派遣コンビニバイトが「派遣」に変わる マイナンバーが揺さぶる企業の採用活動
導入まで1年を切った「マイナンバー」制度。税や社会保障に関する行政手続き効率化を目的に、国民一人ひとりに番号を割り振る制度だが、最も大きく変わるのは企業の採用活動だろう。
正社員はもちろん、アルバイトやパートを雇う際にもマイナンバーが必要になり、管理を怠ると厳しい罰則が科せられる恐れがある。人材派遣大手マンパワーグループの池田匡弥社長は、多くの企業が事務負担の増大に耐えかね、採用関連業務をアウトソースするようになると予測する。
(聞き手は小笠原啓)
2015年10月から国民一人ひとりに「マイナンバー」が通知され、2016年1月からは様々な手続きで番号を活用することになります。制度開始後、企業の採用活動はどのように変わるのでしょうか。

マンパワーグループ社長
1989年慶應義塾大学経済学部卒業、サントリー入社。1997年10月マンパワー・ジャパン(現マンパワーグループ)入社、銀座支店長や営業本部長などを経て、2012年1月マンパワーグループ副社長就任。2014年10月から現職。(写真:丸毛 透)
池田:膨大な手間とコストがかかるようになると、覚悟しておいた方がいいでしょう。
我々のような人材派遣会社はもちろん、従業員を雇用しているあらゆる事業会社がマイナンバーへの対応を迫られます。社会に大きなインパクトをもたらす制度変更だと考えています。
現在、企業が人を雇う際には免許証などで本人確認をしています。2016年1月以降は、マイナンバーを基に本人確認することが求められます。この番号を使って納税事務や社会保障の手続きを行うことになるので、企業は従業員のマイナンバーを把握しておく必要があるからです。
ここで課題が生じます。マイナンバーは税金や年金など「お金」に直結する情報です。そのため、情報が漏洩した際の罰則は厳しい。全ての企業はマイナンバーをどのように管理するのか、新たなルール作りを迫られるのです。
マイナンバーの「破棄」が課題
具体的には?
池田:企業は採用時に従業員のマイナンバーを「入手」し、人事給与システムなどに「登録」します。その際には、必ず従業員本人から番号を申告してもらい、かつ、その番号が正しいことを確認する作業が発生します。
従業員が働いている間は、マイナンバーが外部に漏洩しないようセキュリティを確保した状態で「管理」することが求められます。そして、従業員が辞める時には、マイナンバーの情報を「破棄」する必要があります。
企業は従業員一人ひとりについて、この「入手」→「登録」→「管理」→「破棄」というプロセスを繰り返すことになります。コンビニエンスストアのように数万人のアルバイトが働き、しかも入れ替わりが激しい業態では、膨大な事務負担が発生します。
コンビニでは、店舗のオーナーがアルバイト希望者を面接して、採用の可否を決めています。マイナンバー関連の手続きも、オーナーがやる必要がある。
池田:当然そうなります。アルバイト一人ひとりのマイナンバーを入手して、漏洩がないように管理し、辞める時は確実に破棄する。2016年1月以降、コンビニの店長にはそうした新たな業務が加わります。しかもこのプロセスは、雇用契約を結ぶたびに繰り返さなければならない。事務負担が高まるうえ、セキュリティ関連のリスクも抱え込むことになりかねない。
コンビニだけではありません。国内の製造業では多くの「期間工」を雇用していますが、そうした人々のマイナンバーを管理する体制も課題になるでしょう。各工場の人事や総務といった部署に、新たな業務負担が生じることになりそうです。
こうした業務を自社内で完結できる企業は、限られると思います。継続的にこのプロセスを遂行するのは相当難しいでしょう。
派遣会社が複雑な業務を代行
企業にはどのような選択肢があるのでしょうか。
池田:大きく3つあると考えています。
1つめは、企業や工場がマイナンバーに合わせて新たな業務プロセスを構築し、事務負担の増加を受け入れること。ただし、流動性の高いアルバイトやパートを多く雇っている企業は、そうした負担の高まりに耐えられないかもしれません。
そうすると、2つめの選択肢が視野に入ります。アルバイトなどを直接雇用する一方で、マイナンバーの入手や管理といった業務を外部に委託する方法です。コンビニ業界などでは既にそうした機運が高まっており、当社にもいくつかお声がけをいただいています。だいこう証券ビジネスなどとコンソーシアムを組み、一緒に営業を始めたところです。
3つめは、派遣社員の活用です。コンビニなどの事業会社がアルバイトを直接雇用するのではなく、派遣社員を活用する形態に切り替えれば、マイナンバー関連の複雑な業務から解放されます。派遣社員の場合は、前に述べた「入手」→「登録」→「管理」→「破棄」というプロセスを、派遣会社が行うことになるからです。
当社のような人材派遣会社はこれまで、多くの派遣社員の個人情報を適切に管理してきました。こうした業務については、プロフェッショナルだと自負しています。
人材派遣業界にとって、大きなビジネスチャンスが生まれそうです。
池田:業界全体を活性化すると期待しています。実際に、派遣社員の活用を増やそうという話は、いくつかの企業から来ています。
ただし、マイナンバーの開始を機に、派遣会社の選別の動きが始まると考えています。マイナンバーの管理やセキュリティの体制などで、派遣会社の競争力が問われることになるでしょう。
当社は導入初年度に、約5万人分のマイナンバーを入手することになると試算しています。残り1年弱で、しっかり準備を整える必要があります。
力を入れているのが、eラーニングによる研修です。全ての派遣社員に対して、マイナンバーの仕組みや重要性、取り扱いの注意や罰則の研修を施したうえで、各企業に派遣することにしています。派遣先でマイナンバーを扱う業務に従事する可能性がある以上、知識が無いと当社の顧客企業に迷惑をかける恐れがあります。そうした教育ができるかどうかで、派遣企業の競争力が変わってくるでしょう。
400種類の「帳票」を変える必要
開発したeラーニングシステムは、一般の企業でも活用できるのでしょうか。
池田:教育ツールとして外販し、新規ビジネスに育てていく計画です。当社は2年以上前からマイナンバー関連の調査研究を開始し、多くのノウハウを蓄積してきました。人事や総務、経理など、多くの部門がマイナンバーを業務で使うことになります。社内の啓蒙活動に活用してもらえればと考えています。
マイナンバーでは、情報の厳密な管理が求められています。罰則も厳しく、不正な流用や情報漏洩が起きたら一大事です。従業員の管理を徹底することが、企業の大きな課題になるでしょう。
マイナンバーへの対応を円滑に進めるには、社内啓蒙以外にどんなことが求められるのでしょうか。
池田:重要になるのが「帳票」の変更です。税務や年金、社会保障関連で当局に提出する帳票は、非常に多岐にわたります。そのうち、どの帳票のどこにマイナンバーを記載すべきか、特定するには膨大な時間と手間がかかります。
当社の人事や総務の領域で、変更が必要な帳票を徹底的に洗い出したところ、約400種類が浮上しました。この作業には、およそ2カ月かかりました。多くの企業で今後、膨大な事務作業が発生することを覚悟した方がいいでしょう。
こうした知見を活用し、各企業がマイナンバーに対応する際の課題を抽出するコンサルティングなども手掛けたいと考えています。帳票を変更するには、会計や経理のシステムを改修する必要もあります。今後は、情報システムの対応が焦点になるでしょう。