総合「人事データ」を使い倒せば人事が変わる
クラウド型の統計分析ツールを提供するサイカの平尾喜昭、山田裕嗣が、さまざまなビジネスの現場でデータを活用するプロフェッショナルへのインタビューを通じて、その「可能性」や「限界」はどこにあるのかを探って行く。

――「採用学」とはどのようなプロジェクトなのですか?
服部:企業と求職者の関係は、「募集のフェーズ」、互いに選ぶ「選抜のフェーズ」、そこから会社になじんで行き組織社会化する「定着のフェーズ」がありますが、そのプロセスを科学的に効率的にしようとしています。
ただし単に効率的だと、一方的な勝ちと負けが生まれやすい。どこで、なるべくwin-winに近いところを科学の観点から探る、ということがミッションとなっています。
採用の現場では、「面接でちゃんと評価ができているのか?」といった漠然とした問いは持っているが、じゃあ何が問題なのかがはっきりわからないことが多い。さらに、その検証のためには面接の評価を使えばいいのか、SPIのようなアセスメントのデータがいいのか、あるいは面接官が誰だったのかが使えるのか――、どれが使えるデータなのかがわからない。そこに私たちが入って、どんなことが悩みか、そしてそれを踏まえてどんなデータがあるのか?を確認して進めて行きます。
ただし、研究を進めるにはさらにもうひとつ乗り越える壁があって、それは「必要なデータを集めてくる」こと。社内にデータはあるが人事部の別の部署が……とか、営業実績のデータは自分たちの権限ではアクセスできない……とか。必要なデータをひとつのExcelファイルにそろえるまでに本当に時間がかかる。それが分析や検証が進んでいない大きな理由のひとつにもなっています。
そこはわれわれのような研究者の責任でもあるのですが、たとえば人事と経営企画と営業がデータを統合すれば実はこれだけのことがわかるのです、という世界を示して来れなかった。他方で、社内的にはデータがバラバラに取られてきたという経緯があって、それがミックスされてなかなかその問題に踏み込めなかったのではないかと思います。
――プロジェクトの「成果」はどのように定義しているのですか?
服部:採用の成果って難しいですよね。当たり前ですが究極的には「いい人材が採れてその人が中心人物として活躍をする」こと。ただこれだと採用以外にもさまざまな影響を受けてしまうので、採用学では採用の成果を2年ないし3年のパフォーマンスで定義しています。
これは適当に決めたわけではなくて、ある種の感覚と論理的な裏付けを踏まえて定義しています。日本企業であれば2~3年で仕事が1周して一人前として期待されることが多く、私たちのインタビューでも2~3年で現場で何か変化があるとよく言われる。また、3年で30%が離職するという議論もあります。であれば、マジックナンバーではないですが、おそらくそこには何かあるんだろうと考えています。
――具体的に取り組んでいることは?
服部:一例を挙げると、2~3年後のパフォーマンスにつながる採用基準って何だ?ということを調べています。言い換えれば、企業としては2~3年後の成果につながる指標を探そうとしているわけです。
候補者がエントリーをして、採用面接が3回、4回と進んで行く中では、それぞれのフェーズの面接評価があり、適性検査などのテストデータもあります。他方で、会社に入社して2~3年目くらいの360度評価や業績などのパフォーマンスのデータもある。たとえばこれを分析すると、適性検査のAという項目は成果につながるけど、Bというものはつながっていないかもしれない。あるいは、面接を3~4回やっているが、1回目の面接で評価が高かった人は、2回目でも3回目でも高い。だとすれば、そんなに回数やらなくてもいいんじゃない?という可能性が出てくる。さらに興味深いことに、その高く相関した面接の評価と、入社してからのパフォーマンスが必ずしも相関していないこともある。それは何を意味しているのだろうかと。
伊達:企業としては、採用においてもPDCAのサイクルを回したい。あるいは、回さなければならない。しかし、現状では振り返るための技術や方法論が十分にあるわけではなく、不安なままで進めている。不安だと、人間は「いろいろやる」んですよね。適性検査も面接もやって、さらに能力試験もストレス耐性も見よう、と。
しかし、どれがよかったのか悪かったのか、それを判断するロジックや定量的な基準がない。そうなると「来年どうしよう?」と考えるときに、わからないけど新しい取り組みをほとんど直感に基づいて追加してみることになる。採用学がやっていることの実務的な文脈としては、特定の成果変数に対しての影響度合いを棚卸しして、選択と集中ができるようにする、という意味合いが大きいと思っています。
服部:企業においては、儲けるという論理とムダを省くという論理がありますが、人事では後者の論理がまずはわかりやすいですよね。今、おおよそわかっているのは、面接は平均で2~4回くらい、15~40分くらいやっている。これを応募者の人数と単純にかけ算すると、大切なスタッフがこれだけの時間を使っています、とわかりやすく数字で提示できる。これを2分の1とか4分の1にできますというのは、インパクトありますよね。
もちろん、面接は面接である種の基準をすごく高い精度で測っているのかもしれない。しかし、それが本当に採用プロセスの中で測りたいものなのか?という話を、ぼくらが言うというより、データを見せると現場が気づくんですよね。「なんでここは相関していないんだろう」「俺らは何をしていたんだろう」と。そういう瞬間がすごく大事で、データそのものが相関していないということよりも、その後にくる「私たちのやってることは……?」というロジックを考えることが大切。
――その中で、データはどのような役割を果たしているのですか?
服部:データそれ自体は、何も言い表していません。たとえば「血圧が120」ということ自体には意味がなく、「前回の100と比べて20も上がった」というように自分自身の現状や軌跡を知るために使うのが健全だと思います。われわれの役割のひとつは、直感的な判断をせず、数字が持つ怖さをなるべく排除して、議論の中でデータを読み解くために寄り添って行く、ということにある。
私たちが初めから「いい結果」「悪い結果」を提示すると、そこにロックインされてしまうので、代わりにグラフや数字が「なんでこうなるんでしょうか?」という質問をします。こちらの問いかけがフィードバックになっていて、それに対するフィードバックが実務家からもある。そういうリフレクションの繰り返しの場を作って行きます。「なんで80点だったのか?」「なんで相関していないのか?」ということに、当然、われわれも答えはわからないし、相手も答えを持っていない。
伊達:採用学プロジェクトのやれることは、問いを発掘して行くこと。解決するのが僕たちではなく、たとえば採用担当者の方と一緒に考えるべき問題だし、そこで答えが出ないのであれば、採用支援企業にも一緒に入ってもらう。そういうコミュニケーションのプラットフォームを作るのが採用学のスタンスですね。
服部:私自身はデータの分析はできるが、現場のことは知らないし、人事制度に落とし込むのにふさわしい直感を持っているわけでもない。一方で現場の人は、どんなデータがあるか知っていて、問いもモヤモヤと持っているが、それを解く術を知らない。だったら解決のアイデアを持つ相手を含めた3者が組めば、新しいものが生まれる可能性が高い。
その3者が議論するときに、われわれが抽象的な理論だけを押し付けてもダメだし、現場の言葉だけを並べられてもわからない。そのときに、直感的にわかりやすい数字というものが非常にいい思考材料になる。もちろん、わかりやすく高い低いとかが出てしまうところが、数字の恐ろしさでもありますが。
伊達:議論の交通整理をする感じですよね。現状として、本質的に採用をよくするためのコミュニケーションが発生しづらい。その交通整理というか、具体的にどういう課題があるのか、というのをみんながわかるような言語の形態やデータに落とし込んで、それを基に話し合えば、ある程度は今よりは建設的な議論ができてくると思います。
――今後に向けて、目指して行きたいことは。
服部:今の採用学では、まずはひとりの人が2~3年でパフォーマンスを出せるまでのミクロデータを説明しようとしています。少し先の話になるが、この先にさらに企業の業績が上がるというのがあればよい。今は個人個人のパフォーマンスの集積があれば企業の業績もよくなる、という論立てでやっている。
伊達:自分たちのビジョンとしては、採用の効率化をもっと普及させたいが、考え方の普及、啓蒙とかはどうしても限界がある。たとえば今日のような話を、使いやすい、使いたい、と思えるようなツールに落とし込む、ということがひとつの方向性としては考えられます。
もう一点は、底上げとして、データに対する姿勢や考え方を育むような講座やトレーニングは、同時並行でやっていきたい。シンボリックな成果を作る、パッケージに落とし込む、講座やトレーニング、この三位一体で進めて行くことになると思います。
服部:マーケティングの分野では昔から言われていることですが、採用においてもアーリーアダプターはごく一部しかない。それが地方の企業など、超ビッグ企業じゃないことも多い。そういうところから生まれてくるイノベーションを、われわれとしても大切にしていきたい。ただ、そこだけをやっていても世の中はよくならないので、トップランナーと1対1をやりながら、同時に普及・底上げも進めて行きたいですね。