新卒就活「後ろ倒し」では、学生は勉強しない
学生:(第2回、第3回を読んで)企業も学生も、今回の「就活後ろ倒し」の被害者なんですね……。やっぱり、就活後ろ倒しなんて、しないほうがよかったんじゃないですか?
この連載では、2016年の就職活動から適用される就活後ろ倒しの影響について、企業、学生の両サイドから考えてきました。すでにお伝えしたとおり、企業も学生も、その大多数が今回の就活後ろ倒しでマイナスの影響を受けることになりそうです。
それでは、そもそもなぜ、ほとんどのステークホルダーが迷惑を被る就活後ろ倒しが実施されることになったのでしょうか?
実は、今回の就活後ろ倒しの決定は、2013年4月19日に実施された「経済界との意見交換会」で、政府から要請を受けた経団連をはじめとした経済団体が、要請に応える形で実現したものです。つまり、主導者は政府で、企業側は政府の要求に従っただけなのです。
学業はかえっておろそかになる
では、政府はどういう意図をもって、就活後ろ倒しを企業に要請したのでしょうか?
政府の説明には、いくつかの理由が挙げられていますが、その筆頭には、以下のように学生の「学修時間の確保」が挙がっています。
「就職活動の早期化・長期化は、学業に専念すべき学生自身の負担になるばかりでなく、学生の成長がもっとも期待される卒業・修了前年度の教育に支障を来し、結果として学生の学力の低下が懸念されます。
就職・採用活動開始時期を変更することで、学生が落ち着いて学業等に専念できる環境が整備されることが期待されます」(首相官邸発表)。
要するに、就職活動の開始時期が早すぎ、またその期間も長すぎることが、学生が勉強するのを邪魔しているから、学生が安心してもっと勉強に打ち込めるように就活を後ろ倒しにしろということのようです。ですが、今回の就活後ろ倒しで政府が期待しているような効果が出るかというと、甚だ疑問に感じざるをえません。
なぜならば、この連載で繰り返し述べてきたとおり、今回の就活後ろ倒しで企業のオフィシャルな採用活動の期間は短くなりますが、水面下では早い段階から学生と接触を持とうとする企業が増え、学生が就職のために費やさなくてはいけない時間は、むしろ今までより長くなると予想されるからです。
企業は優秀な学生とコンタクトを取るために、リクルーター制度を復活させるとともに、本来は採用活動と切り離されているべきインターンシップを隠れみのに使ってきます。
実際、すでにさまざまなメディアで、今回の就活後ろ倒しに関連して、企業が採用活動の一環としてリクルーターとインターンシップに力を入れ始めていることが報道されています。
企業の目的が、優秀な学生の早期確保だという事実は、ちょっと意識の高い学生の間では周知の事実ですし、リクルーターに接触しなかったり、インターンシップに参加しない学生が就職活動で後れをとってしまうことにも、学生はすでに感づいています。
となると、リクルーターに接触しようとしたり、インターンシップに参加しようとする学生が大幅に増えることは間違いありません。
特に人気企業のインターンシップには、参加希望者が殺到することが十分予想されます。学業をおろそかにしてインターンシップに参加する資格を取ることに血眼になる学生が現れることも、容易に予想されます。そのような事態になれば、「落ち着いて学業等に専念」するどころの騒ぎではなくなります。
このように今回の就活後ろ倒しは、本来の目的とは逆の効果を生み出しかねない危険性を秘めているのです。
時間ができても、学業に取り組むかは疑問
仮にアンダーグラウンドでの採用活動の影響がなかったとしても、就活の後ろ倒しによって学生が勉強するようになるかは疑問です。
実は、就活が後ろ倒しされたのは、今回が初めてではありません。2012年度採用の就活は、大学3年生の10月に始まっていました。それが、2013年度採用において、大学側からの要請を受ける形で、大学3年の12月に後ろ倒しされたのです。このとき、学生は2カ月の遅れを利用して、学業に真剣に取り組んだでしょうか? NPO法人DSSが2011年に、大学生1070人を対象に実施したアンケートを見てみましょう。
「就職活動の開始時期を遅らせることで、学業へ向き合う姿勢に真剣度が増すと思いますか?」という質問に対する学生の回答は、以下のとおりでした。
全体の70%以上の学生が、「就活が後ろ倒しされても、学業へ向かう姿勢に変化はない」と回答しています。日本の大学生が勉強しないのには就職活動とは別の理由があるため、いくら「後ろ倒し」をしても、学生が勉強するようにはならないと言えそうです(ちなみに、日本の大学生が勉強しない本当の理由については、NPO法人DSS代表の辻太一朗さんが東洋経済オンラインに連載した記事がわかりやすいです。ご興味のある方は、一読をお勧めします)。
適職を見つけることが困難になる
今回の就活後ろ倒しの目的として、「学修時間の確保」と並んで「適職へのマッチ度」の向上も挙げられていますが、こちらに関しても、効果のほどは疑わしいと言わざるをえません。
今回の後ろ倒しの措置により、採用選考の期間はたったの2カ月間と、非常に短くなってしまいます。そのような短期間では、十分な採用候補者を集めることが困難な企業が多数出てくるため、多くの企業では水面下で学生との接触を始めることになると考えられます。
あくまでも水面下の動きなので、企業は学生に大きく門戸を開くわけにはいきません。たとえば、リクルーターは、建前上、OBが自分の母校に行って在校生と接触するのが基本なので、企業としては自社の社員に卒業生がいる大学の学生にしかコンタクトがとれません(水面下なのに建前にこだわるのは変な話ですが、何かあったときのための言い訳の余地を残しておきたいと考える企業が多いようです)。
学生サイドから見ると、卒業生のいない会社からはリクルーターが来てくれないことになってしまいます。結果的に、卒業校による雇い分けのような状況が生じてしまうのです。
このように、人的なつながりのある企業から就職先を選ぶということが常態化してしまうと、個々の学生の選択肢はおのずと絞り込まれてしまうことになるので、「適職へのマッチ度」は、現状よりも後退してしまうことが懸念されるのです。
留学の促進は、メリットを受けられる人が少なすぎる
政府の説明では、今回の就活後ろ倒しの目的のひとつに、「留学等の推進」も含まれています。確かに、政府が説明するように、就活が後ろ倒しされれば、留学生にとってのメリットは大きくなります。
海外の大学は、日本とは学年のスタート時期と卒業時期が異なっています。日本では卒業式は3月の大学がほとんどですが、海外では5月以降となっているケースが多いのです。たとえば現行のように4月に企業の採用選考が始まってしまうと、留学生が帰国したときには、すでに大手企業では採用活動は終了してしまっています。
ですので、たとえば大学の3年次から1年間海外留学に行った場合、帰国時には次年度の就職活動に乗り遅れてしまうという現実があるのは確かです。実際、そのことが足かせとなっているのか、ここ数年、日本から海外に留学する学生の数は減少する傾向にあります。
グローバル化が進展する現在、企業側からもグローバル人材の不足を訴える声が上がっているのは事実なので、就活後ろ倒しによって帰国後の就職活動への不安がなくなり、海外へ留学する学生が飛躍的に増えれば、それはそれで有意義です。
しかし、そもそも日本からの留学生の人数は8万3000人が過去最高で、直近では5万8000人程度です。仮に今回の措置が奏功し、留学生が過去最高の水準まで戻ったとしても、2万5000人増えるだけなのです。
一方、毎年大学を卒業し、就職活動を行う学生は、約60万人います。先ほど紹介した5万8000人の留学生というのは、高校から大学院まですべての学年の学生が含まれているので、1学年に直すと、どんなに多く見積もっても1万人には達しないと思われます。
つまり、全体の2%に満たない留学生のために、残りの大部分の人が大きな影響を受ける構造になっているのが、今回の就活後ろ倒しなのです。
就活は、とても複雑な「システム」だ
以上、就活後ろ倒しを主導した政府の3つの目的を見てきましたが、いずれも大した効果が見込めないか、いい影響を受ける人が少なすぎるというのが私の実感です。だから私は、全体としてマイナスの影響を受ける人が圧倒的に多い今回の「後ろ倒し」は、政策として失敗だったのではと考えています。
さて、このように書くと、私が政府を悪者にしようとしているように思われるかもしれませんが、それは私の本意ではありません。
就活は、時期を少し変更しただけで各プレーヤーの行動が変わり、損をする人と得をする人が出てくる、とても複雑な「システム」です。このような複雑なシステムでは、しばしば「誰も悪くないのに、全体として悪い結果に陥る」ということが起きます。
今回の就活後ろ倒しの悪影響は、企業が水面下で、上位校の学生を対象とした採用活動を進めることで引き起こされます。しかしこれは、企業が悪いわけではなく、あくまでも「後ろ倒し」という変化に対処するための苦渋の選択であることは、第3回で説明したとおりです。
では、「後ろ倒し」を決めた政府が悪いのでしょうか? 政府はあくまでも、「日本の大学生は勉強しない」という現実に対処するため、後ろ倒しを決めたにすぎません。「水面下の採用活動」という企業の反応を予測できなかったのは問題かもしれませんが、決して悪意があったわけではありません。
では、そもそも大学生が勉強しないことに問題があるのでしょうか? もちろん、大学生の本分は学業ですので、学業に集中するべきという意見もあるでしょう。しかし、先ほど紹介した辻太一朗さんの記事で述べられていますので、詳しくは割愛しますが、学生が勉強しない原因もまた、就活という「システム」自体にあると考えられるのです。
このように、プレーヤーの利害が複雑に絡み合い、互いに影響を与える「就活」というシステムは、誰かを悪者にする発想ではうまくとらえられません。正直、私自身、ベストな解決策を出せているわけではありませんが、「就活業界」の一員として、少しでもよい「システム」を模索していきたいと思っています。
この連載が、就活生・採用担当者の直接のお役に立てるとともに、就活という「システム」をよくするための議論に少しでも資することを願って、筆を置きたいと思います。これまでお読みいただき、ありがとうございました。