男女2人で仕事1.5人分 女性が働きやすいオランダ

未分類男女2人で仕事1.5人分 女性が働きやすいオランダ

世界で労働時間が最も短い国として知られるオランダ。パートでも正規雇用と待遇が変わらず、それぞれが働き方を柔軟に決める。パート大国オランダから、女性が輝ける社会を目指す日本も学ぶ点が多い。

「どんなお仕事をお探しですか?」

売上高が約2兆円で世界第2位の人材派遣・紹介業ランスタッド。オランダの首都アムステルダム近郊の本社を7月上旬に訪ねると、社内に併設した支店で妊娠中のペートラ・フェーマンさん(32歳)が顧客の要望を聞きながら熱心に相談に応じていた。早朝から電話を片手にパソコンの画面で顧客データを確認。仕事を求める個人客の希望を聞くのと同時に、取引先企業のニーズにかなう人材を供給している。

ペートラさんはランスタッドで働き始めて9年。最初の5年は学校で人材管理学を学びつつパートタイムとして働き、直近4年は専門知識を生かせる現在の仕事をこなす。身分も毎日8時間、週5日合計で40時間働くフルタイムの勤務に変わった。いわゆる「正規」の雇用形態である。

 

女性が働きやすい国、オランダの職場と家庭(写真=永川智子、以下同)

女性が働きやすい国、オランダの職場と家庭(写真=永川智子、以下同)

■選択に後悔や迷い無し、出産後は再びパートを選択

 

だが、出産を間近に控え、最近、産休に入った。日本と異なるのは、その後のキャリアパスを明示的に描けている点だ。出産後は再びパートタイムに戻り、週に4日(1日8時間)働くつもりだ。パートナーの男性も週5日から4日の勤務に減らし、2人で子供の面倒を見る。

フルタイムからパートに──。日本で言えば「正規」から「非正規」への転換。ところが、その選択には日本でしばしば見られる本人の後悔や待遇への懸念はみじんも感じられない。

ペートラさんの場合、勤務時間が週40時間から32時間と2割減るのに伴い、給与が同じように2割分減るだけ。パートに転換しても受けられる社会保障や年金に変化がないため、将来への生活不安が生じにくい。それよりもオランダでは子供とできるだけ一緒に過ごす時間を作ることが意義深いとされる。

「今日は学校で何していたの?」。オランダ第3の都市で、政治機能が集まるハーグ。平日の水曜日、オランダ経済省の外郭団体で働くアフカ・ボーテルボアさんの家庭を訪問すると、子供2人分の昼食のサンドイッチを用意しながら優しく話しかけていた。

アフカさんはオランダの政策を視察に訪れる国外の政府関係者ら使節団を迎えるプログラム作成を担当。業務は日々忙しいが、働くのはパートとして平日4日が基本。休みの水曜日は学校を終えた子供を自転車で迎えに行き、午後の時間を一緒にゆっくり過ごす。

これがまさに「オランダの母親」の理想像である。オランダ政府の社会雇用省で労働政策を担うアンネ・ファン・プッテンさんは「社会の変化に対し、女性が色々な選択をできるように国が諸制度を整えてきた」と指摘する。

折しも日本では、安倍政権が「女性が輝ける社会」を目指し、2014年6月にまとめた成長戦略の柱に女性の積極的な登用や労働時間改革を盛り込んだ。2020年までに女性管理職比率を3割以上にする目標を掲げるが、日本全体が働き方を柔軟に変える意識を持たなければ絵に描いた餅に終わりかねない。その点で改革を少しずつ進めてきたオランダから学べることは少なくない。

オランダは経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国のうち、1人当たり年間労働時間が最も少ない。オランダと日本を比較すると、女性のパート比率が61%と36%、女性の就業率は69%と63%。いずれも日本を上回るが、特にパート比率は世界で群を抜く

 

弁護士、医師、公務員…。パート職は日本で低賃金という印象が強いが、オランダではサービス業から高度な専門職まで様々な業務に広がる。実際に弁護士事務所の会長を務めるフレデリーク・リーフラングさんに話を聞くと、「全体の共同経営者の4割近くが女性。健康的なワークライフバランスを実現してもらうため、週4日のパートタイムの勤務も推奨している」と話す。

OECDによると、国全体の平均賃金はオランダが400万円弱と日本を100万円ほど上回る。オランダは働く時間が短いにもかかわらず、高い労働生産性を実現している。規定の労働時間内で終わるよう仕事を進め、ダラダラと残業することがないためだ。職場の肌感覚を知るため、オランダで働く日本人の女性2人に率直な意見を聞いた。

 

■どうかしてるよ日本人、過労死はオランダではあり得ない現象

「カロウシ? 死ぬまで働くなんて、日本人は頭がおかしいんですか」。ロッテルダムのビジネススクールで教える井上富美子さんは日本の実例を話すと、若いオランダ人の学生に笑われた。オランダは働き手が労働時間をしっかり守るため、日本の「サービス残業」の概念は全く理解されないという。仕事が終われば、すぐに帰宅して家族と時間を過ごすのが一般的だからだ。

年功序列のしがらみもない。オランダ食品最大手のユニリーバで研究者として働く井上千春さんは「マネジャーを除くと、職場のメンバーの多くはほぼ同じ待遇になり、年齢や勤務年数は関係ない。長く働いていればボーナスの支給額が変わる程度」と語る。俗に言う「同一労働・同一賃金」の思想だ。こうした考え方がオランダ社会に深く浸透したのはなぜだったのか。

 

オランダでパート雇用が生まれたのは戦後間もない1950年代。労働力が足りず、子供を持たない若い女性が働きやすい雇用形態として始まった。特に70年代には産業構造が農業を中心とする1次産業からサービス産業に広がり、パートタイムの働き方が色々な業界で発展した。高学歴の女性が増えたことも労働市場への参加を促した。

興味深いのは当時の女性就業率である。オランダは今でこそ高い就業率を誇るが、70年代前半は欧州で最低クラスの2割台で推移。日本でも半数近くの女性が既に働いていた時代であることを踏まえれば、極めて低い数字だったと言える。キリスト教の価値観を背景に「良き母は家で子供を守る」との意識が根強かったことが、女性の社会進出が遅れていた主因だった。

転機は80年代初頭。石油ショックを機にオランダは産業競争力の低迷でマイナス成長が続くが、上昇していた賃金が下がらず、「オランダ病」と揶揄(やゆ)された。失業率の上昇に歯止めがかからない事態を前に、1982年に労使が至ったのは世に言う「ワッセナー合意」。政府の関与抜きに、オランダ中西部の緑深い高級住宅地として知られるワッセナーに労使のトップが秘密裏に集まり、驚くべき方針を打ち出した。

雇用を守るため、労働時間を短くするのと同時に、賃金を抑制する──。労使が痛みを分かち合うこの合意は、日本で知られる「ワークシェアリング」の発想だ。その際にパートタイムの働き方が重宝された。これを境に、85年ごろから女性の就業率は右肩上がりの曲線を描き始める。

ただ、現状の日本と同様に、フルタイムで働く人とパートの処遇格差が問題となる。90年代から最低賃金などの改善策を講じ始め、96年に同じ仕事ならば働き方にかかわらず同じ賃金を支払う「同一労働・同一賃金」の取り決めに結び付いた。パートでも社会保障や年金の権利を平等に得られるようになり、「フルタイム」「パート」という区分が事実上消失。独身、結婚、子育て、老後という人生の局面に合わせ、働き方を選ぶのが自然な姿になった。

 

■働き手が労働時間を決定

日本ではあまり知られていないが、2000年施行の「労働時間調整法」の効果も大きい。働き手が1時間当たりの賃金を維持したまま、労働時間の延長や短縮を主張できるようになった。職場では上司と労働時間を綿密に打ち合わせてから働くため、日本で問題になるサービス残業は発生しない。労働者側は決めた時間しか働かないため、世界最短の労働時間で済むのだ。

この半世紀で女性の就業率は70%に迫り、実に40ポイント近く上昇する結果をもたらした。この裏では育児サービスの整備も奏功している。

1990年代から地方政府が育児サービスへの補助を開始。2005年の保育法施行によって、政府の補助金は育児サービスの供給者から利用者側に直接支払われるようになった。育児サービスを利用する子供は2013年に63万人台と約10年前に比べ倍増している。

しかし、育児サービス費用の政府負担は2010年に3000億円を初めて突破した。その5年前に比べ4倍ほどに膨れ上がり、直近は親と企業側が育児サービス費用の8割近くを負担する構造となった。ある民間企業で働くオランダ人女性は「子供を週3回預けるだけで、月間育児費用が10万円を超える」と嘆く。日本のような「待機児童問題」は解消されたが、これだけ高負担になると子供の育児費用を稼ぐために働く状況に陥っている一面も見られる。

 

 

ここまでオランダの労働市場を巡る歴史を振り返ったが、実は日本と何よりも違う点は男性の役割だろう。日本でも男性の育児休暇取得が声高に叫ばれ始めたものの、オランダ社会ではもっと自然な形で男性も育児を前提に働き方を選択している。

オランダ中部のライデン。取材で知り合ったライデン大学のヨルン・タウェン教授の自宅を平日訪ねた。オランダ労働市場の歴史に詳しいタウェン教授の話を聞いた際、彼自身が「僕も週4日しか大学で働いていません。平日の水曜日は子供2人の世話をしつつ自宅で仕事をしています」と打ち明けた。日本の常識に照らし合わせると、にわかには信じ難かった。

■水曜日は自宅で過ごす、14年前から週4日勤務の大学教授

確かに、オランダは男性のパート比率も3割近くに迫り、女性と同様に世界で突出して高い。だが、実際に柔軟な働き方を実践している男性に会ったのは初めてであり、しかも上の子供が生まれた「14年」も前から平日の水曜日は自宅で過ごしているという。

タウェン教授は自宅1階の一角を書斎スペースとして使い、パソコンで調べ物をしたり、資料に目を通したりしていた。在宅している子供は1人しかいなかったが、もう十分に大きいため父親と遊ぶわけでもなく、iPodやゲームに熱中。タウェン教授も特段の用事がない限り仕事に集中する。

 

子供を世話しながら、男女2人で「1.5人分」働く。これがオランダ社会では1990年代以降、是とされてきた子育て世帯のあり方だ。理想とされるのは男女それぞれが週5日の勤務を4日に減らし、平日に休む1日を子供の面倒を見る時間に充てること。平日は3日だけ育児サービスを利用する必要があるが、残りの時間は夫婦で育てられる。ただし、この場合も総体的には男性が女性よりも働くべきだとの意識が強く、それと裏腹に女性は子育てでより多くの責任を負うべきだという空気が残る。

男女ともに仕事と家庭の両立を実現できるようにしようと、自由な働き方を一段と推し進める動きもある。オランダ政府系の医薬品評価委員会。従業員300人のうち8割が高度な知識を持つ人材で、3年前から新しい働き方を提唱しており、オフィスには従業員の65%分しか机がない。働ける場所は社内で自由に選べる上、インターネットを使った在宅勤務も推奨。同委員会は「オフィスにいる意味は会議だけ。その他は柔軟に働いてほしい。実際に生産性が多少上がった」と言う。

世界唯一のパート経済──。米ハーバード大学のリチャード・フリーマン教授はオランダ社会をこう評した。柔軟な働き方で世界をリードするが、課題も少なくない。ある女性団体の調べでは、男女の生涯賃金の格差は4000万円。若い世代の女性から「キャリアを形成し、高度な仕事をしたい」との声もある。

パートで数多くの女性の仕事を生み出すが、大手民間企業の役員に占める女性比率は約10%にすぎないとの統計がある。オランダでは管理職に昇格する能力があっても家庭を優先してパートにとどまる例が少なくないからだ。逆に女性役員比率4割という高い目標を掲げた近隣ノルウェーは人材が追い付かず、欧州内でも女性登用に関する議論や考え方に温度差が見られる。

問題は日本の未来だ。今の安倍政権は「女性雇用のパイ拡大」と「管理職比率向上」の二兎を追う格好だが、オランダの例を見ても、労働環境を地道に変革しなければ果たせぬ夢に終わる。まずは正社員を優遇しすぎる日本で非正規社員との待遇の差を見直す必要があり、実際に一部の金融機関が「同一労働・同一賃金」の概念を導入し始めている。

男性が子育てに協力する環境、育児サービス、労働時間を見直さなければ、女性が今より働けるはずがない。30年かけて労働市場を整備したオランダの経験は日本にそう問いかけている。