大災害が起きた時に社員の安全を守る 人事が知るべき「帰宅困難者対策」とは

総合大災害が起きた時に社員の安全を守る 人事が知るべき「帰宅困難者対策」とは

2011年3月11日に「東日本大震災」が発生した際、首都圏では鉄道などの交通機関が停止し、多くの人たちが徒歩で帰宅するなど、大規模な帰宅困難現象が起こりました。しばらくして一部の交通機関が復旧したため、大きな混乱には至りませんでしたが、今後さらに大きな地震が起きた場合、どのような事態が予測されるのでしょうか。また、企業はどのように従業員の安全を守ればいいのでしょうか。都市防災に詳しい東京大学大学院工学系研究科准教授・廣井悠先生に、お話をうかがいました。
廣井 悠さん 東京大学大学院 工学系研究科 准教授

Profile

ひろい・ゆう●東京大学大学院工学系研究部都市工学専攻・博士課程を中退、同特任助教、名古屋大学減災連携研究センター准教授を経て、2016年4月より現職。同年10月東京大学卓越研究員に選択、11月JSTさきがけ研究員(兼任)に採択される。著書に『災害であなたが帰宅困難になった時のために』(清文社)『これだけはやっておきたい!帰宅困難者対策Q&A』(清文社・編著)『みんなで備える地震防災』(東京法規出版・監修)などがある。

「首都直下地震」と「南海トラフ巨大地震」では求められる対応が異なる

―― 将来的に「首都直下地震」や「南海トラフ巨大地震」の発生が予想されています。実際に発生した場合、どのような事態になるとお考えですか。

まず「首都直下地震」は、行政の被害想定などでは一般にマグニチュード7クラスの地震が警戒されています。「関東大震災」とはメカニズムの違うタイプの地震で、都心や東京湾の北部を中心に大きな被害が起きる可能性が強調されています。仮にこのような強い揺れが東京中心部で発生した場合、建物の倒壊に人が巻き込まれたり、オフィス内で什器に人が押しつぶされたりするなど、多くの死傷者が出ることが予測されます。

また、国などの被害想定によれば「南海トラフ巨大地震」は、さらに巨大な地震になると予測されています。陸地近くで発生する可能性があるパターンは、最悪の場合、大きな津波や建物の崩壊、火災などが起こり、「関東大震災」「阪神淡路大震災」「東日本大震災」がまとめてやってくるような状況になることも考えられます。

「首都直下地震」と「南海トラフ巨大地震」とでは被害の状況が異なるので、生活や産業に及ぼす影響も中長期的に違ってくると思われます。例えば「南海トラフ巨大地震」が発生した場合、「仮住まい」が相当数足りなくなることが考えられます。起きると想定されている地域には人口が減少しているエリアも多く、賃貸住宅の数が少ないからです。地震による被害で自宅に住めなくなる人が大勢出た場合、既存の賃貸住宅では受け入れきれず、人々は広域に移動せざるを得なくなるでしょう。すると、その地域で働く人は減少し、地域の産業も大きなダメージを被ることになります。実際「東日本大震災」の際も、津波の被害を受けた地域では工場を別の地域に移そうとする計画がありました。企業が移動すると、雇用者も移動します。また雇用者が移動すると、小売店も移動することになります。大地震が起きると、産業の配置、居住地の配置が変わってくる可能性が高い、ということです。人も企業もなくなり、地域が消滅する可能性すら出てきます。

それに対して「首都直下地震」が起こった場合、東京を中心とした首都圏には賃貸住宅がたくさんあるので、自宅に住めなくなった人は千葉県や埼玉県、あるいは東京都の郊外部など、近距離に移動する程度で済むかもしれません。その後、東京都区内の土地・建物が再開発されたら、以前よりも収容能力が高くなることも考えられます。すると働く人たちがまた戻って来るので、東京の雇用吸収力はさらに強くなるかもしれません。

中長期的に見るとこの二つの地震は異なった問題を抱えている、と言えます。「南海トラフ巨大地震」は、明日起きるかもしれませんが、20~30年後に起きる可能性が高いと言われています。そのもとで津波・建物倒壊・火災の三重苦に加え、その後の地域継続や住まいの問題が存在します。地域の「復興」という、数十年かけて行わなければならない非常に大きなテーマに直面することになるのです。「首都直下地震」の問題は、いつくるかわからないので、火災と建物倒壊による人的被害にいかに対応するのかが中心に議論されることが多い。いわば「短期決戦」です。いつ地震が来るのか分からないので、建物の倒壊対策、耐震補強、什器・家具の固定、帰宅困難者対策など、都市計画の問題として考えるよりも、被害をどのように減らすのかを考える傾向にあるようです。

地域の防災対策は企業にとっての新しいモデルケース

―― 「南海トラフ巨大地震」は、かなり広範囲に及ぶ問題なのですね。今回は焦点を絞って、東京を中心とした「首都直下地震」に関してお話をうかがいます。実際に地震が起きた時、企業にはどのような影響があるのでしょうか。

企業に対する影響は、大きく二つあります。一つ目は帰宅困難者によって引き起こされる、広く国や地域に対する影響です。地震が起きてみんながいっせいに帰宅しようとすると、歩道は過密状態になり、車道は大渋滞となります。その結果、群衆雪崩などの人的被害が発生してしまう可能性がある。また、消防車や救急車など災害対応の車両が動けなくなるので、ケガ人や火事への対応が遅れます。つまり、助けられるはずの命や、消すことのできたはずの火災に対応できない状況になってしまうわけです。

災害直後、行政はファーストプライオリティとして、埋もれている人を助ける、火災を消す、といったことしかできません。そのため、私たちは公助ではなく自助と共助によって、帰宅困難者対策を講じなくてはなりません。つまり、地域社会における被害を軽減するには、企業と個人が対応しなければならないのです。ところが、企業はどうもこの点に関する問題意識が低い。「なぜ企業が社会的な問題に率先して取り組まなくてはならないのか」と考える企業は少なくないのです。

もう一つは、BCP(事業継続)の問題です。電車などの交通機関が2~3日止まると、多くの社員が出勤困難になり、事業を継続できない企業が出てくることも予想されます。そのため、企業にとって帰宅困難者対策は不可欠です。では、具体的に何をすればいいのかというと、それは単純に帰宅困難者を社内に留めることです。

廣井 悠さん 東京大学大学院 工学系研究科 准教授

しかし、ここで一つ問題があります。行き場のない「屋外滞留者」への対応です。東京都による推計では、首都圏直下地震で92万人の屋外滞留者(行き場のない帰宅困難者)が発生する、とされています。この人たちを受け入れることは、社会のためにはプラスですが、事業継続を考える企業にとってはマイナスとなります。この点にどう折り合いを付けるかが、企業にとって大きな課題と言えるでしょう。ちなみに現在、屋外滞留者92万人に対して、一時滞在施設で収容できる数は30万人といわれており、その差62万を受け入れる施設が不足しています。

行き場のない人たちは買い物客や観光客がほとんどですが、この人たちを企業が受け入れることは、地域の安心・安全性を示す上で効果があると思います。企業に対するプラスの効果も大きいでしょう。特に外国人観光客には、効果があるのではないでしょうか。外国人に対する対策としては、無事に本国へ送り届けることも大事ですが、地震が起きた際の対策をしっかりと作っておき、「安心して日本に来てください」というメッセージを伝え、アピールすることが大切だと思います。

―― 今まで、地域のために企業が防災対策を行うようなことは少なかったのではないでしょうか。

その通りです。BCPにしても、自社の事業継続を守るための自助の取り組みです。また、CSR(企業の社会的責任)は広報的なアピールの側面が強くなっています。そういう意味で、地域全体のための防災対策は企業にとって新しいモデルケースと言えるでしょう。

「阪神淡路大震災」以降、密集した市街地の改善、耐震補強などが重要視されるようになりました。ただ、住宅は個人の資産なので、行政が直接的に予算を投じることはなかなか難しい。そこで、住民たちに防災意識に目覚めてもらい、安全・安心な住宅にしてもらおうとしました。

さらに「東日本大震災」を経て、都心の業務地区などでは、地域のために企業はどう貢献するのか、という新しいモデルが出てきました。具体的にどのようなモデルにするのか、現在、手探りで進めている段階です。なかなか進まないのは、まだ企業に「地域貢献に対する経験値」が蓄積されていないからだと思います。

―― 地域への貢献というテーマに関しては、企業の人事もよく理解できていないように思います。

特に、今回のテーマである帰宅困難者対策は、企業にとっても大変なことだと思います。地域社会に根ざした大企業はともかく、中小企業にはなかなか余裕がありません。そのため東京都でも、帰宅困難者対策のあり方の検討会を開催しており、私も座長として参加しています。

ここで特に議論されているのは、中小企業に対してどんなインセンティブを与えるのか、ということ。社員の自社滞留はともかく、屋外滞留者を受け入れることは、短期的には事業継続にとってマイナスです。また、セキュリティの面からも難しいケースが多い。そのような状況で、中小企業に地域の屋外滞留者を受け入れてもらうための方策を検討しています。例えば自治体と協定を結ぶことを条件として、屋外滞留者の受け入れ時に、必要な備蓄品の購入費用の6分の5を東京都が助成する、などです。

また、免責問題への対応も重要です。余震などにより事故が起こった時、受け入れてくれた企業の責任になってしまうと、受け入れること自体がリスクとなり、企業はおよび腰になってしまいます。まだ十分に議論は尽くされていませんが、今後、保険のような形で分散するなど、免責に関するハードルを下げる施策が必要だと考えています。

なぜ企業に「帰宅困難者対策」が求められるのか

―― 廣井先生は災害時に「従業員を職場にとどまらせ、自宅に帰らせないようにすること」を重要視されていますが、あらためてその理由をお聞かせいただけますか。

「東日本大震災」の時、多くの人が徒歩で自宅に帰ろうとしました。その結果、いくつかのスポットは密集状態になりました。しかし調査したところ、歩いて自宅に帰った人の約半数が「時間はかかったが、無事に帰宅できた」と回答していました。また、多くの人が「次に同じ状況になっても、同じように帰る」と回答していました。これは将来的に「首都直下地震」が起きることを考えた場合、非常に忌々しき問題です。

廣井 悠さん 東京大学大学院 工学系研究科 准教授

東京都に勤務するビジネスパーソンが皆、一斉に帰ったとしたらどうなるのかをシミュレーションしたところ、1㎡の面積に6人が存在する過密状態があちこちで発生する、という結果が出ました。これは電話ボックスの中に6人が詰め込まれている、まさに「すし詰め状態」です。また、1時間に3kmも進まないノロノロの大渋滞が、東京23区の主要幹線道路の各所で起きることも分かりました。東日本大震災とは全く異なる状況になる可能性もあるわけです。

「東日本大震災」の時、東京都では最大震度5強でしたが、メールは通じました。それなりに安否確認もでき、建物もほとんど壊れることがありませんでした。ほとんどの人は、時間がかかったけれど無事に家まで帰り着くことができた。この時の「成功体験」があるため、将来的に「首都直下地震」が起きた時、またみんなが一斉に帰ることも十分にあり得ます。しかし、みんなが一斉に帰ってしまうと、強震下では群衆雪崩が起きる可能性が大です。また、建物の倒壊が起きて道がふさがってしまい、消防車や救急車が動けない事態となることも予測されます。

このような事態にならないよう、実は「東日本大震災」が起きる前から、行政では「帰らせない」ことが安全面からも重要であることを強く認識していました。また一方で、企業に事業をしっかりと継続させることが大事であることを方針としていました。ただ残念ながら、その方針が企業には正しく伝わっていません。

しかし、帰宅困難者対策をきちんと実施すれば、被害はかなり防げると考えています。半分の従業員を帰宅させなかったらどうなるかというシミュレーションを行ったところ、過密空間がかなり減少することが分かりました。なおその場合、車も迎えに行かないことが重要です。シミュレーションでは、迎えに行かないだけで東日本大震災の時の交通渋滞を下回る、という結果も出ています。

では、そのために何が重要かというと、企業の人たちはまず自社に留まることであり、その上で、受け入れを希望する屋外滞留者の人たちを受け入れるスペースを確保すること。私は最低限、応急対応や火災対応が本格化する最初の24時間くらいは、留まってほしいと考えています。もちろん、企業には相応の負担がかかりますが、帰宅困難者対策として間接的に災害を減らすことの重要性を、今後は地域の一構成員として認識する必要があるのではないでしょうか。もちろん大企業だけではなく、圧倒的に数の多い地域の中小企業の協力が不可欠であるのは言うまでもありません。

帰宅困難者を定義した上で計画とマニュアルを作成し、訓練を行う

―― 「首都直下地震」のような大災害時に起こる帰宅困難者の問題に対して、企業は具体的にどのように準備しておくべきでしょうか。

事前に計画とマニュアルを作り、それに則った訓練を行い、備蓄をしておくことです。現実問題として、大きな地震が平日の昼間に発生した場合、帰宅困難者が発生する確率はかなり高くなります。そのような事態を想定し、企業としてはまず、帰宅困難者対策の計画とマニュアルを作成する必要があります。

計画を作成するに当たって注意してほしいのは、帰宅困難者に対する「定義」は一様ではないこと。実際、私がある委員会に出席した時、目の前の人と意見が合いませんでした。その人は「道を歩いている人」を帰宅困難者と定義し、それ対してどのような対策が必要なのかを説いていました。一方、私は「施設などに留まっている人」に対して、どういうことが必要なのかを説明していた。これでは、話がかみ合いませんし、定義が違えば、算出される人数も大きく異なってきます。また、その後に打つべき施策も変わってきます。

そのため、計画とマニュアルを作成する際は、まず大前提として「当社で考える帰宅困難者はどういう人なのか」をしっかりと定義し、全員で共有する必要があります。また、社員の中でも高齢者や妊婦のほか、外回りの社員、お客様として来社していた人たち、さらには周辺にいる屋外滞留者など、帰宅困難者として捉える対象や優先度にいろいろな考えがあることが想定されます。自社が考える帰宅困難者はどんな人で、そのためにはどういう対策が必要なのかという計画とマニュアルを、まず作成してほしいと思います。

その次は、帰宅困難者が待機するための「安全な場所」の準備と確保です。避難所の場合は一人当たり1.6㎡が一般的と言われていますが、帰宅困難者の場合、一人当たり2.0㎡で計算することが多いようです。これらの数値を参考にして、「当社ではこれだけの人数が想定されるので、このくらいの場所を確保する必要がある」といった試算ができます。このようにして然るべき場所を用意し、防災用具を装備し、飲料水や食料などの備蓄を事前に準備しておく。その上で、災害時を想定した訓練を実施します。

―― 具体的には、どのような訓練を行えばいいのでしょうか。

帰宅困難者を想定した訓練は、現実的になかなか難しいと思います。そこで、帰宅困難者に対する一時滞在用の図上訓練のキットを考案しました。自社で受け入れるとしたら、どこに受け入れて、どういう対策が必要なのかを体験できる仕様になっています。無料で配布していますので、ぜひご覧になってください。

事前準備をして訓練を行うことにより、社内におけるいろいろな問題や課題が浮き彫りになってきます。例えば、自宅が被災した従業員に「帰らないように」と責任を持って誰が言えるのか、あるいは留まった場合にケガをしたらどうするのかといった、労務管理面での対応などが多々出てきます。BCPを行う上でこのような事態は十分想定できるので、マニュアルを作成していく過程で対応を一つひとつきちんと定めていくことが大切です。帰宅困難者の問題にかかわらず、災害時の対応を企業が行う上で、どういう準備をしなければいけないのかを再確認する良い機会になるでしょう。

実際に災害が発生したとき、企業はどう対応すればいいのか

―― 仮に帰宅困難者対策に対する重要性を人事が認識していたとしても、経営トップがその意味を理解していなければ、なかなか難しいのではないでしょうか。

そうですね。特に中小企業の場合、トップの理解が絶対に欠かせません。このテーマに限らず、経営トップの認識が変われば、組織は大きく変わります。逆にトップの意識が低ければ、なかなか対策は進みません。企業が今のままの状態では、今後、大地震が起きた時、甚大なダメージを被ることになります。そうならないためにも、災害時にどう対応するのかを想定し、帰宅困難者対策を準備しておくことは、経営者として考えなくてはならない必須事項だと思います。

また、現場の人たちが動きやすい環境を作ることも大切です。災害時には連絡網が途絶えてしまうため、トップと連絡が取れないことが予想されるからです。例えば社外の被災者を受け入れるかどうかは、ぎりぎりの判断となります。仮に行き場のない帰宅困難者が大勢いるにもかかわらず、被災者を受け入れないのであれば、自社の評判が落ちることも、残念ですが、ないとはいえません。一方、受け入れた場合も、もし余震で死傷者が出るようなことがあれば、訴訟に発展する可能性があります。災害時には実際にどうするかを「決断」しなくてはなりませんが、このような事態が想定される以上、その決断を現場の人に求めるのは、あまりにも酷なことです。そのため、防災時の対応マニュアルを整備し、災害時にはどう対応するのかを具体的に定めておくことが必要なのです。また、現場の担当者の判断で行ってかまわないことを、事前に決めておくことも重要です。

BCPについては、事前の計画と対応を定めている企業も多いと思います。それに対して、帰宅困難者対策の計画を立てている企業は、ほとんどないのが実情ではないでしょうか。しかし、少なくとも社外の被災者を受け入れるかどうかを決めておかなければ、現場の従業員は困惑します。また当然のことですが、自社の建物の耐震性が低いと、受け入れることや留まることもできません。自社の耐震性や備蓄の有無などを確認して、いざという時は、どこに避難するかを決めておくことも必要です。

―― 実際に災害が発生した場合、企業はどのように対応すべきでしょうか。

廣井 悠さん 東京大学大学院 工学系研究科 准教授

帰宅困難者対策とは、何が何でも社内に留めておくのではない、ということです。重要なのは、従業員の安全確保を第一に考えることです。例えば津波が来ることが予測される地域では、安全な場所に避難することのほうが優先されます。つまり、安全な場所に行き、そこに留まることが大前提なのです。高齢者や妊婦の方などには別途場所を確保しておくのもいいでしょう。そして、留まった従業員には、事業の継続あるいは地域の人たちとの協同作業に当たってもらいます。

このような対応を円滑に行うためにも、さまざまな状況を想定した訓練が必要です。地震の際には、想定外のことが起きます。例えば、屋外滞留者が大挙して押し寄せるようなことがあるかもしれません。あるいは、予期しない火災や余震の発生。私の図上訓練キットでは、このようなさまざまな事態を想定した訓練ができますので、ぜひ参考にしてください。

また帰宅する際には、いかに安全に帰宅するかを考えなければなりません。例えばグループ帰宅や時差帰宅、ヘルメットや運動靴の着用など。社員の家族の安否確認や、家族からの安否確認の問い合わせへの対応など、やるべきことはたくさんあります。いろいろなケースやタイミングを想定して、準備しておくことが大切です。

企業の存在理由として「帰宅困難者対策」は必要不可欠

―― 企業に受け入れ対応を求めてきた「屋外滞留者」には、どのように対応すればいいのでしょうか。

まず大前提として、先ほども申し上げたように、屋外滞留者を受け入れるかどうかを経営判断として事前に決めておくことが重要です。受け入れると決めたら、備蓄なども含めて、受け入れが可能な人数を決めておき、それを超えた場合は地域内の公共施設や別の対応可能な企業へと誘導する。

ただ、余震による被害が起きた場合の責任の所在について考えると、受け入れる時には、免責事項を記した書類にサインをしてもらうことが必要です。また、立ち入り禁止の区域を決めておき、余震が発生した場合の誘導、高齢者の方への対応、備蓄の配分をどうするかなど、さまざまな配慮・対応も求められます。しかし屋外滞留者に対して、これらを全て行うのは難しいでしょう。そのため、ケーススタディなどを設けて、事前に訓練を実施しておくとよいと思います。

―― 最後に、従業員の安全確保のために動くことが求められる企業の人事担当の方々に向けて、メッセージやアドバイスをお願いします。

帰宅困難者対策は表面的な効果が見えにくく、また社会的な対策でもあるためか、企業ではどうしても後回しになる傾向があります。しかし、これからは地域の中で災害が起きた時、みんなで力を合わせて被害を早急に減らしていく、社会的な対応が強く求められます。特に直下型の大地震が起きた場合、東京などの大都市は大混乱に陥ると考えられます。そうした時にみんなで力を合わせて対応し、人的被害を最小で抑えること。そういうことのできる企業がたくさん生まれることが、リスクマネジメントの観点からも非常に重要です。もちろん、そのような企業の活動を行政が支援することも重要です。

日本は諸外国に比べて地震が多く、それが見過ごせない欠点となっています。だからこそ帰宅困難者対策は、その欠点を埋めるためにみんなで力を合わせて強い都市を作っていくための一つの「試金石」であると言えます。その理想像に向けて、企業の方々にはぜひとも頑張ってほしい。

人事担当者や防災担当者にとって、帰宅困難者対策という新たな課題が出てきたことで、実務的には大変になるかと思います。行政や私たちのような研究機関も、対策に向けてのハードルを下げることに日々努力していますので、企業でもマニュアルの作成や訓練など、最低限の準備をしておいて欲しいですね。

「首都直下型地震」が起きた時、それが平日昼間であれば、間違いなく帰宅困難者は発生します。これは東京という大都市の構造上、なくすことはできません。これまで東京をはじめとした大都市は、人が集まることによる「メリット」を享受してきました。しかし、人が集中していることは、災害時に起きる「デメリット」も同時に内包しているわけです。それがまさに帰宅困難者の問題へと端的に現れています。この問題に企業が責任をもって対応することは、企業の存在理由として、これから必要不可欠な要件になるのではないでしょうか。

廣井 悠さん 東京大学大学院 工学系研究科 准教授

(2017年11月7日 東京・文京区の東京大学にて)