総合リクルートワークス研究所に聞く 東京オリンピックは雇用に何をもたらすか?
2020年に迫った東京オリンピック。外国人観光客の増大、新たな公共交通機関やスポーツインフラの整備など、既に明るい話題で賑わっている。東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会の試算によれば、経済波及効果は約3兆円に上るという。
経済と密接な関係にあるのが雇用だ。リクルートワークス研究所の推計によると東京2020オリンピックによる経済発展に伴い見込まれる人材ニーズは、約81.5万人(※)となり、これは総務省が発表する2012年の就業者数平均6,720万人の約1.3%にもあたる数字だという。国にも個人にも大きな影響をもたらすと考えられる雇用面の変化について、同研究所の中村天江氏に話を聞いた。
東京オリンピックは、「人材難」の変革契機?
中村氏が所属するリクルートワークス研究所は、人と組織の「新しいコンセプト」を提起する研究機関として、「採用動向」「人材マネジメント」「働く個人の意識」など、雇用にまつわる調査データの発表や提言発信を主な活動としている。
「東京オリンピックは日本全域に大きな影響を及ぼすため、リクルートワークス研究所として雇用に関するデータ予測を発表する、ということはオリンピックの開催決定直後から検討していた」
と言う中村氏。リクルートワークス研究所は、2014年4月「東京オリンピックがもたらす雇用インパクト」という研究レポートを発表した。先に掲出した81.5万人の人材ニーズ、という数字もこのレポート内で算出されたものだ。
当初の目的は、「人材ニーズにまつわるデータ予測を行う」ことだったが、最終的には本レポート内で雇用政策として検討すべきアジェンダの提言まで踏み込んでいる。その理由として、中村氏は「オリンピックは労働市場の変革の契機になりえる」という考えに至ったからだと続ける。
81.5万人という人材ニーズは雇用創出というポジティブな見方ができる反面、長期的に人口減少が進み、すでに「人材難」といわれる日本においては大きな課題ともなり得る。「人材難」の日本にどのような風穴を開けることを、中村氏は変革契機と呼んでいるのだろうか。
今こそ、一歩踏み込んだ検討を進めるチャンス
リクルートワークス研究所では、東京オリンピックの影響度をシミュレーションするにあたり、都市の成熟度や国の規模などの観点より2012年のロンドンオリンピックを参考にしている。
しかし、雇用をめぐる環境は、2012年のロンドンと2020年の東京とでは、若干異なるという。ロンドンオリンピックは2008年のリーマンショック後だったこともあり、オリンピックにより発生した人材採用ニーズは失業者にとって雇用の受け皿となった。一方、現在の日本では、10ヵ月連続で有効求人倍率が1.0倍を超えており、失業率も改善されつつある。中でも、オリンピックによって大規模な雇用創出が見込まれるサービス業においては、2013年時点で有効求人倍率が1.7倍にまで上がっており、既に人材ニーズに供給が追い付いていないことがわかる。
こうした状況を受け、「このまま人材ニーズに対して人が採れない状態が続けば、長時間労働の常態化や無理な業務負担の増加など、社員一人当たりの負担は大きくなり、労働環境の悪化につながる可能性がある」と中村氏は懸念を示す。
ただでさえ少子高齢化が加速する日本では、オリンピックを抜きに考えても、今後の労働力人口減少や人材採用難は危惧されている。現在働いていない高齢者層や主婦層の就労を促すという取り組みは政府の成長戦略にも掲げられるほどだ。
「労働力人口が減少する日本社会において、高齢者層や主婦層といった潜在的労働力の活用は至上命題とも言えます。一時的ではあるものの、大きな人材ニーズが生まれるオリンピックは、日本の労働力人口の底上げにつながるような仕組みの構築を、一歩踏み込んで進めるチャンスだと捉えています。潜在的労働力である彼らが労働市場に参入できるような仕組みを構築できれば、その後の少子高齢化による労働力不足の解決にもつながるのではないでしょうか」(中村氏)
中長期的に続く、労働力底上げの仕組みづくりを
高齢者層や主婦層は活用すべき人材の層であると多くの人が認識しているのに、それでも就労はなかなか進まない。その背景には、企業にとって、現在の人材活用システムを変革するのは、手間も時間もかかるため、効率性を追い求める「現場」での推進が難しいことが挙げられるだろう。しかし、81.5万人の人材ニーズが見込まれるタイミングに及んでは、避けられないものになりそうである。
では、具体的にはどうしたらよいのか。高齢者層や主婦層の就労を促進するには様々な課題があるが、そのひとつは、彼らが「何かしらの制約」を抱えていることだと中村氏はいう。
「体力に制約のある高齢者や時間に制約のある主婦など、多様な志向や事情を抱えた人が労働市場に増えてきているものの、企業の人材活用の多くが、制約が比較的少なく、活用自由度の高い人材のみを前提としたままとなっています。企業にとってシステムの変革は容易いことではありません。だからこそ環境を整備することが重要です」(中村氏)
研究レポートの中では、高齢者層や主婦層を活用するために検討すべきポイントを5点挙げている。「高齢者・主婦の就労ニーズや事情に適った業務の括り出し」「各職域・職種が行っている仕事の機能分解」「ビジネスプロセスや業務フローの見直し」「マネジメント人材の再教育」「IT導入などによるシフト管理等の業務の高度化」の5つだ。
中村氏は、「この問題は、構造課題としていつかは本気で検討しなければならないもの。東京オリンピックまではまだ5年以上もあるが、企業の人材活用システムの見直しやマネジメントの変革というのは決してすぐに実現できるものではない。雇用の需給バランスが大きく変動する事が既に分かっているのであれば、今から政府と産業界が一体となり動いていくことが重要」と提言する。国や企業にとって大きな変革の契機となるであろう東京オリンピックだが、中村氏は最後に「個人にとっても良いきっかけになる」と加えた。
「オリンピックは各企業にとって大きな商機となりますから、積極的に関わっていくことでキャリアアップや新しいポジションへのチャレンジなどが期待できるでしょう。また、グローバルに視野を広げる良いきっかけにもなりますので、仕事面でのチャレンジだけではなく、異文化を学んだり語学を学んだり、オリンピックという機会を各々で是非生かしてほしいと思います」(中村氏)
全国の産業別人材ニーズ:時系列(単位:人)