日米スペシャリスト対談 なぜ日本は、HR後進国なのか?

総合日米スペシャリスト対談 なぜ日本は、HR後進国なのか?

働き方改革によって、長時間労働の是正が進みつつある日本。だが、それだけでは従業員エンゲージメントは高まらないという。

企業が真っ先に取り組むべきことは何か。リンクアンドモチベーションの麻野耕司とバーシン・バイ・デロイトのジョシュ・バーシン、2人のHRスペシャリストが挙げるのは、「データの取得と活用」だ。


麻野:「今、世界のHR業界のキーワードは何か」と、問われたとすれば、その答えははっきりしている。「従業員エンゲージメント」だ。従業員エンゲージメントとは、「企業と従業員の相互理解・相思相愛度合い」を意味し、会社への愛着や仕事への情熱を高めようとする考え方だ。

OECD等の各種調査が明らかにするように、日本の従業員エンゲージメントは、先進諸国と比べ、著しく低い。その一方で、早くから従業員エンゲージメントに注目が集まっていたアメリカは、日本の数歩先を行く“HR先進国”。なぜ、アメリカでは、従業員エンゲージメントが重要視されるようになったのだろうか。

バーシン:従業員エンゲージメントは、かつて、実態を伴わないただの“バズワード”とみなされていた。転機が訪れたのは、2008年。フェイスブックやリンクトインといったSNSが台頭し、転職活動のハードルが急速に下がった。企業が、従業員エンゲージメントに注目せざるを得ない状況が生まれたのだ。

麻野:一方、日本では従業員エンゲージメントという考え方は、それほど普及していない。なぜなら、日本企業は、「終身雇用・年功序列型の人事制度」だったため、経営者は「従業員は放っておいても働き続けてくれる」と信じてきた。そのため、従業員のエンゲージメントを高める意識は希薄だ。

バーシン:世界的に見ても、日本企業による従業員の働かせ方には、問題があると言わざるを得ない。給与増額の交渉、ストライキの実行もできず、長時間労働を強いられる。誤解を恐れずに言えば、日本企業で働く従業員は、まるで“マシーン”だ。

麻野:現在では、「働き方改革」によって、日本企業でも「労働時間の適正化(ワークタイムコントロール)」が進み、長時間労働の問題は改善されつつある。しかし、それだけでは社会的に失敗だったとみなされている「ゆとり教育」のような、「ゆとり労働」で終わってしまう可能性が高い。今後の「働き方改革」は、「労働時間の適正化(ワークタイムコントロール)」から「労働生産性の向上(プロダクティビティ)」、そして「労働意欲の向上(エンプロイーエンゲージメント)」、つまり従業員エンゲージメントを高めることへと、テーマを移していくはずだ。

バーシン:従業員エンゲージメントが高まらない理由は、主に2つ。まずは、(1)ミドルマネジャーによるマネジメントの問題。プレイヤーとして優れた業績を上げ、昇進しても、マネジメント業務をうまくこなすことはできない。結果、現場の混乱が生まれ、従業員エンゲージメントを下げる。

そして、(2)従業員エンゲージメントに関して取得されるデータの「量」と「質」の問題だ。特に問題なのは、その「質」。実質的に、「誰が会社に対してエンゲージメントしているのか、していないのか」のみを調べている調査があまりにも多い。こうした質の低いデータでは、有効な組織開発を行うことはできない。会社で働くことにどんな価値を見出しているか、自分のキャリアのために会社でどんな経験をすることを望んでいるか。従業員の「意思」や「経験」、さらには「幸福度」など、多様な質問事項が含まれるフラットな調査でなければいけない。

麻野:バーシン氏の指摘した「どんなデータを『取得』するか」という「データ取得」の段階を意識していることは、良い調査の大前提。重要なのはその次にある「どのようにデータを『活用』するか」という段階だ。現在、多くの企業は調査を実施するものの、組織開発に活かさずに終わっていることが非常に多い。

「会社全体だけではなく部署ごとのデータを」「経営陣や人事だけではなく現場が」「一年や半年のスパンではなく、月次や週次の頻度で取得する」ことで、データ活用に向けたPDCAサイクルが、初めて回り始める。

バーシン:麻野氏が指摘する考え方を背景に、アメリカでは、毎月・毎週といった短い頻度で調査を行う「パルス調査」の実施が本格化。こうした調査が、次世代の主流になるのは、間違いない。

麻野:「短い期間でPDCAを回すこと」が、ビジネスで重要なのは、誰もが知っている。事業活動でP/L(損益計算書)や各種KPI(重要業績評価指標)を用いて行っているPDCAを、組織開発でもエンゲージメントスコアを使って、定量的なアプローチで行うべきだ。

リンクアンドモチベーションでも、調査サービスからクラウドサービス「モチベーションクラウド」へと事業を進化させることで、短い頻度でのデータ取得が可能になった。実際、多くの導入企業が毎月調査を実施。データを頻繁に取得することで、効果的な組織開発に取り組むことができている。

従業員エンゲージメントを高める4つの秘策

麻野:高い従業員エンゲージメントスコアとは、福利厚生をいたずらに充実させるなど、社員を“甘やかす”ことで得られるものでは、決してない。マネジャーが従業員の抱える問題を定量的に理解し、アクションすることが必要だ。そうした前提を共有する前に、日本企業がまず理解するべきなのは、「調べたデータを基に従業員エンゲージメントを高めることが、事業活動にどんなメリットがあるのか」ということだ。

代表的なメリットは(1)離職率の低下、(2)マネジメントコストの低下、(3)顧客満足度の向上、(4)生産性の向上、そして(5)業績の向上。つまり、従業員エンゲージメントスコアは、ビジネスに直結する─この意識が、日本企業には残念ながら希薄だ。

バーシン:アメリカでは、従業員エンゲージメントスコアと業績が連動することは、広く認知されている疑いようのない「事実」。特に、従業員エンゲージメントを高めることに注力した組織開発は、人件費がコストの60%以上を占めるソフトウェア産業において、大きなインパクトを持つ。事実、従業員が会社を高く評価している場合、従業員が自主的に働く割合が30%も高まるという調査結果さえある。

麻野:私たちのクラウドサービス「モチベーションクラウド」の導入企業を対象に、10年から12年のデータを元に、営業利益率と従業員エンゲージメントの関係を調べた結果、最も従業員エンゲージメントの高い企業群では、228.6%の営業利益率の伸びがあった。こうしたデータから、日本においても、従業員エンゲージメントスコアと業績には明確な相関関係があると、とらえている。

日本でも、今後、製造業を含めた多くの企業のビジネスがソフト化する中で、エンゲージメントの業績への影響度合いは加速度的に高まるだろう。なぜなら、ソフトビジネスにおいては商品やサービスを生み出し、届ける役割を担うのは「人材」であり、その人材のパフォーマンスを大きく左右する要素こそが従業員エンゲージメントだからだ。

バーシン:事業面におけるソフト化が進む一方で、組織面における多様化が進むことで、組織開発において従業員エンゲージメントを高める難易度が高まることも、事実。この“チャレンジングな課題”に野心的に取り組む企業の中から、次の時代を制するような圧倒的な業績を残す企業が登場するはずだ。

麻野:また、従業員エンゲージメントのスコアが低いことは、 組織状態、中でもマネジメントやコミュニケーションの状態が悪いことを示すバロメーターともなる。そうした組織では、経営陣がいかに優れた戦略を提示しても、十分な実行に繋がらないことが多い。まさに「笛吹けども踊らず」の状態だ。

バーシン:低い従業員エンゲージメントとは、成長、イノベーション、高い生産性の実現を阻害する“企業のがん”だ。顧客へのサービスの質は低下し、職場の秩序が乱れ、事故や不正が頻発するなど、組織全体を蝕む。すると、従業員の離職・解雇の頻度も必然的に増えるので、新たに人を雇い入れる採用費が、財務コストとして増加する傾向にある。

麻野:アメリカでは、「従業員エンゲージメントが下がることが、財務コスト増加に繋がる」という明確な認識が経営陣にあるが、日本では希薄なケースが多い。日本に比べて、アメリカでは、HR領域でのデータ活用が進んでいることで、2つの要素の関連性が経営陣へと可視化されているからだろう。

では、ここでこの対談の核心に迫りたい。企業はどうすれば、従業員エンゲージメントを高めることができるのだろうか。

バーシン:従業員エンゲージメントを高めるために、「オートメーション」や「テクノロジー」も重要だが、最も大事なものは「トップマネジメント」だ。トップマネジメントが、従業員に提供するべきものは(1)Meaning、(2)Contribute、(3)Rewarding、(4)Company Managementの4つだ。

(1)従業員へ帰属感や仕事へのオーナーシップを与え、「この仕事は自分に向いている」と思わせる、(2)個人の努力が会社に貢献しているという実感を与える、(3)充実した仕事と十分な報酬を与え、健康や精神面の充実をサポートする、(4)リーダーシップを発揮しながらビジネスを展開し、従業員の業績と報酬を評価する「マネジメントチーム」をつくる。トップマネジメントが、この4つ全てを提供することこそが、従業員の「Good Work」に繋がるのだ。

麻野:日本においても、「トップマネジメントが強い」ことは、従業員エンゲージメントの高い企業の共通点。これは事業の種類や組織の規模を問わない。さらに、モチベーションクラウドのデータによれば、「理念戦略」のスコアが高いこととの相関関係が強く、実は福利厚生などの「制度待遇」では有意的な差は表れなかった。

バーシン:企業が「理念戦略」を実現するために必須なのは、強いリーダーシップ。リーダーが従業員のためにできるのは、次の3つ。(1)従業員への目的設定、(2)組織の透明性の実現、(3)従業員の能力開発への投資。この全てが、従業員エンゲージメント向上に大きな影響を与える。

麻野:中でも、ミドルマネジャーの「意識改革」へのコミットがより重要視されるはずだ。今後、全てのミドルマネジャーが商品市場への適応、つまりは「事業面の成果」だけでなく、労働市場への適応、つまりは「組織面の成果」が求められるようになる。その「組織面の成果」の中で最も重要なのが、従業員エンゲージメントを高めることだ。トップマネジメントのコミットなくして、ミドルマネジャーはなかなか変わらない。従業員エンゲージメントの価値を、うまく啓蒙できることが鍵となる。

バーシン:最後に、我々HRスペシャリストの使命について語ろう。エグゼクティブたちの90%は、従業員エンゲージメントの重要性を認識しているが、この問題に対処する方法を理解しているのは50%未満。79%の企業は、従業員エンゲージメントを高めることは困難だと感じている。そんな企業のために、社員が意欲的に働ける情熱に溢れた組織づくりを支援し、未来への道筋を描く─今ほど、HRスペシャリストが活躍できる時代はないと、私は信じている。

ASANO’s VOICE

「日本という国の最大最強の資源は、人材である」。このメッセージには、多くの人が賛同するはずだ。

しかし、日本企業の従業員エンゲージメントは、国際水準と比べ、著しく低く、人材の持つポテンシャルを十分に企業活動に結びつけられていない。その上、従業員エンゲージメントを高めるためのツールである「サーベイ」も、多くの企業で適切に活用されていないままだ。

アメリカは商品市場におけるソフト化や労働市場における流動化が日本よりも進んでいることもあり、従業員エンゲージメントへの関心は、以前から非常に高かった。クラウド化などのテクノロジーの進化による、パルスサーベイをはじめとした、従業員エンゲージメントデータ活用に向けた新たな取り組みも進んでいる。日本という国が人材という最も重要な資源を活用するためにも、今こそ日本企業の経営陣、人事は従業員エンゲージメントに関する取り組みを見直すべきだ。


麻野耕司◎リンクアンドモチベーション執行役員。2010年より、現職。13年にベンチャー企業向け投資事業、16年に国内初の組織改善クラウド「モチベーションクラウド」を立ち上げた。

ジョシュ・バーシン◎バーシン・バイ・デロイト プリンシパル。2003年、バーシン&アソシエイツを創業。12年12月にデロイトが同社を買収し、13年1月より現職。