総合クリアするほど次がきつくなる…ノルマ絶対主義の営業ガチ勢だった僕が見つけたラクをする方法
営業職はノルマを達成するのが当たり前
こんにちは。僕はフミコフミオ。食品会社で働くサラリーマンだ。今回は目の前にあるタスクに追われずに同僚やライバルの一歩先を行く働き方についてお話ししたい。
血と汗と涙で相手に打ち勝つようなマッチョな方法ではなく、「いつもの仕事やタスクを違う角度から見ることで少し楽にこなせるようになる」という気楽なものなので、力を抜いてお付きあいいただけたらうれしい。
僕がサラリーマンになって25年たった。そのサラリーマン人生のすべてを営業職として過ごしてきた。管理職になったとはいえ、意識はまだ営業マンである。他の職種に移ることは今のところ考えていないので、職業人生のすべてを営業マンとして生きることになるだろう。
法人営業が中心であったが、個人向けの営業をやった経験もある。商品やサービスを売るだけではなく、システムを売ったりアドバイスを売るコンサル的な仕事をしたこともあった。業界は運輸と食品。「売るものが変わっても売ることは変わらない」をモットーに、これまで25年間営業として生きてきたのだ。
新卒以来ノルマが未達だった年はない。ノルマを達成するのが営業という仕事の最低限と教えられてきたし、僕自身そういうものだと今でも信じている。
クリアするほど次がきつくなる
管理職になり、部下からノルマ未達の弁明を聞かされて、アドバイスをするときも「歯医者が歯の治療をしなかったら歯医者ではないよね。営業はノルマをクリアして初めて営業と言えるのだよ」という話をしている。
現代の若者に響いているかはわからない。だが、僕も、年間を通じてノルマを達成し続けているが、より短期の単月や四半期ベースでのノルマが未達であることは何回かあった(年間で取り返したが)ので、営業指南本を執筆するようなスーパー営業マンとは言えない。努力と工夫を重ねて営業畑を生き抜いてきた普通の男である。
だからこそ誰にでも容易に真似ができるともいえる。
若い頃の僕はノルマ絶対主義の営業ガチ勢であった。ノルマをクリアすることにすべてをかけていた。会社から課せられたノルマとそこから落としたタスクをクリアすることに日々喜びを覚えるような働き方をしていた。
その一方で、経験を重ね、ノルマを達成しながら新卒から中堅社員になっていくとともに、「このままでは苦しくなる」とも感じていた。当たり前である。課せられるノルマは年々上がる一方だった。ノルマをクリアすることで評価は上がり、翌年は評価に見合う大きなノルマをさらに課せられるのだから。
90年代末の営業はひたすら「数と量」だった
去年の自分の全力が、次の年に「これくらいできるだろ」と言わんばかりに当たり前とされるのがキツかった。「このままではいつかパンクする……」と不安を感じていた頃、仕事の在り方を考える事件が起こった。
ほぼ同時期に入った同僚たちが過労で倒れたり(不幸にも仕事と家庭内の問題が重なってしまった)、営業という仕事に見切りをつけて会社を辞めたりしたのだ。
営業という仕事は与えられたノルマをタスクに落とし込んで、クリアしていくことを毎日続けなければならない職種である。ノルマが大きくなれば、日々のタスクも増えて、追われるようになる。前日のタスクをこなせなければ翌日以降のタスクに加えられる。1日のロスを挽回するためには数日かかる。心が折れて1週間漫画喫茶でサボってしまったら挽回するのはかなり難しい。
要するにノルマを達成する営業マンには余裕などない。ギリギリで一日一日をやっている。会社サイドから見ると営業マンはコマである。課したノルマをクリアして売り上げをあげるコマである。壊れたら新しいコマにすればいい。
僕が働きはじめた90年代の末期は、そういう営業=コマという考え方のもとで、営業という仕事は数と量をこなすことに重きが置かれていたように思える。
客との向き合い方を「数より質」に変えた
例えば「1000件ターゲットにアプローチすることができれば10件見込み客にできる」というような荒っぽい仕事であった。アプローチする件数が増えれば増えるほど成果は出る。3倍になったノルマを達成するには3倍のタスクをこなせばいい、そういう認識がまかり通っていた。
だが営業マンとてひとりの人間である。倍々にタスクを増やすことはできない。自力でやっていくにはいつかは限界がくる。同期の脱落を前に、僕の危機感は強くなるばかりであった。悩んでいても常にノルマは意識のどこかにあった。日々何件回らなければならないというタスクは毎日僕を追いかけてきた。ノルマをクリアすれば来期この重圧はさらに強くなる。かといってノルマ未達なら営業マンとしての存在価値はなくなる。
今の僕ならそういう状況に置かれた若い営業マンを見かけても「そんなに肩に力を入れるなよ。気楽になって全部放り出して逃げてしまえよ」と笑って言えるが、当時は大真面目に、追い詰められていた。
ノルマとタスクがあったからできることはかぎられていた。大きな軌道修正ができない。そのなかで工夫するようにしてみた。
まずは毎日のタスク、新規開発と見込み客へのアプローチの数ではなく質を追求してみることにした。それまで客は数字でしかなかったが、ひとりの人間として話をするようにしてみたのだ。打算も勝算もなかった。取りあえず変えてみて良い方向に動いたら結果オッケーというヤケクソな感じであった。
時には他社のサービスを勧めたことも
自社の商品やサービスを売るという地点から少し離れて、相手が望んでいることに耳を傾けてみた。驚いた。実にさまざまな話が聞けたのだ。それまで、客を営業タスクのターゲットととらえていたときには聞けなかった話がポンポン飛び出してきたのだ。自社商品とサービスのアピールが、相手の話したいことの障害物になっていたのだ。
ひとたび仕事(自社商品)と関係のない話になると、相手は求めているものを素直に話してくれた。自社商品とサービスに関係のない話は、正直いってよくわからないことも多かった。
ビジネスにつながるとは思えない、例えば家族の愚痴のような話も聞かされたけれど全部未来につながると信じて聞いた。話の内容は細かく、人それぞれだったので、手帳にすべて書き留めた。仕事の合間に、その膨大なメモを眺めて、そこから何ができるのか発想したものを書いていった。実際に手を動かして書くことで発想はガンガン出てきた。自社とコストにこだわらなければ提案のアイデアはいくらでもできた。
自社のサービスで応えられないときは他社をすすめたり、そこから進んで競合他社の営業担当を紹介したことも何度かある。自社にとらわれない提案営業をしていくうちに、世話をした見込み客が別の機会に僕を指名して頼ってきたり、また別の見込み客を紹介してくれるようになった。
「どうでもいい話」を書き留めることで実を結んだ
ノルマから課されたタスクに追われて自分で数と量を追求するような営業スタイルよりも、はるかに少ない労力で契約を取ることができるようになった。そして従来のやり方では到底接触できなかった大型案件をいくつか決めることもできた。
将来への不安からヤケクソでやり方を変えたのがよい方向に出たのだ。そのベースになったのは見込み客からのどうでもいい仕事につながるかわからない話を聞き、自分の言葉で書き留め、そこから出てくる発想を提案につなげることができたからだ。
書くという行為があったからである。
今回お話しした話は20年ほど前の出来事なので、そのまま真似することは意味がないけれども、書く内容を改めることで道を拓けるのはいつの時代も不変のはずだ。
手帳に客の仕事につながる情報を書き込むのは誰でもやっていることだ。そこから半歩ずれたところにビジネスのチャンスは転がっている。
まずは無駄だと切り捨てていたものを書き留めることから始めてみるといいかもしれない。

