総合「36協定」と「働き方改革」の議論は切り離せ 命を守ることと社会の活性化は別次元だ
電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24)が入社9カ月の昨年12月に自殺したのは、過重労働が原因だったとして労災認定され、各方面に波紋を呼んでいる。
これと重なるように、厚労省の『平成28年版過労死等防止対策白書』が発表され、「長時間労働の是正」が話題になっている。「長時間労働の是正」は「ニッポン一億総活躍プラン」の目玉である「働き方改革」の重要事項でもある。
長時間労働文化に対しては、「残業を自慢するなんてカッコ悪い」「仕事が遅いだけじゃないか」「定時退社できる人がかっこいいという文化をつくろう」という批判が叫ばれることが多い。しかしこの批判は両刃の剣だ。ともすると、長時間労働があたかも労働者個人の怠慢や能力の低さの結果であるように聞こえるからだ。自己責任論に結びつきかねない。
仕事とは、一生走り続けるマラソンのようなもの。それぞれのペースというものがある。それを無視して「もっとタイムを縮めろ」と言われても、リタイアする人を増やすばかりとなるだろう。業務効率化はすでにある程度進んでいるのにそれでも長時間労働がなくならないとするならば、根本的な問題は、労働者一人当たりの慢性的業務過多問題であるはずだ。
「業務過多問題」を「長時間労働問題」とすりかえるのが欺瞞であるということは、「「業務過多問題」を「長時間労働問題」にするな」(6月28日配信)で述べたとおりであるが、今回はさらにその先に目を向けたい。過労死を防ぐ意味での「長時間労働の是正」と、社会を活性化するための「長時間労働の是正」は、似て非なるものであるということだ。
労働者の命を守るための「長時間労働の是正」
日本の長時間労働を成り立たせているものに通称「36協定(サブロクきょうてい)」があると言われている。サブロク協定とは、労働基準法36条に由来する労使の取り決め。「会社と労働者代表が合意をして労使協定を締結した場合は、1日8時間、1週40時間の法定労働時間を超えて働かせることができる」と定められており、ほとんどの会社はこの「サブロク協定」を根拠として残業をさせている。しかも特別な事情があれば限度時間をさらに延長して働かせることができるという条項がついたいわばザル法としても有名である。
継続的に月80時間以上の残業をした場合、過労死のリスクが上昇することが知られており、労働者の命を守る意味で労働時間に上限を設けることは先進国としては当たり前だ。法律上の労働時間に事実上の上限がない状態は、例えるなら、健康を損ねる可能性の高い薬物の使用を国が黙認しているようなもの。その意味で「36協定」の見直しは喫緊の課題だ。過労死を防ぎ、労働者の健康的な生活を守るための「長時間労働の是正」である。
社会を活性化するための「長時間労働の是正」
一方で、「ニッポン一億総活躍プラン」の中に出てくる「長時間労働の是正」には、女性が活躍しやすい社会にして総労働力を増やそうという狙いがある。体力勝負にならない働き方を実現する、子育てしながらでも働ける労働環境を整える、男性も早く帰宅して家事や育児をすることで女性への負担が減らせるなどの効果が理論上は期待できる。しかしこの場合、1日何時間までの労働時間にすれば効果が表れるのかはっきりしない。
たとえば月80時間以上の残業を禁じた場合、過労死を防ぐ効果はあっても女性の活躍という意味での効果はごく限定的だろう。単純な話だ。日本の正社員の1日の平均労働時間は約8時間40分だと言われている。計算が面倒なので、ここでは約9時間とする。残業時間の上限が月80時間に規制されたところで、1日約4時間の残業はOKということだ。9時から17時が定時の仕事であっても、退社時間は21時ということ。1日9時間だった労働時間が短くなるわけではない。そこから育児なんて間に合わない。皿洗いや風呂掃除くらいは可能だが、できることは限られる。
つまり、同じ「長時間労働の是正」であっても、労働者の命を守るための最低限の基準を定めることと、社会を活性化するためにあえて労働時間を抑制することとでは次元が違う。目指すべき労働時間の長さもまるで違う。であるならば、優先順位としては労働者の命を守るほうが先だろう。その際社会の活性化のための「働き方改革」は論点から外したほうが議論はシンプルになる。
気をつけなければならないのは、「働き方改革実現会議」で「36協定」の見直しを検討した結果、過労死を防ぐうえでは意味があるけれど、夫婦そろって仕事と家庭を両立するうえでは不十分といえる「中途半端」な落としどころで話がまとまってしまい、それなのに「ほら、これで仕事と家庭が両立できるでしょ。あとはやってね」となること。それでは「ゆとり教育改革」と同じ轍を踏むということは「「働き方改革」に見える「ゆとり教育」と同じ轍」(10月6日配信)で触れたとおりだ。
その意味では、「働き方改革実現会議」で「36協定」を話題にすることは、労働基準法の趣旨をあいまいにし、経済活性化や少子化回避への過度な期待を抱かせるという2つの意味で「悪手」であるとさえ言える。「話題づくり」にはいいかもしれないが、それがかえって混乱を招くのであれば本末転倒だ。
私たちは何時間働きたいのか?
くり返す。労働基準法は労働者を保護することが目的である。「ニッポン一億総活躍プラン」は社会を活性化することが目的である。同じ「長時間労働の是正」という課題を抱えていても、目指すべきゴールの次元が違う。
労働者の命や健康や人権を守るという意味で、労働基準法の「36協定」の見直しは急務である。「ニッポン一億総活躍プラン」に関係なく、「働き方改革実現会議」の議論を待つことなく、本来は厚労省が主導するのが望ましいことであろう。
一方で、「働き方改革実現会議」においては、1日の労働時間を何時間以内に抑えれば、夫婦がともに外で働き、家事や育児も回せる社会になるのか、どうやってそれを実現すればいいのかを議論してほしい。何が理想で妥当で現実的なのかをじっくり議論する必要がある。これは、そう簡単にまとまる話ではない。
「働き方改革実現会議」はきっときっかけにすぎず、働き方や暮らし方については今後も継続的な議論が求められることになるだろう。私たち国民も「1日何時間働き、どれくらいの時間を家族と過ごし、どれくらいの時間休息したいのか」をイメージし、議論に参加しなければならない。私たちのライフスタイルは、私たちが決めることなのだから。