裁量労働制では絶対に「頑張り」を評価してはいけない理由

総合裁量労働制では絶対に「頑張り」を評価してはいけない理由

裁量労働制の是非を巡る議論が尽きない。筆者自身は裁量労働制の効果を支持する立場にあるが、それには裁量労働制を導入する際に、絶対にやってはならないことがある。その具体的な内容や理由を説明する。(株式会社識学代表取締役社長、組織コンサルタント 安藤広大)

裁量労働制は
労働者にとっては不利な制度なのか

厚生労働省が作成したデータに不備があったということで、本国会では裁量労働制の法案が成立することはなくなりました。

厚生労働省が用意した「裁量労働制を導入した方が残業時間は短くなる」というデータの調査方法に不備があったという理由によるものです。

「裁量労働制を導入した方が残業時間は短くなるというのはウソで、本当は長くなる。そして、裁量労働制を導入することで、労働者は無制限に長く働かされることになり、過労死を生み出温床になる」というのが、今の世の中のメインの論調というところでしょうか。

裁量労働制は、本当に経営者が労働力を安く使うための、「労働者にとってデメリットしかない仕組みだ」と言えるのでしょうか。そのように結論づけて、この法案が二度と日の目を見ないとしたら、少々もったいないような気がします。

裁量労働制のキモは「時間ではなく、成果で給与が支払われる仕組み」であるということです。

報道されている記事を見ていると「実際の労働時間がどれだけなのかに関係なく、労働者と使用者の間の協定で定めた時間だけ働いたと見なし、労働賃金を支払う仕組み」ような、労働時間に対して給与が支払われないという事だけが強調されている記事が目立ちます。

しかし、繰り返しますが、キモは給与の支払われる対象が変わるということなのです。「労働時間」に対してではなく、「成果」に対して支払われる仕組みであるということです。

それでは、なぜ今、時間に対してではなく、成果に対して給与が支払われる仕組みに切り替えて行かなければいけないのでしょうか。なぜ、有権者である労働者からの支持が下がるような法案を通そうとしなければいけないのでしょうか。

答えは簡単です。日本の競争力が下がってきているからに他なりません。

筆者が裁量労働制を
支持する理由

少し別の視点でイメージしていただきたいのですが、皆さんが原始時代に狩猟民族として生きていると想定します。

そこで、Aという村では、「獲物を狩ったものにしか食料は与えられない」というルールが設定されるとします。

一方で、Bという村では、「獲物を狩りに行っている時間」に対して食料が与えられるというルールが設定されるとします。つまり、B村では、獲物が狩れなくも一定時間取り組んでいれば、たくさん狩った人から分け前を、時間に対してもらえるという仕組みです。

1年後、A村の村民とB村の村民では、どちらの方が狩りがうまくなっているでしょうか。そして、両村の獲物を獲得できた総量はどちらが上回るでしょうか。そして、どちらの生活が潤っているでしょうか。

答えは明白です。A村でしょう。狩らなくても食料が獲得できるのと、そうでないのでは、当然、「狩る」ことに対する集中力は変わってきます。結果的に「狩る」能力の成長速度に大きな開きが出るでしょう。

そして、A村は潤沢に収穫がありますから、セーフティーネットもしっかり敷けることになります。体調が悪くて狩りに行けない人、まだ、狩りを始めたばかりの人に対して、最低限の生活ができるように潤沢な収穫から分けることもできるのです。

「獲物を狩る」ということに例えましたが、今も昔も変わらずに、「獲物を狩る」ことができない人が糧を獲得し続けることはできません。村に潤沢に糧があるうちは、他の人が獲得した糧を分けてもらえればいいですが、村全体で「獲物を狩る」能力が下がって、糧が減少してしまったら分けることは難しくなります。

世界の労働生産性ランキングで、日本の順位は下降の一途をたどっています。

日本の財政状況を見ても、このまま下降を続けると、「獲物を狩る」ことができていない人に糧を分け続けることは難しくなってくることは明白です。

ここで、必要になってくるのが、対価の決定要因を「時間」から「成果」に変換していくということです。労働者にとって厳しいことのように聞こえるかもしれません。不利なことのように感じるかもしれません。

しかし、事実は、「獲物を狩る」ことができなければ、自ら獲得できる糧は減り続けることになるのです。そうだとすれば、時間ではなく、成果にコミットし、成果をあげる人間になるための日々を過ごす方が、実は労働者にとっても未来を見据えた時にプラスになるのです。

以上のことから、筆者は、裁量労働制の世の中になっていくことを支持しています。一人ひとりの生産性の総和が日本の生産性です。一人ひとりが時間でなく成果にコミットし、生産性を高めていかなければ、日本の国際競争力は低下の一途を辿るでしょう。

裁量労働制がうまく機能する
一番大切なポイント

ここで、1点だけ注意が必要です。これが、筆者の考える裁量労働制がうまく機能する一番大切なポイントです。

そして、このポイントを間違えなければ労働時間も減少するはずです。

そのポイントとは「プロセスは成果の良し悪しを判定する材料に入れない」ということです。

「成果」という言葉の定義を揃えておきます。成果に対して給料を支払う仕組みについて、お話ししているわけですから、ここでの成果という言葉は、会社からの評価と同義です。

裁量労働制であるにもかかわらず、成果に該当する会社からの評価をする際に、プロセス、つまり、「頑張っているかどうか」が加味されてしまうのが、この仕組みがうまくいかない最大のポイントであると言えます。

要するに「長く働くこと自体」が「求められる成果」となっているために、「裁量」を使って長く働くということになってしまうということです。

裁量労働制を取り入れるのであれば、プロセスの評価を一切してはいけません。

無機質な事実、結果のみで評価する必要があります。そして、プロセスに、裁量を与えるのです。

このようにすると、間違いなく労働生産性は高まります。なぜ、断言できるのか。結果でしか評価されませんから、無駄な休憩や、無駄なアピールの時間がなくなるからです。

このあたりは、過去記事(『残業を減らしたければ部下の「頑張る姿」を評価するな』)を読んでください。

実際、弊社の場合は見込み残業制を敷いておりますから、裁量労働制に近い形です。30時間の見込み残業時間を超えることは、ほぼないので、結果に対する評価だけで給料が決定する仕組みです。

実態は、平均残業時間は20時間以下、大企業から転職してきた社員たちが驚くくらいのホワイト企業です。

社員にヒアリングすると、

「早く帰ることに罪悪感が全くない」
「残ってもそれがなにも評価されないことがわかっている」

という答えが返ってきました。

つまり、彼らは前職では、少なからず罪悪感やアピールで長時間働いていたということです。

働く時間が短いから成果が少ないかというと、そんな事はありません。一人当たりの売上額は順調に伸びています。つまり、生産性も高まっているのです。

プロセスや頑張る姿を
「評価」してはならない

裁量労働制というのは、労働時間を短くし、生産性を高めるのに適した仕組みであります。

もちろん、生産性を高める仕組みですので、「求める成果の量が増えすぎる」、「与える仕事の量が増えすぎる」と、当然、労働時間は長くなってしまいます。

しかし、時間に対して対価が支払われていた時と「同じ成果」を求めるのであれば、間違いなく労働時間は短縮します。

ただし、短縮するのには条件があります。あえて何度も繰り返しますが、それは、成果にプロセス評価を加えないことです。

裁量労働制がうまく機能する唯一の方法は、頑張る姿やプロセスを評価せずに、結果(事実)のみで評価することなのです。