AIと競い、共に働く 「選別」の脅威を越えて

AIAIと競い、共に働く 「選別」の脅威を越えて

第1次産業革命では一般の労働者が機械の登場による失業を恐れた。飛躍的な進化を遂げつつある人工知能(AI)は、法律や医療など高度な専門性を伴う分野でも雇用を奪うリスクをはらむ。半面、AIは人類の能力を広げ、生活水準や生産効率を向上させる可能性も秘める。AI時代到来で不要になる能力が選別されていく脅威を乗り越え、どんな能力を磨くべきかが問われ始めている。

■浸食される仕事は… エリートも競合

「優秀な頭脳を持つ人」が集まる職場として、何をイメージするだろうか。司法や医療の世界を思い浮かべる人が少なからずいるはずだ。一部のエリートにしか手の届かない高度な専門職。その領域に、AIが足を踏み入れようとしている。

 

 

英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのニコラオス・アレトラス博士が開発するのは「AI裁判官」。過去の裁判資料を使ってAIが妥当な判決を下せるかを試すと、実際の判決に照らした的中率は79%に達した。

慶応大学は医師国家試験に解答するAIを開発中だ。過去の問題から学習する機能などによって正答率が上がり、合格間近に達している。これらの研究は法律家や医師の仕事を手助けすることを狙いとするが、AIが極めて高度な知力を手にしつつあることを示している。

AIは学習する。膨大な資料やデータを読み込み、分析できる。複雑な計算も瞬く間にこなす。人にはできないこと、難しいことが得意な場合もある。それを「恐ろしい」ととらえる人もいる。

「Humans Need Not Apply(人を採用する必要はない)」。動画共有サイト「ユーチューブ」に投稿された海外の動画が「リアルだ」と話題を呼んでいる。自動車の普及で人を乗せる機会が減り“失業”した馬と同じ道を人がたどると予測する。自動運転や自動翻訳の技術が本格的に導入されれば、通訳や翻訳、タクシーやバスの運転手といった仕事をAIが担う。「語学力や車を運転する能力はいらない」と考える人も出てくるだろう。

動画では、司法や医療の分野にAIやロボットが進出する姿も描かれている。これまで機械やコンピューターは肉体労働や事務作業から人間を解放してきたが、AIがかかわるのは頭脳の領域だ。エリートも無縁ではなくなる。

■共存するには… できること任せる

AIがもたらすのは、人から仕事を奪うといった脅威だけではない。

「AIで生活に明かりを」。英アズーリ・テクノロジーズは送電線の届かないケニア、ガーナ、トーゴなどのアフリカ中部に「AI付き太陽光発電システム」の導入を進めている。

太陽電池だけでは、日中の発電量が少ない日は夜間にすぐ電気が足りなくなる。AIは住人の電力使用パターンを学習し、日中の発電量が足りない場合は、照明の明るさなどを調節する。現在、9万世帯に提供中だ。

「民主主義に欠かせない『情報』を得るうえで電気は何よりも重要だ」。サイモン・ブランスフィールド・ガース最高経営責任者(CEO)は熱っぽく語る。電気のある暮らしが、知識や能力を獲得する窓を開く。

 

キュウリを自動で仕分けるAIを開発した小池さん。奥は手作業で仕分ける小池さんの母(静岡県湖西市)

キュウリを自動で仕分けるAIを開発した小池さん。奥は手作業で仕分ける小池さんの母(静岡県湖西市)

静岡県湖西市。キュウリ農家の小池誠さん(36)は母、正子さん(65)の働く姿に心を痛めていた。忙しい日は出荷に向けたキュウリの仕分け作業が8時間にのぼる。肩凝りはひどく、けんしょう炎にも悩まされていた。

誠さんは米グーグルが公開するシステムを使い、キュウリを自動で仕分けるAIを試作した。画像をもとに、曲がり具合や長さ、太さによって8段階で分ける。

キュウリ農家の仕事は重労働で「盆も正月もなく、台風の日も仕分けしている」(正子さん)。AIによって作業から解放されれば「友人と外食や買い物に行きたい」。誠さんも「空いた時間でキュウリの株の世話ができる。より質のよいものを作れる」という。

日本はこれから労働人口が減る。長時間労働の是正も待ったなしだ。仕事を奪われるというより、AIができることはAIに任せてしまえば「業務の総量を減らし、生産性を上げられる」と野村総合研究所の岸浩稔主任コンサルタントは指摘する。

AIが医療や司法の分野に進出しても、知識やデータを詰め込むだけで医師や裁判官を務められるようになるわけではない。しかし、AIと共存する世界では、人にしかない能力にさらに磨きをかけることが求められる。

■磨くべき能力とは… 人らしさを武器に

AIが普及する時代の到来に向け人は何を磨くべきか。

知識の詰め込みだけではAIと差別化できない。「法律を勉強したり、薬の処方をプログラムしたりすることはいずれロボットに代わられる」。人型ロボット(アンドロイド)の開発者として著名な大阪大学の石黒浩教授は予測する。

 

 

「AIが普及した社会で一番希少になるのは、他者に共感する力を持つ人間だ」と強調するのは米マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)。医療の世界で例えれば、「医師の仕事は自動化できたとしても、看護師や介護福祉士などは人が足りない」と指摘、AIでは補えないとみる。

「人工知能と経済の未来」の著書がある駒沢大学の井上智洋講師は、AI時代を生きるうえで「creativity(創造性)」「management(経営・管理)」「hospitality(もてなし)」の3つがカギになるとみる。

AI時代に重要になる能力を総務省が有識者に聞いたところ主体性、行動力などの「人間的資質」「企画発想力や創造性」が最も多く、コミュニケーション能力などの「対人関係能力」が続いた。語学力などの「基礎的素養」との答えは少なく、人ならではの強みを身につける必要性が浮かび上がる。

■訪日客対応、担い手は

 

自動翻訳の技術を活用して接客(福島県北塩原村)

自動翻訳の技術を活用して接客(福島県北塩原村)

AIが得意とする分野の一つとされる自動翻訳では技術の進歩が著しい。通り一遍の通訳や翻訳の能力程度ならば、すでにいらなくなりつつある。

「難しい指示も英語に置き換えてくれる。分からない言葉がなくなって助かるわ」。福島県・裏磐梯の「グランデコスノーリゾート」で約1年前から働くイタリア人のアレッサンドラ・コルツァーニさん(27)は話す。AIを使った自動翻訳アプリ「ボイストラ」が仕事の相棒だ。日本語、英語、中国語、韓国語に対応する。

同リゾートでは、訪日ブームもあり今冬は昨季比で外国人客の倍増を見込む。こうした外国人客の増加の対応の一環で、冬季の従業員にベトナム人や中国人など27人が活躍中だ。接客や研修など様々な場面で自動翻訳は「重宝している」と営業担当リーダーの高野美鳥さんは話す。

国際化の波は老舗の温泉旅館にも訪れる。日本有数のこけしの産地である福島市土湯温泉町。創業64年の山水荘の若旦那、渡辺利生さん(28)は人手不足が深刻化する中、「外国人従業員は重要な担い手になる」と指摘する。「日本語が苦手でもAIの力で十分戦力になる」

客も従業員も使う言語は様々。それをAIがつなぐ。