女性雇用女性の躍進を支える、タイの「まあいいか」子育て 北部タイの中核都市・チェンマイ 働く人の大半が女性、子育てはできる人がする、という思想
タイは女性が元気! 高等教育在学率は男性の1.3倍
筆者はタイ北部の中核都市・チェンマイに生活拠点を移して3年になる。美しい仏教寺院が無数に点在し、世界中から観光客が集まる人気都市である。また、シネマコンプレックスを擁するショッピングモールが5カ所も集中する都会でありながら、中心部から車で20~30分も走れば美しい田園や山林が広がり、農村の側面もバランスよく融合した住みやすい街である。
こちらで暮らしていて常々感じるのは、働く女性の比率が高いこと。女性の就業率が高いという意味でなく、どこに行っても働いているのは男性より女性のほうが多いということである。商店・露店や飲食サービス業はもちろん、公的機関・銀行や民間企業においても働く人の大半が女性という光景をしばしば目にする。では、さすがに建設現場などは男性の世界だろうと思っていると、なんと作業員の半数近くを女性が占めていることもある。
国際的な会計事務所・グラントソントンが2016年に実施した調査によると、タイ企業の管理職で女性が占める割合は37%で日本(7%)の5倍強にも上る[※1]。 さらに、タイの高等教育(大学・短大・高専以上)の在学率は女性のほうが圧倒しており(女性58%・男性45%)[※2]、今後も女性の社会でのさらなる躍進が予想される。
働く娘に代わって育児する祖母は現役社長
チェンマイの中心部・ティパネート地区に住むプペーさんは、社内結婚で結ばれたボーイさんと共に外資系の自動車販売会社に勤務している。建材業を営む母親譲りで人一倍働き者のプペーさんは、経理マネジャーとして会社には欠かすことのできない存在。昨年9月に待望の第一子・タンタンちゃん(女の子)を授かった。
タイでは産前産後を問わず90日間の産休(うち45日間は有給)が保障されているが、プペーさんは出産予定日まで勤務を続け、産後1カ月足らずで職場に復帰している。筆者の知る限りでも、タイで産休をフルに活用することはほとんどなく、産後3日で退院して働きはじめた方という例もある。
また、プペーさんを含めてタイでは7割以上が帝王切開による出産である。敬虔な仏教国らしく縁起のよい日を誕生日に選べるというのが最も大きな理由だが、プペーさんのような中核社員の場合は、出産日を事前に把握しておくことで業務の停滞を最小限にしたい意識もあるという。
会社の幹部クラスであるプペーさん・ボーイさん夫婦は多忙な毎日で、時にはそろって首都バンコクに泊まりがけの出張に出かけることもある。そんな二人に代わってタンタンちゃんの育児を担当するのが、夫婦と同居しているプペーさんの母親・スィーさんである。スィーさんは毎日クルマで30分ほどの自ら経営する会社にタンタンちゃんと共に出社し、社員への指示や顧客対応など仕事を切り盛りしながらもタンタンちゃんから目を離すことはない。

待望の初孫だから、激務の中でも育児は苦にならない。母乳はプペーさんが搾乳したものを冷凍パックしてある
「2年前に二人が結婚式を挙げたとき、娘は既に三十歳台後半。半ばあきらめていたころに授かった初孫だから、日々うれしいという思いしかないですよ。」と明るく語るスィーさん。子育てをしながらバリバリ会社経営をこなすスィーさんは、逞しくも優しいタイ女性を象徴しているようである。
地域コミュニティーが一体となって子どもを守る
学生街であり、日本人を含む定住外国人も多いチャーンプアック地区に住むプロイさん・ボールさん夫妻。二人は市内のツアー会社でガイドを務めており、帰宅が夜遅くになることは日常茶飯事、他県へのツアーに同行するときは2~3日家を空けることもある。育児はやはりボールさんの母親・モイさんの担当。1歳4カ月の愛らしい男の子・キミーちゃんはご近所の人気者である。モイさんはアパートに住み込みで清掃・メンテナンスに従事しているが、手が離せないときは住人の誰かがキミーちゃんを見てくれる。
「息子の子育てのときは祖父母に任せっぱなしだったし、ご近所はみな家族同然だったから、逆に両親しか子どもを見ない状況のほうが想像できないですよ」というモイさんは至って自然体である。「昔は生活が苦しくて悲壮感もあったけど、それに比べると今は余裕があるし楽しいって思いしかないですね」と高笑いするモイさんを見ていると、少しばかり羨ましくなる。

キミーちゃんとモイさんの周りは、いつも子どもたちやご近所の社交場になっている
タイ人はみな育児には寛容で協力的。それは血縁関係の有無に関わらない。赤ちゃんが泣く声がうるさいとか、幼児がドタバタするのはやめてくれという日本でよく聞く近隣トラブルは、少なくともここチェンマイでは聞いたことがない。そういうタイの文化に支えられ、今日も両親は生き生きと仕事に出かけ、祖母と孫は幸せいっぱいの一日を過ごす。
地方の祖父母に子どもを預け、都会でバリバリ稼ぐ
一方で、タイでは都市部と農村部の地域格差という問題がある。県の経済規模の指標である県内総生産(GPP)の2013年統計では、首都バンコクがほぼ3兆9753億タイバーツに対して、一般にはタイ第二の都市といわれ、チェンマイを擁するチェンマイ県ですら1841億タイバーツと、20分の1にも満たない経済規模。さらに同じく北部タイに属するプレー県のGPPはわずか274億タイバーツにすぎず、およそチェンマイ県の7分の1、バンコクの150分の1の経済規模である[※3]。 国土のほとんどを占める農村部で高等教育を修了した若者は、必然的に都会に雇用を求めるしかない。
国鉄チェンマイ駅に近いホテルに勤務するオーフさんは、そんなプレー県の出身。2歳6カ月の男の子・フォーカスくんの母である。朝から夕方までレセプションを担当し、夜は深夜11時まで夫と共にホテル併設のレストランで接客に励む。寝ている時間以外は仕事しているといっても過言ではない。子どもはチェンマイからバスで4時間かかるプレー県で、オーフさんの両親が見てくれている。
オーフさんがフォーカスくんに会いに行くのは月一回、給料日の翌日と決めている。そんなオーフさんからは、疲れも寂しさも全く感じられない。「働けば働くほどお金がたまるからね。今は仕事が楽しくて仕方ない。もっと仕事したいぐらいですよ」と語るのが強がりではないのは、彼女のはつらつとした動きから見て取れる。そうは言っても月に一度しか子どもに会えないのは寂しいでしょうと尋ねてみると「それもあまり感じないですね。LINEでいつでも子どもの様子は確認できますから」と、実家と密にコミュニケーションしているチャット画面を見せてくれた。

オーフさんが子どもを抱っこできるのは月に一日だけ。でもタブレットを通していつでも会うことができる
タイは一日にインターネット利用に費やす平均時間が8時間49分と世界第3位[※4]。当然、仕事中とか授業中にもスマホを眺めていない限りこの数値にならないわけだが、タイでは仕事中にスマホに没頭している風景を見るのはごく普通のこと。役所などの公共機関ですら、業務を中断して当然のようにスマホの応対を優先されることがある。よい悪いは別としてタイのこうした緩い職務規律もあって、オーフさんは四六時中子どもと一緒にいるような環境にいるわけである。
以前筆者が首都バンコクに在住した10年前にも、タイ東北部などの地方県から出稼ぎに来て子どもを実家の祖父母に預けるという事例をいくつか見てきたが、当時は子どもとの連絡は分単位で課金される携帯電話通話しかなく、みな寂しい思いを吐露していたことを記憶している。テクノロジーの進歩とともに、自分の時間を優先することにおうようなタイ社会が、地方の若い夫婦が子どもを持ちながら都市部で活躍していることの背景となっているのではないだろうか。
共働き夫婦の子育てを支えるタイの文化的背景
こうしたいくつかの事例を見ると、タイでは女性が社会に出て働くことが出産や育児の障害になるという意識はなく、子育ては祖父母を含む地域コミュニティーがごく当然のように支えている。われわれの概念では「男女の雇用機会均等化」「女性の社会進出」が進んでいるという言い方になるだろうが、タイの場合は語弊があるかもしれない。既に17世紀には、タイを訪れたフランス人が土地を耕し、市場で商いをする女性の姿を見て驚いたという記録が残っており[※5]、もともとタイでは女性が家事・育児に専念するという考え方がないのかもしれない。タイに住んでいて感じるのは、タイ人は理想や精神論を語ることは少なく、非常に合理的な思考をする。働けるものが働くのは当たり前、育児は祖父母がやれるなら任せておこうという考え方だけで、他の小難しい思想は入り込む余地がない。至ってシンプルである。

警備の兵士も子どもたちにはノーガード。職務中でも喜んで撮影に対応してくれる
タイには「マイペンライ」という言葉が日常で頻繁に使われる。「気にしない」というのが直訳に近いが、「まあいいか」「そこはまあまあ」とか、社会生活における難しいことや思い通りにならないことをすべて緩和してくれるマジックワードといってよい。子育てにおいてもタイ人の「マイペンライ精神」はいかんなく発揮されていて、今回登場していただいた忙しくて子どもと会えない母親たち、働きながら孫の世話をする祖父母たちから苦労譚を引き出そうとしても「これってなにか特別なことなの?」「日本ではそんなに大変なことなの?」と拍子抜けするような素っ気ないコメントが返ってくる。
タイは「ほほ笑みの国」と呼ばれて世界中の旅行者を魅了しているが、その「ほほ笑み」はこんなほのぼのした土壌の中で培われるのであろう。