総合平野正雄氏&伊賀泰代氏が喝破「人を大切にする日本企業」はウソ
マッキンゼー日本支社長などを経て現在早稲田大学ビジネススクールで教鞭をとり、『経営の針路』を上梓した平野正雄氏。かたやマッキンゼーで採用担当を務めたのち、組織・人事コンサルタントとして活躍し、著書『採用基準』、『生産性』などの著書で組織・人事コンサルタントとして活躍中の伊賀泰代氏が、日本企業がこれから進むべき方向性や経済、組織改革について語る対談の後編。人をどう育てるかに話題は移り、人を大事にする日本企業のウソが暴かれる。(構成/ライター 奥田由意、撮影/鈴木愛子)
Photo by Aiko Suzuki“Good is the enemy of great.”
が通じない日本企業の役員
伊賀 平野さんの本では人材育成についても詳しく書かれていました。日本企業は人を大切にすると言うが、それはウソだという指摘。私もまったく同感です。
平野 先日、日本の超一流といわれている大企業の役員研修を担当しました。たぶん日本ではいいところにお勤めといわれる会社、まして、そこで役員にまでのぼりつめたなら万々歳といった会社です。役員研修に出向くと、なるほど「成功したサラリーマン」としてのプライドと余裕の雰囲気がありました。それで、僕は色々な世界企業の改革事例などを話したうえで研修の最後に”Good is the enemy of great. ”と大きく書かれたスライドで締めくくったんですが、「はあ?」という感じできわめて反応が薄かった(笑)。
あなたたちはグッドでそれで満足しているかもしれないけれど、役員たるものはグレートを目指さなければだめだというメッセージです。「サラリーマンとして大会社に入って役員まで到達したのだから、悪くない人生だよな」とか、「ウチの会社は日本では一流会社で、今年は最高益も出てるし、頑張ってるよな」という「Good company, Good life」で満足せずに、役員たるもの「Great company, Great life」を目指してほしいのです。つまり、グッドはグレートになるための敵、つまり、偉大(great)な企業になれないのは、ほとんどの企業がそこそこ良い(good)に甘んじているからなのです。
また、二つの企業のケースを出しました。ひとつはスマートフォンをつくっている、ファーウェイという世界一の通信機器会社。上場はしていないけれど、強烈なリーダーシップで世界を牽引しようというファミリーカンパニーです。もうひとつは米国のダナハーという、買収のみで大きくなって、買った会社にトヨタ流の改善を徹底的にやりとげて、バリューアップさせ、徹底的な合理性で急伸している会社です。でも、そのケースについて議論してもらったあとのフィードバックは、「我々に無関係だと思った」とか「あんまり参考にならなかった」というものです。学びの姿勢の薄さに衝撃でしたね。会社の決まりだから研修を受けているに過ぎないのです。
伊賀 「Good では生き残れない」という意識が役員レベルでも共有されていないということでしょうか。世界ではどれだけ熾烈な競争が行われているのか、実感として理解されていないのかもしれません。
平野 さきほど(前編)のデット経営ではありませんが、日本の優良企業のトップの「自分も会社もgoodでいい、そこそこの現状維持でいい」という意識が、会社の成長を阻害しています。これに対して、テスラ、グーグル、アマゾン、アリババなどの新興企業はもちろん、GEやJ&Jなどの伝統企業もいかにしてグレートになるのか、高い目標を掲げて邁進しています。
何が違うかというと、CEOが「世界を変える」とか「実現したい世界」という明確なビジョンと野心を持っている。株主の期待をはるかに超えたところを目指しているので、配当もせず、議決権も渡さず、株主の言うことなんか聞いていられるか、自分はもっと先の未来を見ているんだ、という態度です。
日本企業はかつて株主の影響力を排除して長期経営をやっていたら経営が緩んで、今、株主を意識した経営をしろ、と市場や役所に言われている。でも世界企業は、むしろ株主の影響力を排除してまで、長期視点で果敢なイノベーションに挑んでいる。なんだかな、という感じです。
そこそこの現状維持を重んじる
デット文化の日本
伊賀 そこの理解、とても大事だと思います。いまだに日本の経営層には「株主の要求ばかりを意識していると、長期的な成長ができない」といった認識が残っていたりしますが、今や世界を席巻している企業のトップはみんな、「株主の期待値なんて低すぎる」と考えていますよね。
伊賀泰代・組織・人事コンサルタントPhoto by A.S.
で、それに引っ張られて株主側の期待値も引き上げられてしまい、グレートカンパニーであるGEでさえも、ビヨンド・グレートになりきれていないと批判されてしまう。世界では、グレートかビヨンド・グレートかという比較になっているのに、日本ではいまだに「いい会社(グッド・カンパニー)であり続けること」が目標にされていたりする。
これ、平野さんの本にあった、デット文化とエクイティ文化の違いの話が関係してるんだと思います。日本は経営者までもがデット文化で、利子がきちんと払えてデフォルトしない経営を目指している。だからリスクを取って次の大成長を狙いに行こうという意欲が高くない。でも、単一の競争市場で成長志向の人と現状維持の人がいれば、後者は遠からず淘汰されてしまいます。
グローバル企業のトップに日本人がほとんどいないというのも、それを表しているように思います。欧米のグローバル企業のトップに就く人の中には、インドや中国など中進国出身者や、小国の出身者が少なくない。なのに、日本人はほとんどいません。
「新卒で入った日本企業で最後は部長くらいにまではなりたいな」くらいのところで目標が止まってしまい、グローバル企業のリーダーを目指すなんて別世界だと思っているんですよね。これも大きな果実を得るためリスクを取るより、失敗しない人生のほうがいい、というデット文化の表れかなと。
もちろん日本人全員が世界を目指す必要はないけど、少なくとも社会のリーダーを目指す2割くらいの人にとっては「舞台は当然、世界全体」という感覚が、わざわざ口にしなくてもあたりまえになってほしい。
平野 また、日本の優秀な若者は、財閥系や公共系の会社に就職する傾向がまだまだ強いということもありますね。ただ、ここで声を大にして言いたいことは、日本企業が人を大切にするというのは大ウソだ、ということです。実際は、優秀な人を飼い殺しにしているだけです。
伊賀 それは私も『採用基準』や『生産性』の中で何度も指摘しています。セクハラ防止や部下の健康管理の方法など「問題を起こさないようにするための研修」と、偉い人を呼んで講演をしてもらうといった目的や効果の不明確な研修が多く、次世代のリーダーを育てるための実務的、継続的な育成プログラムがほとんどありません。
平野 伊賀さんにも興味を持ってもらえると思ったデータ(右図表参照)を『経営の針路』で紹介していますが、日本の企業が組織開発と人材教育にかける投資額は、他の先進国に較べて格段に低いのです。
伊賀 確かにこのデータ、すごく面白かったので、いろんな人に紹介しました。あと額だけでなく、「人材育成への投資とは何か」という中身についても理解が進んでいません。よくあるのは「英語研修に補助を出す」「会計知識をつけるための通信教育費を出す」などですが、実際には人に投資をするというのは、時給の高い人、つまり経営者がどれくらい人材育成に時間を使うか、という話です。
あとは、優秀な人材が本業に集中できるよう、付加価値の低い事務作業を最小化するための投資。これをやらないから、日本ではできるかぎり自分の専門分野に集中すべきコア人材が、毎月何時間も事務的な書類仕事に時間を奪われている。人を育てるための投資とは何のことなのか、本質的な部分も理解されていないと感じます。
平野 YouTubeにGEのジャック・ウェルチのインタビューがアップされています。ウェルチは、事業のためなら血も涙もなく人を切ることで有名でした。「人だけを消して建物は残す中性子爆弾」になぞらえて「ニュートロンジャック」と揶揄されてきた人です。そのウェルチが「GEとは何ですか」と聞かれて、“My product is people.”、つまり「人だ」と答えている。
リーダーを育成することが自分たちの使命で、経営の中枢は人だと。GEは120年あまりの歴史上10人しかトップがいない。長い時間をかけてリーダーを育成することこそが経営の中枢にあり、その結果、事業は成功し、企業が成長する。場合によっては、事業はすっかり入れ替えてもいい。なぜなら事業は競争状況や技術の変化によって成長の限界を迎えるから。リーダーシップ人材こそが経営の核であり、企業の持続的発展をもたらすものだ。だからリーダーの育成にトップの時間も会社の費用も傾ける。人を中心にした経営とは、そうあるべきです。
伊賀 欧米の企業には長期の人材教育を根幹に据えた企業が多く、企業内大学も多いですよね。ヨーロッパ屈指のビジネス大学であるIMDもネスレが母体ですし。
平野 人は採ったら適当にローテーションして、社内の評判と、ちょっとした業績とを合わせて役員候補にして、そして慌ててリーダー教育をする。日本ほど人を大切にしていない経営はないんじゃないか(笑)。
伊賀 私もよく、「役員向けにリーダーシップの講演を」といった依頼を受けるのですが、いったいどういうことなのかと思います。リーダーシップを今から学ぶような人が役員になっていていいんでしょうか(笑)。彼らはむしろ、次世代のリーダーを育てるべく、リーダーシップを発揮している側の人のはずです。
講演なんて聴いているヒマがあったら、次の経営層である部長たちをグローバルな事業を率いるリーダーにするために、これからどんな経験をさせるべきなのか、そういったことを考えるのに時間を使うべきです。
平野 おっしゃる通りでね、僕はマッキンゼーのパートナー(役員)を選ぶ委員会の委員をやっていたことがありました。当時は年間70人ぐらいパートナーを選ぶのに、年に2回選抜をします。僕は遠く離れたヒューストンとアトランタとメキシコシティのオフィスが担当だったのですが、それぞれの地に行って、候補者にインタビューして、来歴や業績を全部理解するというのにまず最低1週間かける。そして整理したものを持ち寄って委員が集まって、誰をパートナーにするか決める会議を、最低1週間かけてやる。
なぜなら、パートナーの選抜とは「マッキンゼーの未来を作ること」だという重大な使命感がそこにあるから。それが年に2回ということは4週間で、その準備の資料を作ることも入れると、結局年に1ヵ月強を、現役のシニアコンサルタントが人のフェアな評価と会社のために時間を使う。リーダーの育成と選抜とは、そのくらい会社の根幹なわけですよね。
伊賀 役員クラスの人間があれだけの時間を人材育成のために使う、というのは、私も驚きました。日本企業は人への投資に熱心と言われますが、新入社員向けに長すぎるほどの研修を行い、それによって自社の社風に染めていくとか、現場の新人に細かい技能を身に付けさせるための指導といったものが多く、一定以上のポジションになった人を戦略的に育成するという意識はまだまだ非常に希薄です。
どこに向かって競争力を高めるか
リデザインすることが組織改革
平野 データでも出しましたが、人材への投資と並んで組織への投資もしていませんね。組織は単なる人を入れる箱で、それを定期的にいじって、こっちの箱の人をこっちに移すとか、この2つの箱を一緒にするというのが、日本の組織改革なんですよ。
組織を革新していくことがどれだけ経営にとって重要か。組織を革新するということは、働き方そのものを変えていくことです。働き方を変えて、人の評価のしかたを変えて、戦略に合わせて、その組織のモデルを変える。全般にどこへ向かって競争力を高めていくかをリデザインすることが組織改革です。でも、日本企業はその意識が非常に低い。だから人材教育とともに組織開発にも時間もコストもかけない。単なる部の統廃合でしかない。
伊賀 社内の電話番号表の構成を定期的に変えているだけ、みたいな(笑)。
平野 人を育てることを経営の中枢に置くという重要性。それから組織そのものが競争力に直結するという理解。この2つが決定的に日本の企業には欠けていましたね。
それからいまの時代、世界的に富の格差が大きくなって、資本主義や市場主義の問題が露になっている。また、巨大企業はグローバル化を推進して、超国家的な存在になってきている。そのとき、経営には第三の柱としてエシカルであること、倫理性というものが重要になってくる。これはエコノミーを見る時のように数字で測定不可能だし、コンプライアンスのようにルールを守ってさえいればいいということでもない。誰かに決めてもらうものではなく、うちの会社はこういう理念でこういう価値観なのだと、自分たちで決めるものですね。そしてその企業の理念や価値観が組織に浸透することで、はじめて多様性のある人々をまとめていくことができる。
そのためにも、人材教育や組織改革を通して、その理念や価値観、この会社にいる意味はなにか、われわれは社会に対してなにをすべきか、ということを共有していくような組織、経営になっていくべきですね。それはもちろん細かいルールではなくて大きな根幹部分の価値観を理解したら、あとは個々人がそれに沿って行動したり考えたりするというものです。それには、伊賀さんの本でいうように、一人ひとりがリーダーシップを持たなくてはならないのはいうまでもありません。
伊賀 これからの企業経営を考えるための平野さんの本で、最終的な処方箋のひとつとして組織や人材育成という分野にスポットが当たったことは、その分野を専門とする私にはとても嬉しいことです。そういえばマッキンゼー出身の茂木敏充経済担当相も「人づくり革命」をスローガンに掲げていらっしゃいますし、今後は日本でも、もっと本質的な意味での人材育成に注目が集まるといいなと思います。今日はどうもありがとうございました。