上野千鶴子さん、なぜ「女」は辛いのですか? 20~30代が知らない、日本の「女の歴史」

女性雇用上野千鶴子さん、なぜ「女」は辛いのですか? 20~30代が知らない、日本の「女の歴史」

妊娠・出産で会社を辞めざるをえなくなる、育休から復帰後は会社に居場所がない、夫が家事育児を手伝ってくれず心身ともに追い詰められる――。結婚・妊娠・出産といったライフイベントによる生活の変化に苦しむ女性は多いものです。「男女平等は当たり前」と言われて育ってきたいまの20~30代の中には、そこで初めて自分が「女」だったと気づく人も少なくないのではないでしょうか。

日本のフェミニズムを引っ張り続ける上野千鶴子さん(東京大学名誉教授)は、現実に苦しむ女性たちに向けて、これまで大事な言葉をたくさん発信してきました。新著『上野千鶴子のサバイバル語録』でも紹介された過去の名言を振り返りつつ、上野さんにそれらのメッセージの背景と今の思いについて語っていただきました。

 

■上野語録1:女はすでにがんばっている
私は「がんばって」と他人に言うのもイヤだし、他人から言われるのもイヤだ。がんばりたくなんかないのだから、それでなくても女はすでに十分がんばってきた。がんばってはじめて解放がえられるとすれば、当然すぎる。今、女たちがのぞんでいるのは、ただの女が、がんばらずに仕事も家庭も子供も手に入れられる、あたりまえの女と男の解放なのである。

――4月から新しい法律が施行されることもあり、「女性活躍」への関心が高まっています。当事者の感覚とはギャップがあるようで、子育てしながら働いている女性たちは大抵「別に輝かなくていいから、ふつうに働きたいだけ」と言います。どうして、こんなギャップが生まれるのでしょう。

そうですね。新しい法律や最近の風潮を語る前に、これまで何が起きたか、この社会は変わったのか、変わらないのか、読者の皆さんと認識を共有しておきたいと思います。

男女雇用機会均等法は、白鳥ではなくカモになった

「女性の活躍」は労働市場に女性を引っ張り込むためのキーワードですが、ほぼ同じことを目指した法律が、30年前に作られました。男女雇用機会均等法(均等法)です。

この法律が何をもたらしたのか、20代30代の皆さんはご存知でしょうか。昨年2015年は、均等法ができてちょうど30年という節目の年でした。日本学術会議で開かれた「均等法は白鳥になれたのか?」というシンポジウムで私が話したのは、「均等法は30年経って、白鳥ではなく鴨になった」ということでした。「カモられる」鴨、のことです。

もともと、均等法は完璧なものではなく、妥協の産物だったから「みにくいアヒルの子」として産まれた。それはその後、白鳥になれたのか? という比喩を使ってテーマ設定をしたわけです。

結論から言えば、白鳥にはなれず、「ネオリベのカモ」になってしまったと。ネオリベことネオリベラリズムのもとで、女性を分断する結果になってしまいました。

「努力すれば報われる」の罠

■上野語録2:男に有利なルールでの競争
この家庭責任を免れた男性労働者たち、一歩家を出れば「単身者」のふりをできる男たちと「対等の」競争に参入するのは、女性にとって最初から負けがこんだ勝負です。家庭を持つことをあきらめるか、他の誰か(実家の母や姑)に家庭責任をおしつけるか、さもなければがんばってカラダをこわすのがオチでしょう。つまり「男並みの競争」とは、もともと男に有利にできたルールのもとでの競争を意味します。そのなかにすすんで入っていく女が、悲壮に見えたり、あほらしく見えたりするのも、当然でしょう。こんな「機会均等」、だれが望んだ?……と女性が言いたいきもちは無理もありません。

――それは、女性労働者は「新自由主義(市場原理主義)のカモにされた」という意味でしょうか?

そういうことです。均等法以降、高学歴の女性たちは、男性と同じように働けるようになったと、思っている方もいるでしょう。その前提にあるのは、「頑張れば、努力すれば報われる」とか「能力があれば報われる」という優勝劣敗、自己決定・自己責任の原則を押しつける、新自由主義と呼ばれる「機会均等」の競争原理です。

新自由主義は学校空間から企業社会に至るまで、深く浸透しています。高学歴の女性たちは、頑張って勉強したらいい学校に進むことができた。学校にいるあいだは努力が報われてきたから、この社会に依然として残る差別構造に気づかない。今やエリート女性は、そうでない女性と連帯することが難しくなりました。

20代30代女性は、優秀な人ほど、ネオリベのカモにされやすい。それまでは「努力が報われてきた」と思えるこの世代が、性差別の構造に気づくのは、妊娠・出産であることが多い。ケア責任を持つと、男並みの長時間労働ができなくなりますから。ここで初めて、気づくのです。今の働き方が男に有利にできたルールだと。

■上野語録3:仕事と夫と子どもを手に入れても
規格品の優等生の女たちは、がんばった分だけ、報酬があると思いこんでいる。なぜならこれまで努力が報われなかったことはなかったからだ。<略>そして仕事のほかに、夫と子どもを手に入れた後で、こんなはずじゃなかった、と愕然(がくぜん)とする。職場も、家庭も、変化した女の規格に合わない時代遅れの仕様のままだからだ。

――女性がケア責任をひとりで引き受ける構造が変わらない限り、「活躍」も「頑張って報われる」もあり得ない、ということですね。

そうです。均等法が「ネオリベのカモ」になった理由、もうわかっていただけますよね。男性の働き方を変えずに、男性仕様のルールで動く職場に入っていく女性だけを均等待遇したことが問題だったのです。

原則的に「男は自発的には変わらない」

男性の働き方を変えるというのは、育児や介護といったような「ケア」、つまり、女性がずっと無償で担ってきたことを、男性も責任を持って分担することを意味します。最近、少し変化を感じるのは、男性が家事を「手伝う」という言葉はおかしい、と言う人が増えたこと。インターネットでそういう意見を目にしますね。男性も家事をするのが当たり前だから、お客さん感覚で「手伝う」は違うでしょうって。

よい変化もある一方で、30代40代の「活躍している女性」から彼女たちの夫について、聞くと本当にがっかりするの。エリート女性の夫は、同じくエリート男性。彼らは驚くほど家事も育児もしない。なぜって妻が要求しないから。この点では日本の男性は何十年も、変化がありません。

――夫の家事育児分担・参加は読者層の20代30代ビジネスパーソンの関心が高いテーマです。

原則的に「男は自発的には変わらない」ということを伝えたいです。要求しても変わらないことが多いのに、要求しないかぎり絶対に変わりません。最も切実な関係にある相手から言われて初めて変わる。だから、結婚しているのなら、妻が言うしかないわね。

今の日本の夫婦は、共働きでも女性の方が家事や育児の大半をやっていることが多いでしょう。お話したように、夫を変えられるのは妻だけ。妻が要求しないと夫は変わらない。残念ながら現実を見ると、妻が何も言わないことでうまくいっているカップルも多いわよね。妻は不満を飲み込んでいる。でも飲み込むと、身体の中に毒が回る。だから、フェミニズムを知って解毒剤にしてほしいの。

――フェミニズムは解毒の役に立つのですか。

ものすごく役に立つわよ。私も、自分が生きていくのにとても役に立ったもの。だからこそ、若い世代にフェミニズムを知ってほしい、受け継いでほしいと思います。

フェミニズムを知ると、生きづらくなる、という人もいます。たしかに多くの場合、問題の根深さ、構造を知ると、簡単には解決できないとわかるから、短期的にはつらくなるでしょう。それでも、長期的には、フェミニズムはあなたをラクにしてくれるはずよ。

そうだったのか! と、問題の本質を知ることで、知的快感を覚える人もいますが、それだけではありません。自分が感じている、もやもやした感覚、これはおかしいんじゃないか、という言語化できない感覚に、言葉が与えられて、社会とつながっていくから。

権利は天からは降ってこない

――具体的に、どうすればいいでしょうか。

女性が、声を上げて言い続ける必要があるわね。さっき、夫に家事を要求すべし、とお話しましたが、女性は、身近な男性だけでなく、会社と社会にも要求するべきです。だって、今の働く女性がお茶くみをしなくて済むのはなぜか、考えてみたこと、ありますか? 誰か上の世代の女性が、お茶くみはしたくない、と言ったからです。

特に働く女性に言いたいのは、あなたが今、お茶くみをしなくて済む環境は、あなた以前の女性たちが作ってくれたもの。権利は天から降ってくるものではないんです。だからあなたには、今のあなたが少しでもラクになるように、要求して声を上げてほしい。自分は何もせずに人が作ってくれた環境に甘んじていてはダメ。それではフリーライダー(ただ乗りする人)になってしまうから。

■上野語録4:権利は天から降ってこない
あなたたち、みんな忘れているのが、労働基準法だって雇用均等法だって、天から降ってきたわけではないってこと。みんな、裁判などで闘争して勝ち取ってきたのよ。