総合イノベーションに求められる人材像
IoTやAIなどのデジタル技術をビジネスの最前線で活用して事業を革新したり、新規ビジネスを創出することに期待が高まっており、経営者やIT部門長はこうした取組みを発案したり、推進したりする人材を求めている。本稿では、企業におけるイノベーション創出に求められる人材像について考える。
イノベーション人材のタイプ
最近、大手企業のIT部門長からよく相談されることの1つに、イノベーション創出を担うことができる人材をどのように育成すればよいかという課題がある。IT部門は社内唯一のIT専門家集団であるため、ITを活用したイノベーションに対して何らかの役割を担うことが期待されている組織の1つであることは間違いない。しかし、現時点でIT部門がその期待に応えられる人材を揃えられているかと問われれば非常に心許ない状況と言わざるを得ない。それでは、イノベーションを担う人材とは、どのようなタイプの人材なのだろうか。
ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン M. クリステンセン氏等が取り組むThe Innovator’s DNAの研究によると、イノベーションを創出するには「発見力に優れた人」、「実行力に優れた人」、そして「その両方をバランスよく持った人」の3つのタイプの人材が必要であると述べている。ここでいう「発見力に優れた人」は、製品、サービス、プロセスに関する革新的なアイデアを創出する役割を担う。「実行力に優れた人」は、発想を具現化し、ものごとを継続的に成し遂げることで成功に導く役割を担う。そして「その両方をバランスよく持った人」は、組織の「翻訳者」として、発想(アイデア)と具現化(技術)の橋渡しを手助けする。イノベーションを生み出す組織は、3つのタイプの人材がバランス良く配置されているのが理想であると述べている。
つまり、企業がイノベーションを創出するには、1人の天才が必要というわけではなく、異なるスキルや特性を持った複数の人材が、互いの得意技を持ち寄ることが有効だということを意味する。特に、既存の事業で培ったノウハウや長年の成功体験を持つ大企業では、人や組織を動かしながらイノベーションを前進させていかなければならず、アイデアだけでは成功を導くことはできない。
また、イノベーション案件は、最初から明確なシステム要件が決まっているわけではなく、仮説を検証しながら軌道修正を繰り替えていくことが求められる。いわば、リーンスタートアップの進め方が必要となるため、チームが機動力を持って動かなければならない。こうした状況を考えると、企業のイノベーション創出には、人や組織を動かしながら全体を統括するプロデューサー、技術的な目利き力と実践力を持ったデベロッパー、そしてアイデアを生み出し、モデル化するデザイナーの3つのタイプの人材が、小規模なチームを組んで取り組むことが有効と考えられる(図1)。

3つのタイプの人材に求められるスキル
それでは、これら3つのタイプの人材は、どのようなスキルを具備していることが求められるのだろうか。イノベーションの創出および推進では、ビジネスとテクノロジを結び付け、アイデアを具現化していくことを考えると、大きく「ビジネス」「テクノロジ」「デザイン」の3つの領域のスキルが必要となると思われる(図2)。
「ビジネス」の領域では、事業全体を俯瞰的に把握し、投資や経営資源の配分などに対して的確な意思決定ができる「ビジネス・マネジメント力」、自社の業界を理解し、ビジネスを取り巻く社会・経済の環境変化と将来動向を読み解く「外部環境把握力」、そして内部・外部の人材・組織を巻き込みながら、人脈を拡大し、必要となる体制構築や予算確保を牽引する「組織牽引力」の3つが求められ、これらは主にプロデューサー・タイプの人材が担うであろう。
「テクノロジ」の領域では、先進的技術や各種要素技術について幅広い知識を持ち、適用可能な技術を的確に評価・選定できる「技術適用力」と、アイデアを迅速に具現化し、それに対するフィードバックを反映して継続的に工夫改善する「試作・改善力」が求められ、これらは主にデベロッパー・タイプの人材が担うと考えられる。
「デザイン」の領域では、市場や顧客の課題やニーズをくみ取って、ビジネスやサービスを発想し、それを有効なコンセプトに発展させることができる「着想力」、アイデアやコンセプトを、分析・組み合わせ・図解・説明などを駆使して、魅力ある企画に仕立て上げることができる「企画構築力」、合意形成や相互理解をサポートし、チームや参加者の活性化および協調的活動を促進させる「ファシリテーション力」が必要であり、これらは主にデザイナー・タイプの人材が担うこととなろう。

IT部門人材の適性
ビジネスの領域に属するビジネス・マネジメント力や組織牽引力については、これまでのプロジェクト管理や、事業部門間の調整を行ってきたIT部門の経験やスキルを活かすことができるため、IT部門の人材がプロデューサーの役割を担うことには大きな困難は伴わないであろう。また、テクノロジの領域に含まれる技術適用力や試作・改善力についても、これまでIT技術の目利き役を果たしてきた経験が役立つだろう。一方、テクノロジの領域のスキルについては、ユーザー企業の人材があらゆる最新技術を研究し、熟知することは困難であったり、プロトタイプの開発を迅速に行うスキルが不足したりするため、ITベンダーの力を借りることも多いと考えられる。その際に、IT部門の人材が他の人材(プロデューサーやデザイナー)とITベンダーの橋渡し役を担うことができるであろう。
現時点においてIT部門に最も不足しているのは、デザインの領域のスキルではないだろうか。アイデアを生み出したり、モデル化したりするには情報システム関連のスキルだけではなく、デザイン思考や未来視点で仮説を設定するスキルを必要とする。着想や企画構築のプロセスも、これまでのシステム構築の超上流工程で行われてきたビジネス分析や要求定義とは異なるアプローチが必要となる。
また、イノベーション案件の多くは、最初から明確なシステム要件が決まっているわけではないため、仮説を検証しながら軌道修正を繰り替えていくことが求められ、アジャイル的にプロジェクトを推進するスキルが必要となる。また、プロデューサーにもデザイナーにも必要な外部環境把握力は、ビジネスを取り巻く様々な環境に目を向ける幅広い視野と、最新の動向や将来の行く先を正しく見極める洞察力が必要となる。
こうしたスキルは、IT部門人材にとって未開拓な領域であるため、学ばなければならいことは多いだろう。しかし、それらはしっかりと学べばよいし、少なくとも一定レベルのIT技術者であれば、それらを身につける基本的な素養(論理思考やモデリングなどの構造表現のスキル)は持っていると考えられる。重要なのは、そうした未開拓なスキル領域を身につけようとする個人の姿勢であり、組織としてはそうしたスキルを身につける機会を提供することができるかどうかという点である。
仕事と人材の相性
特定の仕事に求める人材の要件を考えるとき、スキルも重要な要素ではあルが、スタンスやマインドの方がその相性を左右することは珍しくない。スキルは必要に応じて学ぶなどして身につけることができるが、スタンスやマインドは知らず知らずのうちにしみついていたりして、なかなか変えられないことがあるためだ。
IT部門のスタッフがイノベーション創出の役割を担おうとした場合、あるいは、イノベーション創出ができるような人材を育成しようとした場合、スキルの面よりもスタンスやマインドを変革することが重要であると同時に、困難なことではないだろうか。
ここで、IT人材をエンタープライズ系とシブヤ系の2つのタイプに分けて考えてみよう。人の性質や特徴をステレオタイプに2つに分けて考えるのは少し乱暴なことではあるが、ここではあえて違いをはっきりさせるために分けてみた。
シブヤ系というのは、音楽やファッションの分野の話ではなく、一時期ビットバレーと呼ばれた渋谷に集まったITベンチャーを象徴的に表現したもので、Webアプリやスマホアプリの開発やネット企業のIT技術者をイメージした呼び方である。エンタープライズ系は、いうまでもなく社内の情報システムを安全・確実に開発・運用してきたIT部門の人材を指す。
これも、一概にはいえないことだが、エンタープライズ系とシブヤ系のIT人材の特徴を表にまとめてみた(図3)。

求められるエンタープライズのわかるシブヤ系
図3では、エンタープライズ系とシブヤ系のIT人材のそれぞれの良い点および改善すべき点をあえて特徴的に表現している。こうした特徴は、スキルというよりもむしろスタンスやマインドにおける違いに大きく起因しているといえる。もちろん、すべてのIT技術者がこの2つのパターンにきれいに分類されるということはない。しかし、昨今のデジタライゼーションの潮流に対応していくためには、エンタープライズ系だけでなく、シブヤ系人材の特徴的要素を取り入れていかなければならないと考えられる。
さて、イノベーションを担える組織に変革したいと考えるIT部門長との対話でこの2つタイプの話をすると、その多くは「うちのIT部門にはシブヤ系はいない」と言う。そして次に出てくるのが「エンタープライズがわかるシブヤ系が欲しい」という言葉だ。
たしかに、イノベーション案件のシステムも本番稼働し、顧客や取引先も利用する重要なシステムに成長すれば、アーキテクチャ指向や運用視点は社内システムにも増して重要になる。そのため、シブヤ系ITの俊敏・柔軟な部分とエンタープライズ系ITの堅牢・確実な面の両面を兼ね備えていることは重要となるだろう。現状のIT部門にシブヤ系IT人材がいないというのであれば、社内外から取ってくるか、現有スタッフの意識を変革して育成する必要がある。
その際、IT部門長に進言しているのは、IT部門にシブヤ系を許容する組織風土がなければ、シブヤ系人材を外から連れてきても上手くいかないし、ましてや現存のスタッフの意識は変えられないということだ。IT部門長は、まずIT部門の従来のミッションに加えて、イノベーションへの貢献を目標に掲げ、IT部門の目指すべき姿を明確に示すことが求められる。そして、リスクを取って新しいことに挑戦することを奨励し、エンタープライズ系IT人材もシブヤ系IT人材も、適正に評価し、協力し合うことができる組織体制の構築とスタッフの意識改革を推し進めることが求められる。
企業のIT部門に、イノベーション創出に必要なスキルを備えた3つのタイプの人材が、すべて揃っているということは稀だろう。特にデザイナー・タイプの人材は少ないと考えられる。人材育成には時間と労力を要するため、IT部門長は長期的な視点で人材を育成することに加えて、事業部門や社外から調達したり、ITベンダーと協業したりすることも視野に入れてイノベーション創出に向けた人材戦略を検討しておかなければならない。