人工知能やビッグデータは、働き方改革にどのように貢献できるか ~日立製作所が解明した、センサーを使った幸福感の測定と生産性向上の方法とは~

AI人工知能やビッグデータは、働き方改革にどのように貢献できるか ~日立製作所が解明した、センサーを使った幸福感の測定と生産性向上の方法とは~

前編では、日立製作所の研究開発グループ技師長である矢野和男さんに、人工知能に関する誤解や米国と日本の活用状況の違い、企業とテクノロジーをめぐる環境変化についてお話をうかがいました。後編では、同社が提供する幸福感(ハピネス)の測定とは何か、それによって何が明らかになるのか。生産性の向上をどのように図り、それが働き方改革にどのように影響するのかについて語っていただきました。

株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長 矢野 和男さん

株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長

矢野 和男さん(ヤノ カズオ)

1984年日立製作所入社。2003年頃からビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引してきた。論文被引用2,500件、特許出願350件。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。現在、研究開発グループ技師長。著書『データの見えざる手』は2014年のビジネス書ベスト10(Bookvinegar)に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。

人や職場が「ハピネス(幸福感)」の状態にないと、生産性は大きく低下

人事にとって、いま重要かつ緊急度の高い課題が「働き方改革」です。現状をどのようにご覧になっていますか。

働き方改革の根本にある目的は、生産性を上げることです。よりもうける、稼ぐ、新たな価値を生み出す――。生産性を数字で示すと「分母に労働時間、分子に生み出した価値」という姿になります。長時間労働の規制とは分母を小さくすることですが、そのままでは分子も小さくなり、生産性が低くなってしまいます。そのため、分子をどう大きくするかが課題ですが、簡単なことではありません。なぜかというと、分子である新たな価値は簡単に測れないからです。

例えば、私が所属する研究開発という業務はもっともその物差しがない部署といえます。一方、営業のように金額という数字が出る部署なら簡単に測れると思われるかもしれませんが、実はそれも難しい。例えばA部門が既存の大きな顧客を相手にしていて、B部門が新規開拓をしている場合は一律に測れません。まして営業以外の部署で生産性を測ることは、相当難しい。日本企業では、どの部門も生産性を計測できない状況にあります。

では、テクノロジーを利用して生産性を測定することは可能なのでしょうか。

何らかの基準で生産性を測り、フィードバックができないと、生産性向上という課題は解決できません。そこで私たちが提唱しているのが、働く人の幸福感=「ハピネス」という概念です。これは人間が生産的であることを普遍的、客観的に示せる指標です。

「生産的でない」とは、どういう状態なのでしょうか。例えば「嵐が来たから部屋の中でじっとしていよう」という状態は、まったく生産的ではありません。とにかく避難しよう、避けようとしている状態です。こういうときに生まれるように人類進化の中で生まれたものが「アンハッピー=不幸」という感情です。「ほかのことは考えず、とにかく災難を避けることに集中しろ」ということを促すためです。

ハピネス、幸福感とは、それとまったく逆の状態。例えば、「ちょっと自分には難しい課題に思えるが、なんとか糸口をつかんで解決することにチャレンジしよう、よりよい結果が出るように頑張ろう」という前向きな状態です。ハピネスとは「お金が得られた」「健康になった」「人間関係が良くなった」という結果を指すのではありません。私がこの20年、ハピネスを研究してきた結論は、「前向きに行動しようとする、その行動そのものがハピネス」ということです。そして、ハピネスの状態にある人は、生産性が高い人といえます。

ハピネスを測定できれば、自身を高めるため、より合理的に活動することができます。私たちは研究を重ね、集団の幸福感を身体運動の特徴パターンから「ハピネス度」として定量化する技術を開発しました。さらに最近はデータ取得に関わるコストも現実的なものになってきました。

株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長 矢野 和男さん:職場での行動データを取得できる、加速度センサー職場での行動データを取得できる、
加速度センサー

私たちは人に加速度センサーや赤外線センサーを装着してもらうことで、その人がどんな行動をしたか、誰と対面したのかなどを把握しています。この中でも加速度センサーで取得できる、体の動きのデータが深い情報を持っているのです。オフィスワーカーの体の動きを取ってどうするのか、と思うかもしれません。ところが研究の結果、人間は無意識のうちに幸せかそうでないかということを、微妙な体の動きとして常に表現しているということがわかってきました。さらに、これに影響を与える要因として、作業やデスクワーク、会議、立ち話にどれくらい時間を使ったのか。コミュニケーションに関しても、誰と会ったのか、会話では話し手と聞き手のどちらだったのかなど、いろんな情報を取っています。さらに、社内のITシステムを分析すれば、誰がどのタイミングで受注し、いつデリバリーしたか、といったデータも取得できます。このように多くのデータを人工知能で分析すると、職場がどれくらいハピネスが高く、どうすればハピネスを向上できるのかのヒントが得られます。さまざまな職場でハピネスが生産性と相関することが実証されました。

ハピネスは新しい概念だけに、それをすぐに理解することは難しいように感じます。

この研究を始めて10年ほど経ちますが、最初のころはハピネスなどと言うと、宗教の話ではないかと思われることもありました。ハピネスという言葉自体は漠とした印象がありますし、また科学的に計測できるとは思いもつかないですよね。しかし、試行錯誤の末にハピネスを客観的に測定できるようになり、さらに、どのような条件になればハピネスが高まるのかをデータから自動で見出せる人工知能をつくることに成功しました。それを「Hitachi AI Technology/H」と呼んでいます。AIという言葉が世の中に流通するかなり前から開発に投資してきたことが生きました。

日立製作所ではさまざまな分野で、年間にトータル10兆円ほどの売り上げがあります。それだけ毎日、さまざまな顧客と接点を持っているということです。2年前からハピネス測定をいろいろな企業にご提案していますが、既に20社以上に導入していただきました。業種は製造業から金融、サービス業とさまざま。現在も多くのご依頼をいただいていて、お待ちいただくほどの状況です。

私は経営者の方とお話しする機会が多いのですが、「変化の激しい時代は、従業員が自ら活発に動かないと乗り越えられない」など、ハピネスという考え方に共感する声を多くいただいています。

人工知能が解明。コールセンターの生産性は「休憩時間の雑談」に左右される

ハピネスを測定することで、これまで私たちが誤解していた点が明らかになることはありますか。

株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長 矢野 和男さん

例えば会議一つとっても、そこに一律の答えがありそうで実はまったくない、ということが定量的なエビデンス(証拠)で見えてきます。よく「会議は1時間以内に終わるのがいい」などと、あたかも法則があるように言われますが、実はそんなことはありません。初めてメンバーが顔を合わせる場合は、相手のことを知り、課題を共有するため、長めに会議を行ったほうがいいこともある。ある程度やることが決まっていて、それぞれの仕事を進めることが重要なら、会議などは行わず、立ち話程度に抑えたほうがいいかもしれない。

状況によって対応は全く異なる、ということです。一律に対処できないからこそ、状況に合わせてセンサーやAIの技術を活用することが合理的なのです。近年、ハピネスの測定が可能になってきたこともあり、さまざまな場面での活用が始まっています。

では、ハピネス度が高い職場にはどのような特徴があるのでしょうか。

これまでの研究では、人の身体運動の多様性が高くなるほど、職場のハピネスが高いことがわかっています。自分の行動は自分の意思で決めていると思われるかもしれませんが、行動の大部分は無意識に行われています。ハピネス度が高い集団では無意識のうちに「短い時間の身体運動」や「長い時間の身体運動」が混じり合っています。ただし、これは無意識に行われているので、意図的に直接変えることはできません。

しかし、どういう行動をしたときにハピネスが上がり、どういう行動をしたときにハピネスが下がったのかをデータから把握し、そこから職場に何が必要かを考えことが可能になりました。例えば、会議の人数が多い時に職場のハピネスが上がっていることがデータに見えたら、会議時間を増やしてみることができます。上司に朝イチで報告すると職場のハピネスが下がっていることがデータに見えているなら、上司には午後に報告することが有効です(急いでいなければ)。そのような変化を捉える新たな目を人工知能が与えてくれます。これにより、状況に応じてどうすればいいのかのヒントが見えてきます。

具体的に、ハピネスの測定で生産性が向上した例はありますか。

職場の生産性は、実はメンバーが考えもしないような、ちょっとしたことで大きく変わります。例えば、営業の電話をかけるコールセンターで、生産性を左右した要因は何だったのか。実は就業時間全体の数%しかない休み時間に、休憩所で雑談がはずんだかどうかで、そのあとの生産性やハピネスがまったく違っていました。数字にして27%も受注率が違っていたのです。また、コールセンターのスーパーバイザーがメンバーに、どのタイミングでどんな内容の声かけをしたかが、受注に大きく影響していました。

ほかにも、こんなことがわかりました。コールセンターのメンバーにハイパフォーマーが集まると、その日はすごく売れると思いますよね。しかし調べてみると、そんな相関はまったくありませんでした。組織とは、人の足し算ではないということです。野球で4番バッターをいくら集めても、チームが強くならないのと同じです。

それとは逆に「この人がいる日は、センターの売り上げが上がる」という現象がありました。その人は、ハイパフォーマーではありません。職場のハピネスを上げていたのです。この人は、人事的には評価されていないかもしれません。しかし、実際は組織に対する貢献度がとても高いことになります。ハピネスをきちんと測ることがなければ、この事実はわからなかったでしょう。職場や組織は、皆さんが普段感じているように複雑で、単純一律なルールでは捉えきれません。だからデータやAIが必要なのです。

一人ひとりのハピネスと集団のハピネスには、どのような関係があるのでしょうか。

結論から言えば、集団のハピネスこそ高めなければなりません。自分のハピネスを自分だけで決めているわけではありません。我々は周囲からの影響をすごく受けています。「昼休みに誰かに声をかけられた」とか、「気の合う人と食事できた」とか、そんなことが仕事に強く影響します。それもその瞬間だけではなく、その後の一日全体に影響するのです。

職場全体のムード、ちょっとしたコミュニケーションなどが、とても影響を与えている。人事はこのことをきちんと理解し、働き方改革を行うことが重要だと思います。

ハピネスという視点で人事を考えると、人事は個人ではなく、集団で考えるようにしないと機能しない。これまでは、個人のスキル、能力、処遇や権限を考えてきたのではないでしょうか。職場が活性化していること、すなわちハピネスの要素はなかなか考慮できなかったし、測ることもマネージすることもできませんでした。現場では多くの人がなんとなく経験していますが、人事制度やシステムの話と結びつかなかった。今から考えると、実はロジカルな話ができていなかったといえます。

「多様性に富むハピネス」を把握することが働き方改革につながる

ハピネスは、創造性やイノベーションと相関がありますか。

ハピネスと創造性については、いろんな研究が行われています。営業の生産性ではハッピーな集団とアンハッピーな集団で37%異なるという報告があります。一方、創造性は、二つの集団で300%も違うと報告されています。創造性はやらされ感があっては出てきませんから、これほどの違いになってしまうわけです。

株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長 矢野 和男さん:矢野さんが腕に着けているのは、腕の動きをデータで記録するウェアラブル端末矢野さんが腕に着けているのは、
腕の動きをデータで記録するウェアラブル端末

創造性とは、ものすごく小さなPDCAを何度も行ってきた結果として生まれるものです。人が没頭するとか夢中になるという状態で、その先に夢や希望がある。何かに追いかけられるのではなく、ある種の楽しさがそこにある状態です。そして、目の前に次の新しいステップが見えて、そこに進むと新たな進むべき道が新たに見えるような状態。このように一つのことに夢中になった状態を「フロー」と言いますが、そういう状態にならないと創造性は発揮されません。ハピネスとは前向きさですから、創造性と重なる部分が多いと言えます。

ハピネスが測定できたとしても、その方策を一律に考えることはやはりできないのでしょうか。

どうすれば、職場がハッピーになるのか。一律の方法論があると思われるかもしれませんが、そういうものはありません。一人ひとりの状況や組合せが違えば、全く異なってきます。

これは、職場改善時のデータにも表れます。コミュニケーションを増やしたほうがいいときもあれば、減らしたほうがいいときもある。長い時間働いたほうがいいときもあれば、休んだほうがいいときもある。答えにはバリエーションがあります。

いきなり100点満点の答えは出ない。データ活用は実践することで方向性が見えてくる

これから人事が働き方改革に臨んでいくためには、どのような姿勢が必要だと思われますか。

働き方改革では、より多様な働き方を生み出すことにもっと価値を置かなければならないと思います。これまでの20社を超えるハピネスの計測においても、どうやればハピネスが向上するかという要因は、人ごと、組織ごとに多様です。だからこそセンサーやAIの技術が重要になるわけです。

人の集団は実に多様で、集団の平均値の人に対する手法がすべての人に通用するかというと、そんなことは全くありません。分布の全体を見ると、実はその手法に合ってない人が山ほどいることになります。だからこそ、人事はデータを収集しこれを生かすことで新たに見えてくるものには大きな価値があります。

働き方改革に限らず、「人事課題に対してテクノロジーを使いたいが、何から手をつけていいかわからない」という人事の方もいるかと思います。そのような方にアドバイスをお願いします。

最初からいきなり、100点満点の答えを出そうとしないことが大事です。データ活用は、実践することでその方向性がどんどん見えてくるものです。それを前提にしておかないと、せっかく予算を取っても望む成果が出ずに終わってしまうことになりかねません。人事へのテクノロジーの導入は継続的に行うべきなので、PDCAを回していく、またはそういったシステムをつくる、といった発想で臨まれるとよいのではないかと思います。

当社でも、サービスを企業の現場ごとに幅広く役立てていただくには、もっと計測のコストを下げ、より使いやすくする必要があると考えています。需要は広がっているので、もっとブラッシュアップしていきたい。そして、ITによって社内で取得できる業務データなどとも、積極的に結び付けていくことが必要だと思っています。例えば営業のステージが一段階上がるようなときに、社内ではどのような変化が起きているのか、これまで使われていなかったデータをもっとハピネスに結びつけ、より体系的に考えていきたいですね。皆さまの会社でもハピネスによるデータ分析を導入されれば、仮説以上の成果が得られるのではないでしょうか。

株式会社日立製作所 研究開発グループ技師長 矢野 和男さん:矢野さんが首から下げているのは、加速度センサー矢野さんが首から下げているのは、加速度センサー

(取材は2017年4月19日、東京・国分寺市の日立製作所 中央研究所にて)