先進人事部はAIで「時短」した分、新たな取り組みができている

AI先進人事部はAIで「時短」した分、新たな取り組みができている

人事領域でIT技術を使って働く人の情報を分析し、改善に役立てる「HRテクノロジー」の活用が進む。最前線では、社内試験の成績、勤務状況やキャリア、給与データなどあらゆる人事情報をAI(人工知能)に機会学習させることで、人間には思いつかないデータの相関性や傾向を導き出せるようになっている。退職者予測、新卒採用、働き方改革、経営人材のプール作りに取り組む人材・広告・食品・IT業界の4社を取材した。(ダイヤモンド・オンライン編集部 松野友美)

年中繁忙期の企業の人事部
事務作業の“時短”にAIが使える

企業の人事部の仕事は年間を通して多岐にわたっている。閑散期はない。書類の用意や手続きなどの作業仕事から、社員の労務管理や相談などのサポート、研修や採用の準備など幅広い。関わる相手も経営者から事業部部員まで多種多様だ。人事パーソンはよほど効率的に動かないと仕事を裁くことができない。

そんな彼らが今、注目しているのがAIだ。一口で言えば、企業で使われるAIは数学やコンピューター専門用語(コード)を使ってプログラミングして作られるソフトウェア(システム)のこと。とても理系的な代物だが、取材を進めると、「超文系」である企業の人事部でも、AIを「社員から仕事を奪う脅威」ではなく「優秀な機械」だと見なして利用するケースが増えていることがわかった。

AIはビッグデータの分析が得意なので、社員ごとに系統立てた人事情報管理ができる。それによって事務作業が軽減されれば、その時間がぽっかりと空く。つまり作業の“時短”によって人事部はもっとクリエイティブな仕事に時間を使えるようになるかもしれないのだ。現場を回って腰を据えて社員一人ひとりと向き合い、社員の職場環境を視察したり、キャリアプランを練ったりと、戦略的に立ち回る余裕が生まれる可能性がある。「働き方改革」で“時短”が求められる現代にはもってこいの話であろう。

また、AIは情報を読み込ませると、自動的にデータの相関関係を分析し、人間には思いつかない傾向を教えてくれる。精緻な分析結果を使えば、いままで人事パーソンの「K(勘)、K(経験)、D(度胸)」に頼り切っていた仕事が変わる。配置転換、人材の評価、経営者候補のあぶり出しなど戦略的な仕事に取り組みやすくなる。

先進的な企業の人事部は今、どんなAI活用を行なっているのか。人事が抱える課題、それを解決するための具体的な取り組み、そして成果について見てみよう。

エクセル管理をAIによるデータ分析に転換
テンプHDが導き出した「退職者予測」

人材会社のテンプホールディングス(2017年7月1日からパーソルホールディングスに社名変更)の人事部は、まさに「人事部の仕事の効率化」のため、AIの活用を進めている。結果を出すスピードが求められるが人件費はかけられない、PDCAを回し続けないといけないという企業風土に、データを使った分析は向いている。

同社はまず、「退職者予測システム」の開発に取りかかった。自社の退職者にまつわるデータを1年あまりの間、分析して精度を向上させ、一部の職場にテスト導入した。退職予備軍の人の上司(評価者)と人事部の間で、情報を共有するのに役立てている。

退職者予測というと、ネガティブに聞こえるかもしれない。しかし、人手不足の今、人材の繋ぎ止めは人事部の喫緊のテーマになっている。予測することで、優秀な人材に「辞めたい」という気持ちを芽生えさせないように、人事部と現場でマネジメントすることができる。

テンプHDがもともと退職者を多く抱えていたのかと思えば、そうではない。同社がAI活用の最初の成果物として退職者予測に目を付けたのは偶然に近い。

もともと同社は、人事管理や給与計算を行うために全社で共通の人事システムを使っており、事業部では紙よりもエクセルを使ってデータを管理する習慣があった。このように「蓄積されていたデータ」を宝の山と見ていたのが、グループ人事本部・人事情報室長の山崎涼子氏だった。

初めはエクセルを使った統計に興味、
やがて人事のAIチーム結成へ

山崎氏はグループ会社のインテリジェンスの人事部で働いていた時から、エクセルを使った統計分析に興味を持っていた。親会社のテンプHDの人事部に異動してから、データサイエンティストの小川翔平氏を人事情報室の仲間に迎え、本格的に社内に眠るデータの発掘を開始した。たくさんあるデータの中で、小川氏が「これは分析しやすい」と目を付けたのが、在職者と退職者の情報が揃っていた給与データだった。データ分析の世界ではすでに手法が確立されていた「ネットゲームの退会者の傾向を探る」ことと同じ分析アプローチが使えると判断した。

分析に不足していたデータは小川氏と協力して事業部から調達し、結果的にAIが導き出したのが前出の「退職者予測」となった。AIを使うとどんな結果が出るか、人間には分からない。山崎氏は「以前、エクセルで分析していたのは単に集計だった。AIを使うとアウトプットできることが180度違う」と驚いたという。

まだテスト運用の段階なので成果は出ていないが、人事部の課題感がボトムアップの形で経営に伝わったことで、HDの人事部門が本格的に取り組むことにつながった。グループ傘下の関連企業は事例を聞きつけ、関心を寄せている。

また、現在は退職者予測とともに、社員の才能を活かすための最適な「異動」の分析も精度を上げている。今後は上司・部下の相性の分析や、中途採用の目利きにもAIを活用する予定だ。人事部は「退職者予測」と「異動」に関する一部の取り組みを特定の部署で実験する「スモールスタート」の域を脱し、 グループ全体の「人事施策」に昇華させるべく、データの集積を進めている。

人事部の動きからは逸れるが、同社は昨年12月から社外でもAIなどのHRテクノロジー(人事で使われる最新技術)を開発するスタートアップ企業に「投資」を始めている。特に、「人に関するデータを分析する『ピープルアナリティクス』や社員と企業が双方に相手のために尽くす『エンゲージメント』関連の開発を行う企業に注目している」(テンプイノベーションファンド代表パートナーの加藤丈幸氏)という。

エントリーから最終面接まで
自宅で完結するセプテーニHDの新卒採用

AI導入が人事の“時短”を叶えた例もある。空いた時間や人手を、人材育成など企業価値の向上に費やしたいと考えていたのは、インターネット広告会社・セプテーニHDの人事部だ。同社は新卒採用にAIを活用し、学生と人事部の採用にかける時間を短縮することで、内定した学生に手厚いケアを行っている。

背景には、インターネット・広告の業界の採用競争の厳しさがある。AIを採用に使う話題性と選考プロセスの効率化で、優秀な人材を引き付ける。それだけでなく、AIを使った科学的な分析によって長期的にも社員の能力を発揮させ、企業価値を高めることができる。蓄積してきたデータが「宝」になるわけだ。

具体的には二つの取り組みがある。一つは、今年の採用試験から始めた「オンラインリクルーティング」だ。対象は首都圏、関西以外の地方学生に限られるが、エントリー(入社の申し込み)から最終面接まで全てオンライン上で実施しており、学生にとってのメリットは大きい。

学生は、スマホかパソコンさえあれば採用選考が全て自宅で完結するため、交通費も時間も節約できる。さらに面接以外でも“時短”のメリットがある。一般に、新卒採用では一般常識や基礎学力を問う筆記試験やSPI試験などがあるため、学生たちは参考書で勉強して試験に備える必要がある。しかし、同社はこうした一般試験を使わない。その代わり、AIがパーソナリティを分析しやすいように設計した独自のテストを使うので、学生は“SPI試験対策のための勉強”などしなくていい。

オンラインリクルーティングの結果、応募してくる地方の学生は5月末時点で例年の2倍に広がった。そして人事部の業務も圧倒的に効率化した。試験会場の準備や誘導、面接官などの業務にかけていた時間をおよそ20時間から2時間(学生一人当たり)に短縮することができた。同社は「360度評価」(人材を多面的に評価するため、複数人が評価を行う仕組み)を重視しているが、2日間を費やしていた対面グループワークを省略した。その代わり、オンラインリクルーティングでは学生が親しい友人から最低5人分の評価を集め、それを提出してもらう方法に置き換えている。

さらに、経営層の採用にかける時短も実現した。内々定の2段階前に行う役員面接は、2015年に行った採用(2016年度採用)では役員2人が担当していたが、翌年から役員1人で賄えるようになった。AIによる分析も併用し、役員面接もオンラインで行うことにした。面接のための会場移動の時間の省略が時短につながったが、面接の質は保っている。

AIで学生の将来の活躍を予測
空いた時間で「紙60枚」分の選考フィードバック

もう一つ、採用関連でAIを実装しているのは、「活躍予測モデル」だ。これは、一つ目の「オンラインリクルーティング」による時短と関連しており、空いた時間を使いながら合格者へのフィードバックに充てている。「活躍予測モデル」は2009年以降の新卒入社社員の業績を蓄積したデータから、パーソナリティデータとキャリアの関係を導き出して作った仕組みだ。

内定者には、一人ひとりに3時間かけて60枚のキャリア別フィードバックシートを渡し、採用過程で感じたことや、学生のパーソナリティ分析結果とそれに似た傾向を持つ在職社員のキャリアを丁寧に伝えている。

フィードバックを受けた学生からは「自分では気づかなかった長所を知ることができた」「自分以上に自分のことを分かってくれると感じた」「就活でここまで丁寧に自分と向き合ってくれる会社はなかった」などと、好意的な声が集まっているという。

意外なことに、こうしたフィードバックは、合格した学生だけでなく、不合格の学生に対しても行っており(フィードバックの量は異なる)、「自己分析にフィードバックを活用したい」という理由による同社受験も歓迎している。セプテーニHD採用企画部の江崎修平次長はその狙いを、「受かるための就活ではなく、キャリアをよく考える機会にしてほしい」からだと話す。

セプテーニHDの人事部が先進的な試みをするのは、経営幹部のトップダウンで人事部のIT化に投資しているからだ。約20年前から社員の業績(パフォーマンスデータ)の蓄積を始めており、新卒採用の合否にデータを参考とする試みは14年頃から行ってきた。そして、16年には企業内に人材データ専門の組織「人的資産研究所」を設立し、科学的な人材育成を行うべく研究と実践を進めている。

AIは使わずとも経営者が人事に興味津々
日清食品HDの「人事部員の現場送り込み作戦」

テンプHDやセプテーニHDのようにAIを人事部に取り入れる「実践」の事例はまだ数が限られている。そんななか、AIは導入していないものの、一般的なシステムを使ってユニークな人材管理を行う企業が日清食品HDだ。

同社は、「顔写真」と社員情報を紐付ける人材管理のシステム「カオナビ」を管理職の管理など一部で活用している。人物像を思い浮かべるには社員番号や名簿で管理するよりも、「顔写真」を眺めるほうがやりやすい。社員との「対面」を人事部も経営も重視している。

そもそもこうした企業は、AI導入以前から人事部と経営者が緊密なコミュニケーションを取り、戦略的に動いているものだ。日清食品HDの安藤宏基社長は、年間8~9回の頻度で朝礼を行い、テレビ回線で全国の社員に対して会社の経営状況や株価を説明している。直近の数字を繰り返し伝えることで、社員に業績づくりの当事者意識を根付かせる狙いだ。経営幹部も人事部に対して、「世界最強の人事部とは何か?」といった質問を投げ掛けるほか、頻繁に指示を飛ばす。人事部も経営の難問に応えるべく積極的に解決策を提案している。

日清食品HDの人事部のミッションは短中期で取り組む「競合に勝つための人事」、長期で行う「組織を強くする人事」、日常業務にあたる「人事管理」の3つに大別されるが、中でも先進的な試みは「勝つための人事」として、今年4月からスタートした「人事部員の現場送り込み作戦」だ。これは、昨年5月に発表した「中期経営計画2020」に基づき、経営者の候補を2015年度の100名から20年度には200名に倍増するための具体的な手立てになっている。

仕組みは、「これは!」という人物がいる部署に、人事部に在籍しカウンセリングの資格を保有する人材開発のプロを「兼任」として現場投入するというもの。「経営者の卵」に対して卵の上司たちが効果的な指導を行っているかを日々視察し、指導や相談受けのアドバイスを行う。経営人材の候補を集めるプール作りは他の多くの企業でも行われているが、人事部が現場に入り込んでアドバイスするのは珍しい。まだ始まったばかりの試みだが、「次世代の社長」を発掘するという経営に直結した人事部の戦略に注目したい。

普通の人事部が今から対応できることは
「なんでもデータで残しておく」こと

ボトムアップ、トップダウンなど進め方は様々だが、ここで紹介したのは、いずれも経営が人事部に戦略的な動きを期待しているケースだ。では、いわゆる「普通の人事部」が今から対応できることはなにか。取材を振り返ると、テンプHDの山崎氏が「新卒採用の面接結果をPDFデータでしか残していなかったことが悔やまれる…」と話していたことをすぐに思い起こした。「将来の人事部のために情報は紙ではなくデータで残しておくこと。それもひとつの場所に集約しておくこと」、これに尽きる。データを溜めることならば、今すぐに始められる。

ただ、いくら「宝の山」でもデータ活用には注意が必要だ。それは人の評価において、データはあくまで“参考”であって、データだけで判断しないということだ。

働き方改革で注目を集めるクラウドサービスを提供する日本マイクロソフトのあるAI機能は、「上司による監督」ではなく、あくまで「個人が自分の働き方の改善に使う」ことを想定している。時間の使い方や共同作業するメンバーを可視化する機能があるので個人の仕事ぶりを大まかに把握することは可能だが、「評価に使うと世知辛くなる」(日本マイクロソフト執行役員・人事本部長の杉田勝好氏)。

長い間、人が勘や経験に基づいて判断し、実績を積み重ねてきた「人の評価」は、簡単に機械に委ねるものではない。AIは“時短”や人事の戦略化を叶える心強いツールだが、システムである以上、使い手の人間次第で毒にも薬にもなるだろう。社員の監視に使うなど、誤った使い方によって別な意味で「AIに仕事が奪われる」ことがないよう気をつけたい。