女性雇用国連が決定!「管理職の5割を女性化」の衝撃 「2020年までに女性3割」では遅い?
国連の新目標に日本も合意していた!
安倍政権が掲げる「女性活用」政策に沿って、今、多くの企業が女性管理職を増やそうとしている。中でも「2020年までに女性管理職3割」を目指すと明言し、女性を積極的に登用する先進企業の動きには大きな注目が集まっている。ところが“グローバルの常識”は日本企業の想像をはるかに超えていた。
日本ではまだ報じられていないが、今年3月、国連・婦人の地位委員会で、「2030年までに指導的立場の半分を女性に」する目標が掲げられた。具体的には、「第4回世界女性会議20周年における政治宣言(Political declaration on the occasion of the twentieth anniversary of the Fourth World Conference on Women)」というが、その関連文書に日本政府も合意したという。
国際機関の決定とはいえ、目標は目標。日本には日本のやり方があり、従う義務もない……と考える人もいるかもしれない。しかし、経済大国であり主要な先進国のひとつである日本がそう自由に振る舞うことは難しい。「世界の常識」を無視するわけにはいかないのだ。
それにしても、にわかに信じがたい高い目標設定は、どこからきたのか。日本のビジネスパーソンはどんな心構えをすればよいのか。
国連婦人の地位委員会日本政府代表を10年以上務めた、上智大学名誉教授の目黒依子先生に詳しい話を聞いた。
目黒先生は日本における家族社会学の第一人者。最近は、ジェンダー問題の分析を手掛ける株式会社ソフィア研究所を設立し、こうした課題に取り組む行政機関や企業に対し、コンサルティングや研修を行っている。
国連が決めた「50/50」の真相
――「2030年までに指導的な立場の半分を女性にする」というのは、日本の現状を考えると、かなりチャレンジングな目標です。これは、どこから出てきたのですか。
国連にはUNWomen(国連女性機関)という組織があります。世界各国にこれを支援するNGOがあり、日本では「国連ウィメン日本協会」が活動しています。設立されてもう20年になります。
この国連女性機関が「Planet 50-50 by 30」というキャンペーンを行っています。Planetは直訳すると衛星ですが、要するに「地球上で影響力を持つ者の男女割合を、2030年までに50/50にする」という意味です。
今年3月上旬にニューヨークで開かれた、国連婦人の地位委員会に、私も参加してきました。そこでこのスローガン「Planet 50-50 by 30」が紹介され、国連事務総長もこれに言及し、各国政府や市民社会に目標達成のために努力するよう、呼びかけていました。
――そもそも、なぜ、今、「50/50」なのでしょうか。
株式会社ソフィア研究所代表取締役。上智大学名誉教授。東京大学大学院社会学研究科修了(修士)、ケイス・ウエスタン・リザーヴ大学大学院社会学博士。専門は社会学。社会資本とライフコース分析による開発、ジェンダー領域の国際比較研究著作多数。1994年、1995年国連総会日本政府代表代理、1998年から2010年国連婦人の地位委員会日本代表。
話は20年前にさかのぼります。1995年に北京で第4回世界女性会議(通称:北京会議)が開催されました。ここに過去最大の190カ国から3万人が集まり、日本からも約6000人が参加しています。この会議は日本の女性政策にも大きな影響を与え、男女共同参画基本法が作られるなど、一定の成果はありました。
しかし、北京会議から20年経った2015年現在、世界の状況は男女平等とはほど遠い。そこで、国連女性機関では、ジェンダーギャップを削減するために、各国政府の公約を収集し、男女平等に向けた取り組みをいっそう推進しようとしています。
――日本で働いていると「男女差がない社会」をイメージしにくいのですが、これが、国際社会の常識なのでしょうか。
少なくとも、国連会議に出席する政府代表は「男女平等を目指すのが世界の常識」ということを、肌で感じていると思います。
たとえば、今年の国連婦人の地位委員会では、初日(3月9日)に「政治宣言」を採択しました。採択された文書には「2030年までにジェンダー平等を完全に実現することを求める」と書かれています。
長年、国連会議に出席し、日本政府を代表して交渉してきた経験から説明しますと、会議の初日に採択される文書というのは、事前に政府間で調整・合意ができているのです。つまり、日本政府も、これに同意しない、というのは国際社会の一員としてはありえない、とわかっているのです。
――国連で決まったことは、多少のタイムラグはあっても、いずれ日本社会にも浸透していくのでしょうか。
そうですね。わかりやすい例として、最近の安倍政権の女性政策の歴史的・国際的な背景を振り返ってみましょうか。
「女性3割」は安倍政権のオリジナルではない
そもそも「2020年までに指導的立場の3割を女性に」という目標設定は、安倍晋三首相のオリジナルなアイデアではありません。平成15(2003年)年6月20日に内閣府男女共同参画推進本部は「社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも 30%程度になるよう期待し、政府は、民間に先行して積極的に女性の登用等に取り組む」と決定しています。
つまり「女性管理職3割」は日本政府の方針としては10年以上前に決まっていたことで、安倍首相はそれを成長戦略として位置づけた、ということが付加価値なのです。
なぜ、2003年に「女性3割」と決定されたのか、これは、国際社会の動き抜きには語れません。話はさらに1990年にさかのぼります。国連経済社会理事会において「1995年までに30%」という決議が出されました。背景には、意思決定の場にクリティカルマスの女性が必要という問題意識があります。この決議は日本では第2次男女共同参画基本計画に反映されました。
――国連での決定が政府の方針に影響を与えてきた経緯を見ると、今回の「2030年までに50%」もいずれ、国内の政策や企業の方針を変えていきそうですね。
そう思います。最近の特徴としては、ジェンダー平等を達成するために、男性の協力を促進しています。国連女性機関の取り組みにはHe For Sheキャンペーンがあります。
――女優のエマ・ワトソンが国連で行った男女平等推進のスピーチは、日本でもSNSで拡散しました。Twitterにハッシュタグ「#HeForShe」をつけて発言したり、このキャッチフレーズを記した画用紙を持った姿を写真撮影し、インターネットに載せる男性著名人が、特に海外ではたくさんいました。
そうした新しい手法が広まったことは、長年、ジェンダー平等にかかわってきた研究者としてはうれしく思います。「2030年までに50%」については、各国政府の公約をウェブで発信し、世界のメディアと国連女性機関のSNSで共有することになっています。進捗状況が世界に見えるので、一種の競争になるわけです。
日本の場合は、政治分野における女性の進出が遅れていて、現状、国会議員に占める女性割合は10%未満ですから、たとえば、クオータ制(特定のグループに一定割合の議席を割り当てる)は最初の一歩として有効です。
経済分野については、ノルウェーで役員の4割を女性にする、と決めた法律があります。政府が提案し、当初、財界は反対していました。思い切った政策に見えますが、政府のやる気が重要であるとわかります。
ケアワークを愛情の問題で済ませる日本
――日本でも女性活躍を本気で推進するには、何が必要だと思いますか。

ケアワークに対する認識を変え、必要な政策を作ることです。家事や育児や介護を、愛情というオブラートに包んだ支配・従属関係で、女性に無償でやらせるのが当然という発想では、女性活躍は進みません。
本気で女性が働くことを望むなら、男性が家庭責任をシェアするのも当然ですし、家事外注、保育園、ベビーシッターなどが必要なのは当然です。こういう仕事をタダで女性がやるという思い込みこそが、女性活躍を阻んでいるのですから。
――先生ご自身が、1950年代、1970年代にアメリカで学び、当時の社会を変えていた、女性解放運動を目の当たりにしています。グローバル人材の先駆けであり、女性活躍の最前線に立ってきました。
私は1950年代後期、高2のときに、アメリカの新聞社主催のワールド・ユース・フォーラム(WYF)の日本代表に選ばれました。父の勧めで応募したのですが、今、振り返ると、父によるHe For Sheだったかもしれません。
ニューヨーク滞在中、CBSテレビがWYFのために設けたパネルに出た私の発言を聞いた、ある女子大の学長から声をかけられ、奨学金を得て、アメリカの女子大に進学したのです。女性解放運動に接したのは、その頃でした。
1960年代は東京大学の大学院で農村社会学を専攻していました。当時の日本を理解するためには、農村を理解する必要があったからです。その後、家族社会学を専門に研究するようになりました。家族を研究すればするほど、性別が基本にあることを実感します。家父長制的な家制度も、近代家族も、原理的には同じ。男性と女性が結び付き、女性は無償でケアワークを担う。この構造は変わりません。
――上智大学では1974年から女性学を教えていらしたそうです。かなり先進的ですね。
そうですね。当時の女子学生はホネがありました。この社会で生きるには、ジェンダーのことを考えずには生きられない、という思いがありました。その頃は、ちょうど世界の科学革命、ジェンダー革命の形成時代で、研究者として認められるように全力を尽くしました。
――高い専門性が評価され、国連婦人の地位委員会の日本政府代表に就任しました。
自分の持っている専門知識を、日本の生き残りのために生かしたいと思いました。また、国際社会の議論からも多くを学びました。
上智大学を退職した後、Gender Action Platform(GAP)というNGOを作りました。そこでは、ジェンダー政策の分析や事業評価を行っています。政策作りの黒子としての仕事は、とても面白いです。
また、最近は株式会社ソフィア研究所を設立し、国際社会で得たジェンダーに関する知見や研究者として培ったものを、コンサルティングや研修など、政府・企業社会の実務の場で生かせたら、と考えています。
ソフィアとGAPには、国連や国際NGOなどで活躍してきた女性専門家が数名います。彼女たちと協力し、ジェンダー平等を通じた社会の発展のために、これからも働いていきたいと思っています。