解するのである。

生徒のためだけではない。この方法は、能力の向上について、生徒がどのように考えているかを知るために、先生にとっても助けになる。

生徒がまちがった方向に能力を伸ばそうとしていたり、能力自体の意味を理解していない場合、生徒の自己評価文にそれは反映される。先生は、それを見てコメントし、生徒の修正を促すことができる。

そして、具体的な勉強の評価も、これらの能力を伸ばすためのものとなっている。例えば、体育の評価項目には、身体的な運動能力の高さだけではなく、「ほかの人を励まして一緒にやろうとしているか」「グループ競技では皆を励まして、リーダーシップを発揮しているか」などの項目が入る。運動だけできても、一人よがりでは、スコアは伸びない。

モンスターペアレントには
専門スタッフが対応

日本の小学校では最近、ランキングをつけないようになっている。娘の学校も、相対評価でのランキングはつけない。だが、成績の評価は数字でしっかり評価される。例えば英語では、「リスニング&スピーキング」「プレゼンテーション」「リーディング」「ライティング」の小項目があり、それぞれが1-8の8段階で評価される。

これらの項目の基準も明確化されており、先生はそれに従って点数をつける。そしてこれら小項目の合計値から、科目の総合成績が1-7の7段階評価で計算される。

これらの評価は、基本的には担任の先生が行うが、それぞれの先生は国際バカロレアプログラムの研修を修了しており、この評価のための訓練を受けている。そうでない先生は評価することを許されていない。それぞれの生徒についての担任の先生の評価を、2人の上司の先生それぞれがチェックして、承認してから渡されている。

もちろんマレーシアでも、こういった成績に難癖をつけてクレームを言う、いわゆる「モンスターペアレント」はいる。娘の学校は、それ専門に対応するスタッフがいて、直接親が先生に直談判に入ることはさせないようにしている。

まずはスタッフが親のクレーム内容を聞き、そのうえで担任にヒアリングを行い。できるだけ、冷静なやり取りをさせる。担任も父兄に、何かを直接言われることがないので、感情に流されることなく、フェアな評価をすることに専念できるのである。

筆者は、この自己評価&フィードバックという方法を、小さなうちから体験させることは、社会に出てからスキルアップするために、非常によい訓練になると思っている。

日本では、社会人になって初めて、人事についての評価を行うことが多い。中には、管理職になって初めて、人事査定をやらされて頭を抱える人もいる。評価されることも、することにも慣れていない。その中でいきなり昇進や昇給に関わる評価をしたり、されたりすることは、心理的にも負担は大きいだろう。

自己評価と他社評価を組み合わせた
「評価の学習」こそが財産に

本来ならば、社会人になるずっと前から、評価の仕方や作法を学ばなくてはならないのだ。そのための最初の訓練が、娘が行っている自己評価だと筆者は理解している。

自己評価の場合、必ずバイアスがかかる。心理学で「自己肯定バイアス」と呼ばれるもので、人は自尊心を守るために自分に甘い評価をくだしてしまうという傾向だ。

小学校低学年ともなれば、自分への評価は基本的に甘々となる。それが普通なのだ。先生は、それを受け入れたうえで、伸ばせるところは伸ばし、修正すべきところは修正するように促す。それを継続することで、より正確な自己評価と他者評価ができるように訓練していく。その過程で、上記の「自己肯定バイアス」の存在や、評価に伴う様々なバイアスも自ら生徒たちは体験し、それを考慮にいれた評価法を見出していく。

評価項目が実際の社会の人事評価で用いられるものに近いだけなく、自己評価と他者評価を組み合わせた「評価の学習」が、将来社会人として組織に所属したあとに大きな財産となるはずだ。

国際バカロレアプログラムの認知度は最近急上昇しており、カナダの有名大学でも、留学生がこのプログラム修了者か否かで、とるべき科目が異なることがある。国際バカロレア修了者は、より楽で効率的な単位取得が可能となる。また中国の一流大学の中には、留学生受け入れの際、国際バカロレア修了者を優先的に入学させることを明記している大学もある。

このことは、このプログラムがグローバルに評価されており、大学に入ってからのパフォーマンスにも影響を与えていることを証明するものだ。

実は文部科学省でも、国際バカロレアプログラムの、普及・拡大を推進している。それ自体は良いことだと筆者も同意するが、国際バカロレアの良い部分を日本の学校教育に、より積極的に取り入れてもよいのではないかと思っている。特に、自己評価を早いうちにさせ、対話の中で修正させていくことは、大切な訓練になると思っている。

このようなプログラムに子どもを通わせるチャンスのない親も、親子間で自己評価とフィードバックの繰り返しを試してみる価値はあるだろう。もちろん、組織における上司と部下の関係も同様だ。評価内容を明確にしたうえで、部下の自己評価を聞き、上司がフィードバックをし、議論する。その繰り返しが、人材を育てるのだと考えている。