全日空やスタバ、人材投資で差別化 競争力強化、勝ち残りの切り札に

総合全日空やスタバ、人材投資で差別化 競争力強化、勝ち残りの切り札に

【変わる「非正規」依存】(下)

パートや契約社員など非正規社員を正社員に登用する動きは、採用難とは縁遠そうな人気企業にも広がる。デフレ経済下では、人材を含め“聖域なきコスト削減”に企業経営者の意識が向かいがちだった。だが、グローバル化や国内市場縮小で経営環境が厳しくなる中、人材への投資が競争力強化の優先事項になってきた。

飛行前になると全日空(ANA)羽田空港内事務所では、制服姿の客室乗務員たちのミーティングが始まる。これから飛び立つ同じ便を担当するチームはチーフパーサーの指示の下、タブレット端末を手にスケジュールを確認し合う。絶対的な安全と最上のサービスが求められる、厳しい職場だ。

待遇改善は戦略

ミーティングに出席していた亀山裕子さん(32)は、別の会社に入社しながらも客室乗務員の受験を続け、3年がかりで全日空の内定をつかんだ。念願の職場で働く使命感に加え、この4月の人事制度改定がさらに職場の活気を呼んだと感じている。入社3年間は契約社員とされていた客室乗務員が、すべて正社員雇用に切り替わったのだ。

契約社員はチームのまとめ役にあたるチーフパーサーへの昇格や、事情に応じて選べる短日数勤務の適用もなく「下積み期間」と位置づけられてきた。正社員に認められる、配偶者の転勤に伴う休職制度も対象外。コスト削減を目的に1995年に導入された制度だ。

亀山さんは日々の仕事で「チーム全員が正社員となり当事者意識が高まった」という。

全日空が約20年ぶりに制度改定に踏み切った理由は「優秀な人材の確保と早期戦力化による質の向上」と、ANA人財大学の西島克博人事部リーダーは言う。格安航空や外資参入などで競争が激化する中、「サービス差別化は人材。待遇改善は勝ち残っていくための未来への投資」と、戦略を切り替えた。

全日空の就職内定者の中には、入り口が非正規ということで別の航空会社や業界を選ぶ動きもあった。徹底した新人教育は有名だが、「やっと一人前になった途端に他社に流れてしまうケースも問題視されていた」と、関係者は明かす。3年の契約期間終了後、客室乗務員の1割近くが離職していた。

4月の制度改定で早くも効果は表れている。15年度採用の応募は前年比10%増。「モチベーションが上がる」と学生からも好評という。

ブランド価値を維持

米国生まれの人気コーヒーチェーンの日本法人スターバックスコーヒージャパンも今春、全契約社員の正社員化に踏み切った。同社の3年内離職率は正社員で全国平均30%に対し5%程度。非正規を含む全スタッフの意識調査では、職場に対する満足度は89.4%と高い。そんな同社の戦略変更の目的も、採用難対策とはまた別にある。

スターバックスは1996年に東京・銀座の松屋通りに第1号店をオープン。今では3月末時点で全国1040店、約2万4000人のスタッフを抱える大規模コーヒーチェーンに成長した。

進出から20年近くがたち「若手だったスタッフも育児や介護といった転機を迎えるようになった。ブランドを築き上げてきたスタッフが、安心して長く働ける環境を整える必要が出てきた」と、人事・管理担当執行役員の荻野博夫氏は語る。

信頼関係が第一 組織一体化狙う

スターバックスでは、新たに正社員に全国転勤ありと地域限定正社員の2種類をつくり、契約社員と正社員の双方に希望を募った。その結果、契約社員800人を含む約1400人が地域限定正社員を選択。地域限定正社員は、時短制度もあれば育休延長や賞与もある。荻野氏は「働く人と会社の信頼関係があってこそ、丁寧な対応や心地よい空間を作り出せる」と話す。

労働政策研究・研修機構が昨年、企業に経営と人材のあり方について聞いた調査によると、正社員・非正規社員のバランスについて「現状が適正」と考える企業が半数を占めたものの、「正社員比率を高める必要がある」とする企業は17.6%で「非正規社員比率を高める必要がある」の14.4%を上回った。

その理由からは「既存事業の拡大や新規事業展開に対応」や「組織の一体感や職場のチームワーク強化」など今後の成長をにらんだ様子がうかがわれる。

全日空の契約社員の正社員化や、ファーストリテイリングやスターバックスなどが相次ぎ採用する「地域限定正社員」はまさに、人への投資こそ競争力強化の源泉であることを物語る。

コスト削減による低価格競争を繰り広げたデフレ経済は、日本社会を疲弊させてきた。柔軟な働き方を認めた上での、安易な非正規労働依存からの脱却が、成長の切り札となる時代がきている。(滝川麻衣子)