総合人手不足は問題か 雇用の流動化を進めるチャンス
人手不足で大変だという議論がある。このままでは成長が止まってしまう。深夜営業ができなくて大都市間の国際競争に勝てない、福島第一原発事故収束、震災復興、東京オリンピックのための工事もできないなどという議論がある。
考えてみると、1960年代末、80年代末にも人手不足で大変だという議論があった。
60年代末の議論は、賃金が高騰して国際競争力が低下し、成長ができなくなるというものだった。そのころ私は学生だったが、奇妙な議論だと思ったものだ。成長の目的は豊かになることだ。賃金が高騰するとは豊かになるということだ。目的が達成できたのだから、良いではないか、なぜ人手不足が問題なのかと思った。賃金が先進国並みになる前にもう成長ができなくなるのなら困ったことだが、先進国に学んで高い賃金になるまで頑張れば良い。
80年代末、人手不足で若者は企業からちやほやされて楽しかった。若者の親たちも子供の就職状況が良くて喜んでいたはずである。もちろん、その好景気がバブルだったから後で困った訳だが、景気が本当に良くて人手不足なら、人を採らなくてはならない社長以外の人々には良いことだ。
日本人のほとんどは、他人に雇われているサラリーマンなのだから、なにも社長の立場で考えることはない。社長の立場で考えても、人手が欲しいのはモノが売れているからである。売れるから人手不足になるので、売れないよりもずっと良いではないか。
さて、今回の人手不足である。もっとも、まだまだ急に言われ出したことで、60年代末や80年代末に比べても、人手不足になって日が浅く、賃金高騰の程度もわずかである。
図は、リクルートジョブズ「アルバイト・パート募集時平均時給調査」の結果を見たものである。この調査は、販売・サービス系、フード系(飲食店)、製造系などの職種ごと、首都圏、東海、関西の都市圏ごとのデータがあるが、図では3大都市圏の全職種全体(平均)の動きを見ている。
(出所)リクルートジョブズ「アルバイト・パート募集時平均時給調査」 拡大画像表示時給が高騰していると言われているのだが、一番低かった2011年4月の935円から14年4月の947円に「高騰」しているに過ぎない。金額にして12円、率にして1.3%に過ぎない。全体でなく、職種ごとに見ても高騰はわずかである。人手不足が喧伝されるフード系でも、一番低かった11年4月の円から14年4月の926円に33円「高騰」しているに過ぎない。この程度の上昇を高騰というのは日本語の使い方の誤りである。
時給は1000円以下に過ぎず、これが本当に高騰して時給1500円になっても、年に2000時間働いて年収300万円にしかならない。しかも、保険も年金もついていない。この程度のことで賃金が高騰して大変だというのはおかしい。
東京・渋谷においてファーストフード店員などが行った時給引き上げを求めるデモの様子(AFLO)人手不足になって賃金がわずかでも高くなったのは、今まで不本意ながら、他に働くところがなく、安い賃金で働いていた人が、より高い賃金を提示してくれる企業が現れたので、そこに移ったからだ。より高い賃金を提示できる企業は生産性の高い企業、低い賃金しか出せない企業は生産性の低い企業である。労働者が、生産性の低い企業から生産性の高い企業に移れば、経済全体の平均の生産性は上昇する。
また、賃金が上がるので、今まで働いていなかった人々も働き出す。すなわち、より多くの人が働くことでGDPが増大する。
さらに、一般に人手不足は、労働条件の悪いところで起きている。そこの賃金が上がるのは、今まで賃金の低かった人たちの賃金が上がるということである。これは所得分配を平等にする。
すなわち、生産性が上がるか、働く人が増えて生産物が増えるか、所得分配がより平等になるか、いずれか、あるいはすべてが同時に起きている。いずれにしろ、良いことである。
これまで大量の人材プールから人を採って使い捨てにしていた企業も、人を育てることを考えざるを得なくなる。企業の要求についていける人間だけを選び出すのではなく、無茶な要求を止めて、人材を育て、生産性を上げることを考えざるを得なくなる。多くの企業が、非正規社員を正社員化し、人材教育を施し、生産性を高めようとしている。これも良いことである。
深夜営業ができなくて国際都市としての競争力が落ちると心配している人もいる。しかし、すべての人が深夜働く必要もない。深夜労働が本当に生産性を高めるなら、その人々は高賃金を得られ、高賃金の人にサービスする深夜営業の飲食店は高い料金を請求でき、そこで働く人にも高い賃金を支払うことができる。おそらく、深夜でも安く人を雇えたので、生産性の低い深夜労働が行われていたのだろう。こういう営業がなくなっても国際都市間の競争に勝つには何も困らない。
ロンドン、ニューヨーク、香港と戦っている人は、夜中に高い酒を飲み、高いメシを食べていると私は思う。牛丼や100円ハンバーガーで世界と戦っている訳ではない。
人手不足で雇用は流動化
アベノミクスの第3の矢の成長戦略では、雇用の流動化が大きな柱になっている。雇用の流動化は第1次安倍政権の時からの課題であったが、反対が大きく進展していない。経済成長は、より生産性の低い仕事からより高い仕事に人々が移ることによって実現する。だから、雇用の流動化が成長戦略の柱になるのは当然のことだ。
しかし、人が余っている時に雇用の流動化をしようとしてもうまくいくはずがない。流動化とは首切りだとしか思われないからだ。人手不足の時なら、雇用の流動化とは生産性の低い仕事から高い仕事に人々が移ることだと正しく理解されるだろう。人手不足になれば、自然発生的に雇用の流動化が進む。
福島第一原発事故収束、震災復興、東京オリンピックのための工事をどうするのかという批判もあるかもしれない。これについては前にも書いたので繰り返さないが、不要不急の工事をするから人手が不足する。原発事故処理についての、地下水流入を遮断する工事など、するべきことはしなくてはならないが、住民も望まない巨大防潮堤や人が住むかどうかも分からない高台工事を止めるべきだ。新国立競技場の斬新すぎるデザインは変更しないようだが、職人不足の時に、予定のコストで建設できるのだろうか。