「経営」と「人事」に距離がある企業は成長が難しい理由

総合「経営」と「人事」に距離がある企業は成長が難しい理由

「HRテック」――近年このキーワードを耳にする機会が増えている。人材関連分野は、「人がやる仕事」という一般的なイメージとは異なり、AIなどの新しいテクノロジーとの親和性が高い。各企業が人事のデジタル化を急ぐ背景や、導入の課題などについて考察した。

HRテックは、HRM(Human Resource Management:人材マネジメント)とテクノロジーを合わせた造語であり、ITを使って人材関連業務をデジタル化する一連の仕組みのことを指す。金融とテクノロジーを組み合わせたフィンテックと同じ文脈と考えればよいだろう。

人材業務におけるIT化の歴史は意外と古く、工場の労務管理やアルバイト社員の勤怠管理などの分野ではかなり前からシステム化が進められてきた。

だが最近、HRテックというキーワードが注目されるようになったのは、AI(人工知能)技術の進展と無関係ではないだろう。AIを使って、より踏み込んだ分析を行うことで、単なる労務管理のレベルではなく、もう少し次元の高い人材マネジメントを実現しようというのがHRテックの狙いである。

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「HRテック」で人材マネジメントはどう変わる?

特に日本の場合、高齢化と人口減少によって、あらゆる業界で人手不足が深刻化している。新卒採用に苦慮しているのはもちろんのこと、中堅以上の社員についても、人材と業務のミスマッチが発生しており、社内の人材を最適化できていない。

こうした状況を背景に、日本におけるHRテックは、従来型の勤怠管理に加え、採用と人事評価の分野を中心に普及が進んでいる。

HRテックの導入で最初に期待されるのは、人材マネジメント業務そのものの効率化である。人事部門の社員を増やすことなく、より多くの案件に対応できるよう業務を自動化するというものだ。

だがHRテックの普及はこのレベルにとどまるものではない。近い将来、AI技術の進歩に伴って「次の段階」に進む。それは単なる業務効率化ではなく、システムがより能動的に人材業務を行う形態である。人による業務では想像もしなかった成果が得られる可能性があり、HRテックを導入する本当の意義はここにある。

人事部門を「雑用」から解放する

企業のHRテック活用の事例としては、ソフトバンクのAI採用が有名である。同社は新卒の採用業務に米IBMの「Watson」(ワトソン)を導入しており、応募者から寄せられたエントリーシートの採点にAIを用いている。ワトソンにエントリーシートを読み込ませ、合格だった場合にはそのまま通過させ、不合格だった場合には、採用担当者が確認した上で合否を判定する。

同社の狙いはあくまでも採用業務の効率化であって、AIで人を判断することではない。有名企業の人事部門には大量のエントリーシートが寄せられるが、明らかに求める人材と合致しないケースも多く、こうしたエントリーシートを振り分ける作業はかなりの手間となっていた。振り分けという「単純作業」をAIに任せることで、採用担当者は面接や、相手を口説く(入社の動機付け)業務に専念することができる。

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テクノロジーの活用によって人事担当者は「人がやるべき」業務に集中できる

また、システム化を進めることで採用後の検証も容易になる。これまでは採用した人材が、どのように企業に貢献したのか、あるいは採用基準が適切だったのか――こうした検証はあまり行われてこなかった。一連の業務をシステム化することができれば、いわゆるPDCAサイクルの確立も容易になるだろう。

人材サービスのビズリーチは、前述したような総合的な人材管理サービスの提供を始めており、日立製作所やNECといったITベンダー各社も関連のITソリューションを積極的に提案するようになってきた。同じく人材企業のパーソルホールディングスでは、社員のデータを蓄積することで退職予測に生かしたり、社員をどこに異動させると活躍できるのかが分かる異動シミュレーションにも取り組んでいる。

当面はこうしたテクノロジーの活用によって人事業務の生産性を高めていくフェーズが続くことになる。

単なる効率化にとどまらない

だがHRテックの普及がこのレベルでとどまっているわけではない。もっと能動的にAIを活用することで、人材マネジメントそのものの概念を変える新しいフェーズがやってくる。

既にグローバル企業の一部では、さらに踏み込んだ形でのAI採用が実施されている。日用品大手のユニリーバでは、2017年6月以降、AIで応募者を評価する取り組みを加速させている。エントリーシートの選考を廃止し、応募者には12種類のオンラインゲームに取り組んでもらい、集中力、記憶力、性格、考え方などを多角的に判定する。

会社とのマッチング度が高いと評価された応募者はその後、与えられたテーマに対する解答を動画で送信する「デジタル面接」を経て、ようやく対面での面接にたどり着く。

システムの詳細は不明だが、採用後のパフォーマンスなどの情報がAIにフィードバックされ、適性試験のアルゴリズムが動的に変化するようになる(結果に応じて常に最適化される)のは時間の問題だろう。ここまでくると、既存社員の人事評価や、異動の意思決定など、より重要な局面においてもAIの知見が生かせるようになってくる。場合によっては、従来の基準では想像もしなかった人材をAIが推薦してくることになるかもしれない。

ここで重要になるのが、全社的な人事がどのようなメカニズムで動くのかという組織戦略的な視点である。経営学の分野には「組織は戦略に従う」という有名な一節があるが、組織戦略は経営戦略そのものであり、ここにAIが入ってくるということは、経営の意思決定にAIが関与してくることを意味している。

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従来の基準では想像もしなかった人材をAIが推薦してくる?

課題は組織戦略の明文化

つまりHRテックは、この2番目のフェーズに入った段階で、自動的に経営の問題と直面することになるのだ。経営と人事に距離があり、経営戦略と組織戦略がきちんと連動していない企業の場合、HRテックの導入はうまくいかないだろう。

例えば、経営戦略は変わっていないのに無意味に組織だけを変える企業や、経営戦略が変わったのに部署(組織)が同じままだったり、採用基準もそのままという企業などだ。

日本の場合、人事部門の位置付けは企業によって大きく異なっている。人事部門が採用のみならず、評価や異動に対して強い権限を持ち、組織戦略の中核になっているケースと、新卒の一括採用など全社的な業務にのみ人事が権限を持ち、あとは各部門の責任者に権限が分散しているケースに大別される。

しかし、こうした認識(人事の位置付け)が曖昧で、場たり的な対応に終始することも多い。つまり、組織戦略がきちんと明文化されておらず、暗黙知という形でしか社員に共有されないのだ。このような状態でHRテックが本格的に導入されると、少々厄介な事態となる。

戦略が暗黙知のままでは、AIが推薦した採用や昇進の候補者について、管理職が論理的に解釈したり説明することが難しくなる。AIが出した結論は無視する形で前例を踏襲するか、あるいは深く考えることなくその結論に従うかのどちらかに分かれてしまうだろう。

AIが導き出してきた予想もしないプランを評価するのは人間であり、それを採用するのも、無視するのも人間である。組織としてAIの知見を上手に活用するためには、基本戦略は常に明示的に示される形式知(暗黙知の反対を意味を持つ経営学上の用語)になっている必要がある。いわゆる「あうん」の呼吸でコンセンサスを得ていくような、昭和型の組織では、HRテックは十分に効果を発揮しない可能性がある。

しかし、こうした課題をクリアして、HRテックの導入がスムーズに進めば、企業における人事部門はより経営に近い存在となり、体制のスリム化が進む可能性が高い。仕事の大半はシステムが担当するようになり、人事の仕事は、AIシステムの管理やアルゴリズムの調整など、データサイエンティスト的な要素が強くなるだろう。近い将来、人事に求められるスキルは、今とはまったく違ったものになっているかもしれない。