総合超高齢化時代を迎えた介護業界のIT化は「やりがい」がある
「介護のIT化はまったく進んでいないんです」。東京都文京区で介護サービスを営むケアワーク弥生の飯塚裕久さんは語る。10年近くに渡り介護業界のIT化で奮闘してきたビーブリッドの竹下康平さんとともに、IT化が進まない背景や課題について聞いた。
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高齢化社会を支える介護保険制度ってなんだ?
今回のテーマは介護業界のIT化。多くの人が予備知識を持たない分野だと思うので、まずは飯塚裕久さんに介護業界の現状と課題について説明してもらおう。なお、飯塚さんは、東京の文京区で介護サービスを提供しながら、介護現場のカイゼンを掲げる「NPO法人もんじゅ」を運営している。
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| ケアワーク弥生 飯塚裕久さん |
少子・高齢化が加速する日本。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる2025年から高齢者の数と割合は一気に拡大し、2055年には全人口の約40%が65歳を超えることになる。しかも高齢者の約15%は認知症と言われており、軽度認知障害まで含めると、4人に1人が認知症というのは間違いでもないようだ。老人の独居化も加速しており、20年後には東京の高齢者の44%が一人暮らしになるという統計も出ている。
こうした高齢者を支えるべく、日本では2000年から介護保険制度がスタートしている。介護保険制度では、40歳以上を被保険者として、現時点では7段階(要支援1・2/要介護1~5)のランクで要介護度の認定が行なわれる。この要介護度は体調や痛み、脳の認識度などを元に、1日あたりで何分くらいの介護が必要かをコンピューターで判定した一次判定と、一次判定に加えて、主治医意見書も踏まえた二次判定で決定される。決定された要介護度を元にケアマネージャーが家族と共に「サービス計画書(ケアプラン)」を作成。家事援助や日帰りのデイサービス、施設などでの短期・長期での療養、あるいはこれらの複合型などさまざまなサービスを利用することになる。
飯塚さんが手がけるケアワーク弥生は、既存の建物の一部を使って「小規模多機能型居宅介護」と呼ばれるサービスを手がけている。介護保険制度の改正により実現した新しい地域密着型サービスで、「認知症の人に火曜日・金曜日だけデイサービスに来てと言っても、月曜日を火曜日だと言い張ったり、毎日火曜日だってやってくるので(笑)、月額制で何度も使えるサービスを作った」とは飯塚さんの談。ヘルパーが自宅に訪問したり、逆に施設に来てもらい、高齢者に今までと変わらない日常生活を送れるよう支援するのがサービスのポイントだという。
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| 最新のITデバイスを楽しむのもおばあちゃんたちの日常だ(提供:ケアワーク弥生) |
こうした介護業界の最大の課題は深刻な人手不足だ。「人が人を看る」という介護の仕事は、基本的に労働集約的で、スキルも、体力も必要。そのため、直接介護を行なう人が1人で見られるのは、3~7人程度になるという。この前提で考えると、高齢化が加速する日本ではあと100万人くらい介護労働者が必要になる。しかし、100万人増やすには、年間で7~8万人を純増させなければならず、事実上不可能。そのため、政府は外国人労働力の導入や、ITや介護ロボットの活用に本腰を入れ始めており、改正される介護保険法でも、これらの支援措置が持ち込まれる予定だ。
深刻な人手不足!労働生産性の向上が難しい業態
介護・医療・福祉施設向けのサポートサービス「ほむさぽ」を手がけるビーブリッドの竹下康平さんが、介護業界に飛び込んだのは、今から10年近く前にさかのぼる。マンションの飛び込み営業から転職して、ソフトハウスでJavaのプログラマーになり、その後大手メーカーで製造業のオープン化を担う基幹系の業務SEとなった竹下さんが、起業前に経験したのが、ある介護事業のIT戦略。長年の経験から、有料老人ホームやグループホームの現場に直接足を運んだ竹下さんは衝撃を受ける。
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| ビーブリッド 竹下康平さん |
「お年寄りがよぼよぼなことは想像できたんですが、とにかく働いている人が大変そうだった。歩く歩数や手数を極限まで減らすカイゼンを進めていた製造業のノウハウが、この介護の仕事では一切通用しないことがわかった」と竹下さんは振り返る。身長も症状も違う2人の老人は起こし方や歩き方もまったく違うし、それぞれにマニュアル作るのもナンセンス。とにかく労働生産性を上げるのが、きわめて難しいということにインパクトを受けたわけだ。
一方で、今まで介護業界においてITで実現してきたのは、決して労働生産性を向上させるものではなかった。介護保険は、前述したサービス計画書に基づいてサービスが提供されることで、自治体から保険が下り、実費負担を減らせるという仕組みになっている。そのため、従来提供されてきたのは、プラン作成と実際の実施記録を突合するソフトだった。おもに医療システムから介護系への参入組が開発したもので、従来はほとんどが大手ベンダーだった。
当時、こうしたソフトを見た竹下さんは、「記録と請求程度のことしかできないのに、なぜこんなに高いのか」と憤った。しかし、介護業界全体でITリテラシが低いため、知識のギャップがあり、不要にハイスペックなサーバーや作業内容もよくわからない保守で理不尽に高い見積もりを出されていた。飯塚さんも「リテラシの低さもさることながら、実際だまされた経験を持っていて、IT業者にアレルギーを持っているおばちゃんとかも多い。わからないので、みんなが入れると入れちゃうんです」と応じる。「質の悪いIT業者の餌食になってしまうのが許せなかった」(竹下さん)。この義憤が竹下さんが介護業界に飛び込んだ背景。竹下さんはビーブリッドを立ち上げ、ほむさぽという名前でITコンサルティングやコンピューターサポートを軸に介護業界へ低廉なサービスを提供している。
介護業界に参入するITエンジニアが不足している
とはいえ、医療分野ではセンサーのようなハードウェアや電子カルテなどIT化が進んでいるにもかかわらず、冒頭のコメントの通り、介護のIT化はいまだに進んでいない。飯塚さんは、「今ある介護ソフトは、請求という介護ビジネスの最後のプロセスを行なう事務方向けのソフト。でもお金が発生しているのって、おばあちゃんの手で触って、トイレに行って、熱を測るといったヘルパーの行為なので、そこに寄与するものは存在しません。介護計画や請求のIT化はできているけど、介護サービス自体のIT化は実現していないんです」。脈や熱を記録する、本人の希望を記録するなど、ケアの品質を変えるような技術革新や製品を飯塚さんは熱望している。
しかし、実際にはいくつかのハードルがある。本質的な問題は、やはり介護業界に参入するITエンジニアが不足しているという点。10年近く介護業界のIT化に携わっている竹下さんは、「JAWS-UGの初代代表やCUPAの理事もやってきたので、今まで全国各地で1000人以上のエンジニアに会ってきたと思うのですが、介護業界に来るエンジニアは1人もいない。もちろん、エンジニアが“はまる仕事”がないのも問題。でもみんなで知恵を出しあわないと、介護のIT化は進まないんです」と嘆く。
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| 「みんなで知恵を出しあわないと、介護のIT化は進まないんです」(竹下さん) |
エンジニアも含め、なぜ介護業界に人が来ないのか? 飯塚さんは「業界全般で『人生の最後を過ごされ亡くなっていくので』というバイアスはかかりがち。でも、『こんなに長生きしなくてもよかったなあ』という時代から、『そこそこ長生きしてよかったなあ』という時代にそろそろ変換されなければいけない」と語る。
介護業界側でIT化に対応する素地がないのも問題だという。飯塚さんは、「医者は100年、看護師は50年なのに対し、もともと国家資格の介護福祉士自体も20年程度しか歴史がない。弁護士や医者と違って、介護福祉士がやる仕事の専門性がわからないので、ビジネスにしにくい」と指摘する。そのため、介護の専門性を示すために、どのデータをとってよいかわからない。「1日の排泄の回数とっても、無駄になってしまう可能性があります」(飯塚さん)というわけだ。
竹下さんも、「コンピュータ屋としてもどかしいのは、ヘルパーさんがおじいちゃんやおばあちゃんに実施したことに対して、状況が改善したとか、気持ちがよくなったとか、測る仕組みがないこと。行動履歴やバイタルを自動で記録する仕組みはあるけど、それを実現するためのアイデアやお金、そして陣頭指揮をとる人材がいないのが現実」と指摘する。
介護業界での仕事は「感謝」が大きい
しかし、医療と介護を一体化して、今後国が本腰を入れて高齢者対策を行なっていくことを考えれば、実は市場規模はとてつもなく大きい。「75歳を超えてくると、介護が必要なくとも、足が痛くて遠くへ行けなくなる。だからといって、家の周りだけで生活すると、友人にも会えなくなり、社会的に孤立してくる」(飯塚さん)とのことで、国や自治体も介護事業者だけではなく、地域と一体で高齢者対策を進めている。こうなるとITを使った世代間・組織間での情報交換がおのずと重要になる。
また、エンジニアのモチベーションとしても介護の仕事は、「顧客からの感謝」や「社会貢献への満足度」を得られやすいという。「エンジニアって基本的に怒られる仕事。納期に間に合い、コストを抑えて60点。80~90点取るのはとても難しい。顧客に詰められて、自分自身心が折れたこともあるし、そういうエンジニアも見てきた」という竹下さんは、まさにその1人。人力作業をボタン1つだけで片付けられるプログラムの魅力に取り付かれ、営業からエンジニアになったのに、10年以上経過しても理想と大きく違っていた。でも、介護業界で仕事していると、感謝が多いというのが竹下さんの実感。「みんなにありがとうと言われる仕事なので、やっていて気持ちいい」と語る。
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| 「みんなにありがとうと言われる仕事なので、やっていて気持ちいい」(竹下さん) |
コスト面でのネックだったプラットフォーム側も進化した。クラウドのようなインフラ、スマートフォンのようなデバイスが安価に利用可能になり、薄利多売の形ながら、ビジネスが提供できるようになった。10年間かけてサービスを業界で展開してきた竹下さんは、「ビジネスになるか瀬戸際のモデルでも、とりあえず試行錯誤できる土台が揃ったし、ベンチャーも増えてきている。ここからがようやく始まり」とのこと。介護とITの業界で相互の知恵を出し合って、ビジネスを立ち上げていくのが今後の鍵になるという。





