最新の脳科学とモチベーション理論を応用した人事評価制度〈後編〉

総合最新の脳科学とモチベーション理論を応用した人事評価制度〈後編〉

アパレル業界のリーディングカンパニーであるギャップジャパンは、従業員の意識改革や、新たな働き方の定着に向けて、2014年に最新の脳科学研究に基づいた新たなパフォーマンスマネジメント制度(GPS)を導入した。この新たな制度を推進してきた、ギャップジャパン人事部シニアマネージャーの佐藤陽子さんに、新制度の特徴や、導入後の社内の変化についてお聞きした。

チャレンジングなゴールを自ら考え、取り組んでいる
パフォーマンスマネジメント制度(GPS)とは

『Growth Mindset(成長させる考え方)』を基盤とした、従業員のパフォーマンス向上をめざすパフォーマンスマネジメント制度(GPS)。具体的には、どのような特長があるのだろうか。佐藤さんによると、4つの要素があり、『パフォーマンススタンダード』で社員に求められる行動や考え方の基準を共有し、『ゴール設定』、『対話とフィードバック』、『報酬』というプロセスを通じて従業員の成長を促進し、パフォーマンス向上を進めているという。
「まず1つめの指標『パフォーマンススタンダード』では、新たに設定したパフォーマンス目標の考え方(基準)を言語化しています。それが、『高い目標を掲げること』『誠実さを忘れないこと』『努力を惜しまないこと』『会社の価値観を大切すること』『失敗から学ぶように努力すること』『マネージャーは部下のやる気を高め、成長を促すフィードバックをすること』というポイントです」
「従来のように結果達成だけを見るのではなく、会社の成長につながる内容でチャレンジしているか、失敗から速やかに学び、次の行動目標を実行しているかなどを見るようになりました。
実際に『パフォーマンススタンダード』ができたことで、従業員も上司も結果だけでなく、そのプロセスや取り組む姿勢を、より重要視するようになりました。結果は外的要因で変動しやすいものもありますが、本人がどのように取り組んだかは、ほかの要因によって変化するものではありません。しっかりと従業員の成長に焦点をあてた会話が上司と行われるようになったと思います」
「2つめの要素である『ゴール』では、目標の期間などを柔軟に設定できます。従来の制度では、評価と同じく1年単位の目標でしたが、GPSでは1年というしばりはなく、3ヵ月や6ヵ月の短期間でもいいし、複数年でもかまいません。また、何をいつまでにやるかというような固定的でタスク的な目標ではなく、ビジネスにどんなインパクトを与えるかという実効性を重視した目標を考え、難易度の高い、頑張らないと達成できないような自身の成長につながるゴールを自ら設定するようにしています。そのため、以前のように多くの目標を設定するのではなく、挑戦すべきことをいくつかに絞って目標として持たせるようにしています」
具体的に、どのような目標を立てているのかと聞いてみると、
「人事部で例を挙げると、上司がメンバーに対して『ギャップブランドを社内外にもっと認知させていく』という大きな目標を与えます。それをもとにメンバーは自らの目標を具体的に考え、例えば『いろんなイベントに出て、ギャップについて語る機会をつくっていく』とか、『CSRの取り組みとして、無職の若者への職場体験といった就労支援を行い、若年層を中心にギャップブランドを広めていく』などがでてきます。ここで重要なのは、新しいアプローチを取り入れたり、これまでやったことがないことに取り組んだり、社員にとって困難な目標になっているかどうかです。従来通りのやり方を少し改善したり、繰り返すのではなく、少し難しいと感じても、高い目標を掲げ、努力を惜しまず挑戦する、そのプロセスが評価されるからです。また新たな制度では、柔軟にゴールを設定でき、状況にあわせて変更も可能で、それを上司もしっかりサポートしていきます」

部下のモチベーションを引き出す
上司によるコーチングが大切に

そこで重要となるのが3つめの要素『タッチベース』といわれる、部下と上司(マネージャー)との対話である。
「GPSになって、成果だけでなくプロセスもみるようになったので、月1回のペースで1対1の対話を行っています。そこでは、上司が部下の考えを把握し、部下のモチベーションを引き出し、内省から学びを得てもらうコーチングによるサポートなど、双方向のコミュニケーションが行われます。
対話の中では上司が『何がうまくいって、何がうまくいかなかったのか?』『どうすればもっと良い結果を得られたか?』というような投げかけをして、部下が自己内省をしながら自由に意見を発信できる場を提供します。また、部下は目標を達成するために、上司からどのようなサポートが必要なのか主体的に依頼をし、上司にはより高い目標にチャレンジさせるようなコミュニケーションが期待されています」
「このように上司と部下が率直でオープンに話せる場ができたことでコミュニケーションが活発になり、これまで以上に信頼関係が生まれてきました。そして、部下自身も『Growth Mindset』へと成長し、仕事への意欲も高まり、上司に対して将来のキャリアについて積極的に話すようになるなど、タッチベースによる新たな効果もでてきました」
最後の要素『報酬』では、部門ごとに報酬原資(メンバーの昇給およびボーナス予算)が割り振られ、上司(マネージャー)の裁量でそれぞれのメンバーへの報酬額(昇給とボーナス)を自由に決めることができる。
「以前の制度では、上司(マネージャー)が部下に対して行った評価を、最終的には人事部でもチェックし、レーティング(段階的業績評価)に沿って報酬額が決められていたのですが、GPS制度では現場を統括しているマネージャーにその役割を一任しています。報酬額を決めるということは、それだけ部下の成果をきちんと評価することが求められますので、おのずと、部下への理解を深めようと努力するようにもなりますし、育成したいと思うようになります。
レーティングがなくなったことで、上司から部下への評価内容に焦点があたり、他者と比較した報酬に意識が向かうことがなくなったため、以前の目標管理制度のときにあったようなモチベーションが高まらない年度末フィードバックは減ってきたと感じています。毎月の対話でしっかり上司と部下で話ができていれば、年度末の評価に対して上司を信頼できるようになってきます」

まずは影響力のあるビジネスリーダーへの
啓蒙活動と育成に注力

新たな考えに基づくパフォーマンスマネジメント制度、GPSを当初、ギャップジャパンに根付かせるには少し不安もあったと佐藤さんはいう。
「正直、GPS制度の導入は、日本では難しいと思っていました。なぜなら、日本人は子どもの頃から偏差値のなかで育ってきたので、点数による評価に慣れていてGPS制度のような概念的な評価はフィットしないのではないかという懸念があったからです」
そのために、まずはGPS制度のベースとなっている『Growth Mindset』の啓蒙活動から始めたという。
「まずは『Growth Mindset』や『Fixed Mindset』の理解の促進にとことん時間を費やしました。そのときに、ターゲットにしたのは、現状に人一倍危機感をもっているリーダークラス(店長や、地区統括マネージャー)です。彼らは、上司にも部下にも影響力があるので、彼らが変われば、他の職級の人たちも確実に変わる。そこで、さまざまなミーティングを行いました。成功している人に失敗談を話してもらったり、著名なアスリートなどが挫折をどう乗り越えたか、といったビデオをみせて、成功者にも挫折があり、それでもあきらめずに挑戦していく姿勢の意義を理解させることで、『Growth Mindset』の考えを浸透させました」

従業員の意識だけでなく
人事部の役割も大きく変わっていった

GPS制度を導入して3年。導入後の従業員はどのように変わったのだろうか? 佐藤さんに聞いてみると・・・
「さまざまな形で変化が見られました。一番大きな変化といえるのは『Fixed Mindset』や『Growth Mindset』が共通言語として使われるようになったことです。例えば、最近新たなことに取り組んでいる人には、みんなで『Growth Mindsetになってきたね』とほめあったりして、徐々に『Growth Mindset』の考え方が浸透していきました」
「定量調査は行っていませんが、明らかに、『自分たちはこのままでいいのだろうか?もっと変わらないといけないのではないのか?』という危機感を多くの従業員が持つようになりました。それは、今後の事業計画や、新たな事業をスタートするときに、積極的に発言し、イニシアティブをとって取り組む人が増えてきたことでも感じ取とれますね」
実際、GPS制度の導入は思いの外スムーズに行うことができたという。そしてGPS制度を導入したことで、人事部の役割も大きく見直せるようにもなった。
「これまで人事部が担ってきた評価関連業務の一部をマネージャーが担うようになり、人事部が現場の人たちに向き合える機会と時間が増えました。それにより、従業員への『Growth Mindset』の定着を図るために、引き続きの啓蒙活動はもちろん、頑張っているが、目立たないメンバーにスポットライトをあて、背中を押してあげるような活動も、積極的に行えるようになりました。
例えば、新しいことにチャレンジしているメンバーに、みんなの前で話してもらう機会を与えたり、経営チームとの食事会をセッティングしたり。全体からより個別のマネジメントにリーダーとの会話がシフトしたのは大きな変化だと思っています」
その他にも、同社が求める人物像にも変化があったという。
「これまでなら、マネージャーたちが採用や昇進など人材配置のシーンで求める人物要件はポテンシャルとパフォーマンスが中心でしたが、GPS制度を導入してからは、『Growth Mindset』という素養を要件として加えてくるケースが増えてきました。これをみても、確実に『Growth Mindset』やGPS制度が浸透しているのが理解してもらえると思います」
今回の制度導入では、まず従業員の意識を変え、影響力のあるキーリーダーを味方につけ、評価者としてのリーダーを育成し、継続的に意識改革を行うという、一連の動きがあってはじめて、GPSの効果を発揮できたといえそうだ。
『Growth Mindset』をベースにしたパフォーマンスマネジメント制度は、一人ひとりのモチベーションを高め、より良いパフォーマンスを生み出す効果があり、今後さまざまな企業で導入されていくのではないだろうか。