新卒2月上旬に「内定を取り消します、会社の都合で」は法的にOKか?
普段は高卒新入社員しか採用しない会社で、管理職候補として大卒の新入社員を迎え入れることに。しかしもう1人、大卒新入社員を採用する事態になってしまった。大卒新入社員を迎えるポストは1つしかない。「あなたの内定を取り消します」と内定者に伝えたらどうなるのだろうか?(社会保険労務士 木村政美)
主要取引先から、
息子のコネ入社を頼まれてしまい……
食品製造・卸売業。従業員数200名。
<乙社概要>
複数のスーパーマーケットや移動販売などを展開する。甲社の最得意先企業。
<登場人物>
A:甲社の2代目社長、60歳。Bが通っている大学に熱心な求人アプローチを行い、その結果Bの内定にこぎつけた。
B:4月入社予定の内定社員。
C:甲社の総務課長。
D:甲社の顧問社労士。
乙社長:自分の息子を甲社の総務課で採用するようにゴリ押ししている。
乙専務:A社長の中学時代の同級生で乙社長の実兄。
甲社は、主に配送などの現場担当者として、毎年10名の高卒新入社員を採用しているが、今年度はそれに加えて総務課の管理職候補として大卒の新入社員Bを迎えることになった。Bは新入社員研修期間の終了後、総務課へ配属する予定にしていた。
「ウチの息子をお宅の会社で雇ってくれないか?」
びっくりしたA社長は、乙社長にその理由を尋ねると、
「息子は今大学4年生だが、引っ込み思案の性格のせいで就活がうまくいかなかった。本人は『人と接するのが苦手だけど、事務仕事ならできる』と言うんだ。お宅の総務課に入れてもらえないだろうか?」
「いきなり言われても……。だったら乙社に就職すればいいじゃないですか?」
「それは無理。ウチの専務がすごく厳しい人で、息子の顔を見る度に『もっとしっかりしろ!』ってすぐにカツを入れるもんだから、『おじさんが怖い。僕は絶対乙社で働きたくない』と言い張ってる」
「はあ……」
管理職候補として採用した
期待の大卒新人はどうする?
A社長はその場で返答せず、「検討しておきます」と言葉を濁した。しかしそれから1週間、毎日乙社長から「息子の件、どうなった?いい返事を期待しているよ」と電話で頼まれ続け、すっかり頭を抱えてしまった。
いよいよ困ったA社長は、C総務課長を呼んで言った。
「乙社長が自分の息子をウチの総務課で働かせてほしいそうだ。本当は断りたいんだけど、押しが強くて参ったよ」
「乙社はわが社の最大取引先ですから、乙社長の機嫌を損ねるとまずいですよね」
「そうなんだ。乙社長は、『もし息子を雇わなかったらウチとの取引を止める』とハッキリ言うようになった。仕方がないから、入社を認めようかと考えている」
「でもBさんはどうします?」
「もちろん彼はわが社の期待の星だから入社してもらうよ。しかし当面は総務課ではなく他の部署に配属できないかな?」
「それが、配送係のバイト以外、営業や配送など正社員はどこの部署も人手が足りています」
「いくら何でもB君を配送のバイトで雇うわけにはいかないよな。じゃあ総務課で2人の面倒を見られるか?」
C総務課長は首を横に振った。
「総務課に2人の新入社員は必要ありません。福利厚生費なども入れると1人に年間400万円以上の人件費がかかります。余剰人員を抱えるほど、会社の利益は上がってないですよ」
そしてキッパリと言った。
「いっそBさんの内定を取り消したらどうですか?内定は正式な社員じゃないから採用を取り消してもいいじゃないんですか?」
「事情が変わったので内定を取り消す」
「労働基準監督署に訴えます!」
C総務課長にBの内定を取り消すように説得されたA社長は、その翌日Bに電話で「申し訳ないが採用事情が変わった」と言い、内定取り消しを告げた。
Bは激怒した。
「今更、内定を取り消すなんてひどい!僕はこれから仕事をどうすればいいんですか?責任を取ってくださいよ」
「しかし、内定を出しただけではウチの社員と決まったわけではないし、責任を取れと言われても……」
「人の将来を何だと思っているんですか?もし何も対処してもらえないなら大学にそのことを報告しますし、労働基準監督署に訴えます」
「責任を取って」「大学に報告する」「労働基準監督署に訴える」など、Bの予想外の反応に驚いたA社長は、もしこのまま内定を取り消したら大変なことになるかもしれないと思い、対処方法についてD社労士に相談することにした。
「内定」と「内々定」は
何が違うのか
次の日の夕方、社労士事務所を訪れたA社長は、D社労士にBの内定取り消しの件についてこれまでのいきさつを説明し、「Bさんの内定の取り消しは可能ですよね?」と尋ねた。D社労士は内定の意味から説明を始めた。
○ ただし、内定での労働契約は通常の労働契約ではなく、「始期付解約権留保付(しきつきかいやくけんりゅうほつき)」の労働契約を結ぶ。
○ 始期付解約権留保付の労働契約とは、下記の内容を含んだ契約である。
・ 実際に働き始めるのが学校卒業後であること
・ 一定の場合企業側から内定取り消し(労働契約の解約)をすることが可能であること
「『内定』とよく似た言葉に『内々定』がありますよね?この2つの言葉の意味はどう違うんですか?」
○ 企業における新卒採用の場合、学生に内定通知を出せるのが卒業・修了年度の10月1日以降になっているため、その前に事実上内定が決まっている場合は「内々定」として扱う。
○ 内々定の通知は内定通知とは違い、企業側から採用通知書などの正式な書類は発行されず口頭もしくはメールなどの手段を使うことが多い。
<内定と内々定の違い>
○ 内定は企業と学生間に労働契約が成立しているが、内々定の場合には労働契約が成立していない。
○ 上の理由から、内々定の学生に対して企業が採用を取り消すことは可能だが、実際は内定の場合と同じく、企業が簡単に採用を取り消すケースはほとんどない。
会社都合で、新卒の内定を
取り消すことは可能なのか
「内定と内々定の違いはよく分かりました。そうなると、内定は労働条件が成立しているので採用取り消しはできないことになりますね」
「企業は原則として、労働契約の成立後にその契約を一方的に取り消すことができない。言い換えると内定を取り消すことはできないということです」
「原則と言いましたが、例外はあるのですか?」
「はい。客観的・合理的な理由があれば内定取り消しは可能です」
○ 単位取得不足などの理由で学校を卒業できす、入社予定日になっても入社できない
○ 入社の際に必要な資格や免許を取得できず、募集した業務ができない
○ 採用の合否を判定するのに直接関係する経歴詐称があった
○ 病気やけがなど健康上の理由で働けなくなった
○ 内定者に犯罪行為や反社会的な行為があった
○ 企業の業績悪化など経営上やむを得ない理由により、雇用することができなくなった
「しかし、上記のケースに当てはまった場合でも、即座に内定取り消しができるのかというと違います。内定取り消し要件については過去の裁判で示された基準があり、簡単に言うと『企業がまったく知ることができなかった事実があり、このことを理由として内定を取り消すことが社会的に考えて納得がいくもの』でなければなりません」
内定取り消しが認められるために必要な
整理解雇の4要素
「例えば甲社の場合、会社の経営上の理由でBさんの内定を取り消そうとしていますが、そのことが認められるためには、整理解雇の4要素を全部クリアすることが必要です」
1.人員削減の必要性
人員削減措置の実施について、不況、経営不振などによる企業経営上の十分な必要性があること
2.解雇回避の努力
解雇回避のために、配置転換や希望退職者の募集など他の手段を行ったこと
3.人選の合理性
整理解雇の対象者を決める基準が客観的、合理的で、その運用も公正であること
4.解雇手続きの妥当性
労働組合または労働者に対して納得を得るために、解雇の必要性とその時期、規模・方法について説明を行ったこと
参考:厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」
「すると、B君のケースは上記の要素に当てはまらないので、内定を取り消すことはできませんね」
「はい。もし正式に内定を取り消した場合、Bさんの言葉通り労働基準監督署に行かれたり、場合によっては損害賠償を請求されたりする可能性があります」
D社労士の話を聞いたA社長はいよいよ窮地に立たされた。
「B君と乙社長の息子の両方を雇えればベストだが、2人分の人件費は捻出できない。どちらかを選ぶのであればB君を採用して乙社長の息子を断ることになる。しかしそうなると、乙社長から取引を停止されてしまう……困ったな」
コネ採用を断ったら、
本当に取引は中止される?
D社労士が尋ねた。
「お伺いしたいのですが、甲社はどういういきさつで乙社と取引を始めたんですか?」
「乙社の専務は私の中学時代の同級生。部活が一緒で仲良くなりそれ以来の付き合いです。今から20年前、乙社を創立した際、ウチの会社と大口で取引契約を結んでくれました。乙社がこの地域最大のスーパーマーケットチェーンになったのは乙専務の功績ですし、豪快でハッキリ物を言う性格のせいもあって、乙社長は彼には頭が上がりません」
「それなら、この件を乙専務に直接話してみたらいかがですか?もし仮に甲社が乙社長の息子さんを採用しなくても、これまでの状況からしてたぶん取引をやめることはしないと思います」
「乙社長からの要求で頭の中がいっぱいだったので、そこまでは気がつきませんでした。早速、乙専務に話してみます」
「それとBさんには内定取り消しの撤回を連絡してください」
A社長は大きくうなずいた。
「ちなみに質問ですが、学生側から内定を辞退することはできますか?」
○ しかし民法627条により、期間の定めのない労働契約は労働者側から2週間前に申し出れば解約できることになっている。
○ さらに新卒採用の場合で見ると、実情として内定について学生への強い拘束力はないため、学生が複数の企業から内定を得ることに対して法律上問題にはされていない。ただし、内定を辞退することになった場合は、企業への影響を考慮し、対処することが必要である。
D社労士のアドバイスを得たA社長は、その日の夜乙専務に電話で事情を説明したところ、乙専務はその場で謝罪をし、乙社長にすぐに息子の就職の件を撤回させることと、甲社との取引に変更はないことを約束した。
「内定取り消しは取り消しです」と
内定者に伝えたところ……
安心したA社長はBにも連絡を取り、内定の取り消しの話をないものとしたが、Bの返答は「昨日の話を聞いた後、すぐに大学のキャリアセンターへ行き求人を探しました。そして今日、他の会社で面接し、その場で内定をもらったので、自分はそちらに就職します」というものだった。まさに電光石火の早業だと思ったが、内定を取り消そうとした事情もあり、文句は言えない。A社長は「分かりました。今回は迷惑をかけて申し訳なかった」と言うしかなかった。
「やっと獲得した大卒の新入社員だったのに。もう今更Bの出身大学に学生を紹介してほしいとは頼めない。どうしよう……」
天を仰ぎ、ため息をつくA社長であった。