女性雇用資生堂の「働き方改革」が広げた波紋の裏側
育児のため短時間勤務をする美容部員に、夕方以降そして土日のシフトに入ってもらう資生堂の「働き方改革」が関心を集めている。「女性が働きやすい会社」として知られる資生堂が、後退してしまったのか? それとも前進なのか? 「資生堂ショック」と報じられた改革が注目されたのは、多くの企業で「我が社」の課題であり、多くの子育て社員にとって「我が事」であったからだ。資生堂の働き方改革、その意味を問い直したい。

「“資生堂ショック”の真相とは何か。女性が働きやすい会社というイメージだったが、資生堂は後退してしまったのか」
11月、九州のある地方都市で女性活躍について講演したときのこと。来場者の一人が「今一番知りたいこと」として、こうコメントした。
「資生堂ショック」とは、資生堂が2014年春に実施した「働き方改革」のこと。これまでも新聞各紙や日経ビジネスオンラインなどで報じられてきたが、この11月にNHKが「おはよう日本」のなかで「“資生堂ショック”改革のねらいとは」と題して特集を組んだことで、賛否両論巻き起こった。
初めて耳にする方のために、少しおさらいをしておきたい。資生堂の「働き方改革」とは、育児のために時短勤務をする美容部員約1200人に対して、夕方以降の遅番や土日のシフトに可能な範囲で入るよう、働き方の見直しを促したもの。同社は遡ること2007年、美容部員が育児をしながらも仕事を続けられるように、夕方以降の人手不足を補うカンガルースタッフ制度を導入するなど、両立支援策を充実させてきた。その結果、時短勤務の美容部はこの10年で約3倍となり、全美容部員の1割を占めるようになった。時短勤務者は夕方以降、また土日のシフトには入らないということが、いつしか「暗黙の了解」となっていた。
そこで起きたのが、職場の不協和音だ。支える側の社員からすると「いつも私たちばかり遅番や土日勤務をして」と不満が募っていた。さらに時短勤務をする社員にも、夕方以降の発注業務や多忙な時間の顧客対応をしないことでスキルの蓄積に遅れが見られるようになった。こうした問題を受けて、約半年をかけて職場の上司である営業部長らが時短勤務をする社員一人ひとりと面談をし、遅番や週末のシフトに入ることはできないか、壁となるものは何かを話し合った。面談をする前にあらかじめ質疑回答案を用意し、全マネジャーが「夫が子育てに参加できない」「週末子どもを預けるところがない」といった社員の悩みに対して同じ答えができるように、6つの回答例を暗記してもらうなど徹底した導入研修を行ったという。
NHKの特集は、こうした働き方改革をややセンセーショナルなタイトルで報じた。これに対するネガティブな反応はこうだ。
「女性が働きやすい会社だと思っていたのに、後退したの?」
「業績悪化を受けて、短時間勤務の社員にもっと働けというのか。けしからん」
果たして、資生堂の改革は後退なのか、前進なのか。女性活躍推進のゆり戻しがきているのか。
「資生堂の改革は、我が社にとって追い風」
某社の人事担当者は言う。
「資生堂の改革は、我が社にとって追い風となりました」
この会社はもともと女性社員が多く、育児休業と短時間勤務の人をあわせると女性社員の6割を超える部門が出始めた。管理職は「残ったメンバーの負担が増すばかり」と言いながらも、「女性の子育てには口が出せない」として子育て社員の特別扱いを続けてきた。「制度は権利ではない。セーフティネットです」と人事担当が繰り返すも聞く耳を持たなかった男性幹部らが、資生堂の例を見て子育て中の社員の働き方を見直す動きが出てきたという。
資生堂の例を見て、驚きながらも「さすがだな」と呟いたのは、金融機関のある人事担当者。同様の課題を抱えるこの会社では、育休復職セミナーで「育休明けに必ずしも短時間勤務をしなくてもいいんですよ」と語りかける。子育て社員にキャリア形成を促すためにどこまで踏み込むか――、資生堂の「次のステップ」がヒントになったという。
他の会社の人事担当者からも、資生堂の改革をポジティブに捉える声が上がる。「我が社も女性社員の3割近くが育児休業中か育児短時間勤務で、業務が回らなくなってきた」「資生堂の改革の手法を学びたい」というのだ。
実は、今多くの日本企業が資生堂と同じような問題を抱えている。2000年代半ばから、女性活躍推進に積極的に取り組む大手企業が増え、両立支援策の拡充が進んだ。2003年に次世代育成支援対策推進法が施行され、大手企業は競うように法定を超える長期の育児休業制度を導入し、育休復帰後の短時間勤務の取得期間を延長した。その結果起きたのが、「マミートラック」に陥る社員の増加だ。育児による離職は減ったものの、子育て社員向けの仕事や職場から抜け出せず、キャリア形成できない社員が増えたのだ。
女性活躍を進めるには、2つの軸が欠かせない(図参照)。「両立支援策」と「キャリア形成支援策」だ。日本企業の多くは、前者の「両立支援策」の充実が先行し、「キャリア形成支援策」が遅れをとってしまった。子育て、また介護をしながらもキャリア形成ができるようにするにはどうしたらいいか。多くの企業がこうした課題を抱えるなか、資生堂が先陣を切って改革に乗り出したわけだ。

「両立支援策」と「キャリア形成支援策」――この2つの軸をクルマの両輪として同時に進めるのが理想だろう。しかし資生堂の場合は、まずは「両立支援策」を充実させてから、続いて「キャリア形成支援策」を進めるという、2つのステップを踏むことにした。「子育てをしながらも仕事を続けられる。こうした環境を磐石にしないと、女性はチャレンジする勇気が持てない」(資生堂人事部ビジネスパートナー室長の本多由紀さん)と考えたからだ。この10年で、子育て中の女性社員が仕事を続けるのが当たり前の風景になった。そこで次のステージとして、子育てしながらもキャリアを諦めなくてもいい環境を整えるため、今回、働き方を見直す方向へ舵を切ったという。
「全社員の8割を占める女性社員を、残り2割の男性社員が支えるようでは企業の成長は望めない。女性のライフスタイルを見つめながら、子育て中でもキャリアを形成できるようにする」(本多さん)。「辞めなくて済む」ことがゴールではない。子育て・介護をしながらも力を発揮できる環境を整え、企業もまた成長することが、ゴールなのだ。
男性の意識を変えるきっかけになった?!
では資生堂の改革を、当のワーキングマザーはどう受けとめたのか。ネット上で炎上ともいえる反応があったなか、比較的キャリア志向の高い女性たちは、「女性活躍を進める企業なら、当然の動き」と冷静かつ前向きに受けとめている。
そのうちのひとり、0歳児と3歳児の子育てをしながらキャリアカウンセラーとして活躍する宮田祐子さんは、こう語る。
「子育てをする女性が、“男性化”せずにキャリアアップを目指す機会が与えられた」
宮田さんが、資生堂改革をポジティブに評価する理由は3つある。
1つ目は、「家庭を外に開くきっかけになる」こと。子育て中の女性社員は、短時間勤務ができるからこそ、家事育児をひとりで背負い込む状況に追い込まれ疲弊している。今回の改革では、退職するか否かという緊張感があるので、夫と真剣に家事育児の分担や外部化を話し合う契機になったという。
2つ目は、育児期もキャリアアップできること。遅番や土日勤務をすることで、その時間帯に働かないと得がたい能力が習得できる。時間制限社員の肩身の狭さも軽減され、やりがいも増す。
3つ目は、柔軟なマネジメント経験を積んだ社員が増えるということ。仕事も家事も育児も担う中、子育て社員は多方面にわたるマネジメント力が磨かれる。時間が制限されるなかで働く心情も熟知した彼女らが将来マネジメント層に入ったとき、ダイバーシティマネジメントの力が生かされるはずだという。
実際に資生堂では、今回の働き方改革で、「夫と初めてキャリアについて話し合った」「家族で家事育児の分担について相談した」社員もいたという。また管理職からは「面談を通して、育児のため時短勤務をしながらも昇進したいと思っている社員がいると知り驚いた」という声も上がった。
このように、男性の固定観念を揺り動かし、男性管理職や女性社員の夫に気づきを促したようだ。
一方で、時短勤務をしていた1200人のうち30人の美容部員が改革を機に職場を去った。「土日は一日も出勤したくない」という人もいれば、「シングルマザーで両親も近くにいない。週末子どもを託せる人がいない」という人もいた。社会全体で子育てを支える仕組みがなければ、働きたくても働けない人がいる。家族に支えてくれる人がいなければ、子育てしながらの就業は難しいという、数十年来の壁に今なお阻まれる人がいるという課題も改めて浮かんできた。
全ての社員にとっての「公平」とは
ところで改革を経て、資生堂の職場にくすぶっていた「不公平感」は消えたのか。
「かつては、フルタイム勤務者が(常に支える側に回っていたことを)我慢していたのが、最近では時短勤務の人に普通に配慮できるようになった。いびつな状況は改善された」(本多さん)と言う。
実は今回の改革で、時短勤務の社員に一律に遅番や土日のシフトを課したわけではない。「月2回までなら土日シフトに入れる」「家族と話し合い、月3回は土日も働くようにする」など家庭の事情によって働き方は様々である。フルタイム勤務者と同じ負担を担うわけではなく、子育て社員に対する「配慮」が必要なことに変わりはない。それでも不公平感は和らいだという。
ところで、「公平」とは何だろう。子育てなどで時間に制約のある社員も、ない社員も、全ての社員にとって「公平」な制度とは、どのようなものか。
『女子のキャリア』の著書があり、日本企業の人事制度に詳しい海老原嗣生さんは、家事・育児・介護と仕事を両立する社員を支援するなら、「欧州のように『合理的な格差こそ公平』という仕組みを日本でも導入すべきだ」と提言する。
これまで日本の雇用システムには、「みな同じだけ働き、みな出世の階段を上がる」という前提があった。日本型の「一律・平等こそが公平」という考え方だ。育児や介護を担う社員が増えるなか、もはやこれでは回らない。今後はフランスのように年1400時間労働(注:日本は年平均で1700時間超)で年収350万円ほど、出世も年収アップもしないが安定して働けるコースを用意すべきだというのだ。これにより「出世しない自由」、そして「真のワークライフバランス」を手にすることができる。
日本にも、そうした模索を始めた企業があると海老原さんは言う。ウエディング・プロデュース業界のある上場企業が、「週休3日として、営業の目標数値は3分の2に下げる。その代わり給料はこれまでの6割弱とする」という新人事制度の導入を検討しているとか。ウエディング・プロデュースは競走の激しい世界だが、子育てしながらも続けたいという女性は多い。壁となるのが、「家事育児」「体力の限界」、そしてもうひとつが「昇進コースへの反発」。こうした女性社員の働く意識とライフスタイルを踏まえて新制度を検討しているという。
資生堂もまた「『そこそこ』でいいという人もいれば、もう少し頑張りたいという人もいる。活躍の形はいろいろでいい」(本多さん)と言う。小さな歩みを望む人から、ジャンプしたい人まで、それぞれが納得感を持って仕事に取り組み、社員がみな公平だと思える人事の仕組みとはどういうものか、その模索の一歩が今回の改革なのだろう。
資生堂の「働き方改革」は、育児・介護をする社員が増えるなか、日本企業が真のワークライフバランスを公平に実現しながらも、両立とキャリアアップを可能にするという新たなステージに進む上でのヒントを示している。